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教育データ取り扱いのポイント:補論(1)「一元化」と「匿名化」

先に、以下の記事を投稿いたしました。思いのほか多くの方にご覧いただき、Twitterでのリアクションやご意見も多数頂戴しました。感謝申し上げます。

Twitter経由で拝見した様々な見解、また先の記事で議論できなかったことを補足するため、補論として多少付け足しをします。

教育データの「一元化」?

政府の「教育データ利活用ロードマップ」に対し、多くの方々が違和感を持たれたのは、デジタル庁大臣が「政府が教育データをデジタル化して一元化する」と表明したことのようです。

合わせてデジタル庁はQ&Aにて「国が一元的にこどもの情報を管理するデータベースを構築することは考えていない」と表明しています。

これはプライバシーフリークカフェでも指摘されていたことですが、データを「一元化」するか否かは、情報漏洩対策等、データセキュリティの観点以外からは大きな問題ではありません。すでにGIGAスクール事業では、様々なクラウドベースの教育サービスが用いられているため、教育データはすでに分散しており、政府がこれらに蓄積された教育データを「(一元)管理するデータベースを構築する」こと自体が困難です。むしろ政府の役割は、分散され蓄積された教育データの利活用状況が適切であるか「一元管理」する、すなわちGDPRにおけるデータ・コントローラの役割を果たすことと考えられます。

政府は教育データのデータ・コントローラになるのでしょうか?政府がデータ・コントローラになるのであれば、政府が教育データの利活用の目的と方法を定め、データ利用のリスクを考慮しつつ、適切な規制のもとでデータが利用されているかを見守る役割を担うことになります。そうではなく、政府はデータ利活用の「ロードマップ」、すなわち実施計画を策定する役割に留まるのであれば、政府は初等中等教育であれば地方自治体、高等教育であれば法人である各教育機関に、データ・コントローラとしての適切な働きをお願いすることになります。

私見ですが、少なくとも初等中等教育においては、後者のやり方だけでは、あまりうまくいかないと思われます。各自治体のキャパシティによって利活用にばらつきが生じ、初等中等教育において重要である教育の機会均等が果たされなくなる可能性があるからです。またデータ・コントローラが用いる「適切な規制」は、標準化された教育データが地域を超えて流通しうることから、共通であることが望ましいです。そのため、政府は地方自治体や教育機関と、教育データ利活用の目的と方法を共有し連携する、例えばGDPRにおけるジョイント・コントローラのような役割を担うことが考えられます。政府には適切な規制を策定し、各組織と連携して、データ利活用が本来の目的と利用に沿っているか、データ・プロセッサーを監視する役割を期待しています。

教育データの「匿名化」?

教育データの利活用では、「個別最適された学び」の実現が期待されています。一方で、教育機関や政府が蓄積する教育データは匿名化され活用される、との意見もあります。しかしながら、匿名化された教育データでは、どの生徒を支援すべきか特定することができず、「個別最適化された学び」の支援は行えません。この点は鈴木正朝先生によるご指摘の通りです。

個別最適化された学びでは、学習者の生成した学習データを根拠とした学習支援を行います。かなり素朴な例ですが、以下のような流れが学習分析(ラーニング・アナリティクス)を用いた学習支援として想定されます。

  1. 過去に蓄積された学習データから、学習者の特性に応じてどのような学習支援が効果的かを分析する(学習者一般の傾向把握)

    • 例:筆算の足し算で繰り上がりの計算を誤る学習者は、以前に習った二桁の足し算の計算方法を十分に習得していない

  2. 上記の分析で得られた知見から、いま学んでいる学習者の特性を学習データから把握する(教育者の意思決定支援)

    • 例:LMSを用いた練習問題で、筆算の足し算で繰り上がりの計算の誤りが特に多い学習者を発見し、教師に伝える

  3. 効果的と推測される学習支援を行う(「個別最適な」学習支援)

    • 教師が上記の生徒に対して、補習教材として二桁の足し算の計算方法を教える補習教材と、知識確認のテストを解くように指導する

「1」は匿名化された教育データで分析できますが、「2」「3」には支援する学習者を特定する必要があるため、氏名をID等に置き換え(いわゆる仮名化)たとしても、匿名化された教育データでは事足りません。
こういった混乱が生じるのは、「1」の結果を教育現場にどのように活用するか、学習者や教育者にどのような価値を提供したいのかが、明確でないからかもしれません。「1」の結果を教育政策の施策に活かすのであれば「証拠に基づく政策提案(EBPM)」の一つでしょうし、「2」「3」の効果を検証することは学術研究の範囲で可能です。「1」から「3」を社会に実装するのであれば、データ・コントローラがデータ・プロバイダとの間に適切な緊張関係を保ちつつ、学習者と教育者が自身の教育データを引き換えにしてもよい、と思えるような価値あるサービスを、学術研究で得られた知見をもとに普及することが重要と思われます。


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