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【ショートショート】囚われの扉 #2000字のホラー

私は最近習い始めた英会話の講師であるアルバートに、デートを申し込まれて信じられない気持ちだった。

冴えない事務員で四十代も半ばを過ぎようとしている私に対して、彼はまだ三十代だし――元伯爵家の血筋を引いているらしく、品のある顔だちをしている。
そんなイケメンの彼が、私とデートしたいだなんて。

彼の自宅は古い洋館をリノベーションしたもので、素晴らしく彼に似合う。きちんと手入れされた庭に、ハーブが所狭しと植わっていた。
「素敵なおうち……」
写真を見せてもらった時にうっとりとした顔をした私を見て、アルバートはクスッと笑った。とても魅力的な笑顔だ。
「実際に見てほしいよ。みどりも気に入ってくれると思うから」
みどりとは私の名前だ。彼はちょっと古めかしいこの名前も
「ビューティフルネームだ」とほめてくれる。

オバサン臭いと言われたこともある名前も、アルバートにかかれば「情緒があって素敵だ」となるらしい。
彼はいつも私を有頂天にさせる。それはとてもくすぐったい気持ちだった。


「みどり、君を僕の友人に紹介したいんだ」
ある日アルバートは私にそう告げた。
「取り合いになりそうだから、本当は独り占めしたいんだけど。みんな君に逢いたがってるんだよ」
こんな冴えない私を取り合うなんてありえないと思うけど、なんだかうれしくて二つ返事で頷くとアルバートは優しく微笑んだ。

生徒と先生という間柄なので、英会話スクールには二人が付きあっていることは内緒にしてほしいと彼に頼まれていた。人気商売でもあるし――と、私は彼との約束を守っている。
なんだかアイドルと付き合ってるみたい。そんなことを内心考えながら、私はひそやかな優越感に浸っていた。

パーティをするから。という理由でアルバートの自宅に呼ばれた私は、JRの人身事故のせいで身動き取れない状態になっていた。焦る私は彼にショートメールを送る。
返事が来ずに焦る私は、申し訳ないと思いながら、ようやく最寄り駅に着いた。もう一時間も押している。お友達もずいぶん待たせたことだろう。電話を入れると少しいらだったような口調で彼が出た。
「どこにいる?」
いつもと違う怖い口調で私は怖気づいてしまう。その様子を察したのか
「ゴメン。早く逢いたかったんだ」と彼が謝ってきた。
いつもの優しい口調だ。私は教えられた道のりを迷わずに行き、写真で見た通りの洋館の前に立った。とても素敵な家だった。

ヨーロッパからわざわざ空輸してきたらしい、重厚な扉の前に私は立っていた。扉は薄く開いており、足元の隙間から中の光が漏れてきている。中からは楽しそうな声が聞こえてきた。どんなお友達が来ているのだろう? 
私が躊躇いながら呼び鈴を鳴らすと、アルバートが出迎えてくれた。
「みどり、入っておいで」
呼び掛けられるまま私は玄関のドアノブに手をかける。少し低めでよく通る声が中から聞こえてきて、ドキドキした。
「どうしたのさ、早く入っておいでよ」
イギリス訛りなどない、完璧な日本語で彼は言う。
隙間から優美な顔が覗いた。いかにもヨーロッパ系らしい美しく、透き通るような白い肌。長いまつ毛が憂鬱そうにまぶたに影を落とす。
彼の隣に立つことを躊躇してしまうくらいだ。
なんて素敵なんだろう……と、私はうっとりしていたのにごちそうの匂いに反応しておなかが鳴る。恥ずかしくて赤くなった。

「君を待っていたんだ、いまからメインディッシュが始まるよ」
半ば強引に引きずり込まれて、私は彼の腕の中にいた。
「お友達が来てるんでしょ」キスをする彼に私はため息交じりに囁いた。「こんな所じゃダメよ」
「みどり、待ちきれなかったんだ」

ごめんよと言いながら、アルバートは人目に付かない部屋に私を連れ込んだ。そのまま再びキスを受ける。
彼の舌が私の唇と口内を蹂躙すると、背中がぞくりとした。彼のキスはなんだか苦くて不思議な味がする。痺れるような感覚に腰が抜けた。
「かわいいよ、みどり」
アルバートは私の眼を見つめ、何度も何度も口づけた。全身に触れられて、ゆっくりと服をはぎ取られる。
そのまま生まれたままの姿になった私は、両腕を縛られた。
アルバートは熱に浮かされたような目で見つめた後で、身体ごと私を抱え上げ運んでゆく。


キスの時に苦かったのは、薬か何かだったのか? 
私が痺れて動けずにもうろうとしていると、彼の声が響いた。

「久しぶりの肉だ、味わって食べよう」
喝采の中、大鍋に放り込まれた私は『そうか』と薄れる意識で思う。

 


メインディッシュは、私だったのかと。

#2000字のホラー

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