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抗ヒスタミン薬とヒスタミン

 今年は花粉が多く、花粉症で悩む方も多いかと思います。この記事では、花粉症でもっともよく使用される抗ヒスタミン薬について解説します。

ヒスタミンの機能

ヒスタミンとアレルギー

 ヒスタミンは細胞から細胞へ情報を伝達するケミカルメディエーターのひとつで、様々なアレルギー症状を誘発します。たとえばマスト細胞から放出されたヒスタミンによって、花粉症ではくしゃみ、かゆみ、鼻水が起きますし、じんましんではかゆくなったり、皮膚が赤くなったり、盛り上がったりします。そこで、アレルギー症状を抑えるために、ヒスタミンをブロックする抗ヒスタミン薬が治療薬としてよく使用されます。

ヒスタミンは悪者?

 ヒスタミンとその受容体は他の臓器、神経系や消化器系にもあって、それぞれの場所で大切なはたらきをしています。アレルギーでは悪者のように扱われますが、人の体にとって必要な機能をたくさん担っています。

脳内でのヒスタミンの機能

 ヒスタミンは神経細胞からも産生され,ヒスタミン受容体は中枢神経系各所に分布します。中枢神経系では、ヒスタミン神経細胞の細胞体は視床下部結節乳頭核に局在し、その神経繊維は全脳から脊髄の一部に分布しモノアミン神経系を形成しているとされます(図1)。医学用語が多く少し難しい話ですが、次にお示しするヒスタミンのはたらきを理解するには脳内にヒスタミンが関連する神経細胞がたくさんあることだけでも知っておいていただいていいかと思います。
図1:Haas H, Panula P. The role of histamine and the tuberomamillary nucleus in the nervous system. Nat Rev Neurosci 2003;4:121–130.

図1

 脳内でヒスタミンは大事な機能を担っています。私たちはヒスタミンのおかげで起きていられるし、集中して作業したり、学習したり、記憶できたりします。つまりヒスタミンのおかげで頭を回転させながら、元気いっぱい活動できるのです。より具体的には、覚醒レベルの維持自発運動量の増加認知機能作業効率記憶・学習機能の促進食欲抑制痙攣抑制などの機能があります。覚醒状態では、ヒスタミン神経細胞が興奮しヒスタミンを放出、ヒスタミンは直接H1、H2受容体を介して、あるいは脳幹のアセチルコリン神経細胞やノルアドレナリン神経細胞、視床下部のグルタミン神経細胞の刺激を介して、大脳皮質機能を強く活性化させ、覚醒状態を維持します。

抗ヒスタミン薬

鎮静性抗ヒスタミン薬と非鎮静抗ヒスタミン薬

 抗ヒスタミン薬は、脳内に移行するとヒスタミン受容体に結合し、ヒスタミンの作用をブロックします。ヒスタミンには覚醒状態を維持するはたらきがありますので、ブロックされると眠気が生じます。この性質を鎮静性といいます。最初に開発された第一世代の抗ヒスタミン薬は鎮静性が強く、眠気や倦怠感が出ることが多いのですが、それだけでなくアセチルコリンという神経伝達物質のはたらきをブロックしてしまう抗コリン作用も有していました。そのため、のどが渇いたり、尿が出にくくなったり、どきどきしたりと他にも副作用が多数あり、緑内障や前立腺肥大の方には使えないなど制限がありました。

 そこで、脳内に移行しにくいこと、ヒスタミン受容体以外に作用しにくいことを目標に、第二世代が開発されました。しかしながら「これで解決」とはすぐにはなりませんでした 。一部の薬剤には依然として眠気などの副作用が強く残っていたからです。さらに開発が進み、今では鎮静性の少ない薬剤が多数開発されてきています。そんなわけで、同じ第二世代といっても眠気にはかなりの差があり、同じグループとしてひとくくりにするのは無理がある状況となりました。

 そこで、あらたな分類として、眠くなる薬を鎮静性、眠くなりにくい薬を非鎮静性と呼ぶようになりました。実際には、脳のヒスタミン受容体にどれぐらい薬がくっつくかを目安にします。50%以上なら鎮静性20%以下なら非鎮静性その間なら軽度鎮静性とします。ほぼ脳内受容体に結合しない薬剤をさらに分類しようという考え方もあります。以下に、谷内一彦先生の脳内H1受容体の占拠率のグラフをお示しします(図2)。

谷内 一彦 日本耳鼻咽喉科学会会報 2019; 23:196-204

図2 脳内ヒスタミンH1受容体の占拠率

眠気とインペアード・パフォーマンス(Impaired Performance)

 第一世代抗ヒスタミン薬による中枢神経系への作用は、アルコールやベンゾジアゼピン系の鎮静剤によって生じる効果と類似しているとされており、かなり強いものだと考えていただいていいかと思います。個人差はありますが、眠気が非常に強く日常生活に支障が出る方もいます。じゃあ、夜だけなら飲んでいい?第一世代は効果(副作用)が比較的長く続くものが多く、次の日まで眠気が残る、いわゆる「持越し」が生じます。翌日午前中もぼーっとしていたなんて経験がある方もいらっしゃると思います。

「でも眠くなる薬は効くのでは?」
眠気と効果は相関しないことがわかっています。「眠くなる=効果がある」というのは必ずしも正しくないと考えていいでしょう。また別項であらためて書きますが、抗ヒスタミン薬による睡眠は正常な眠りとは言えないようです。

「私は鎮静性抗ヒスタミン薬を飲んでも眠気ないので大丈夫」
 ヒスタミンは、認知機能、集中力、記憶力などにも関与するため、鎮静性抗ヒスタミン薬を使用すると、実際に眠気の自覚がなくても集中力や判断力の低下による作業効率の低下が起きます。この作業能率の低下をインペアード・パフォーマンスといいます。多くの抗ヒスタミン薬の添付文書には、自動車の運転等危険を伴う機械の操作には「十分注意させること」と「従事させないように十分注意すること」の二種の記載がありますが、これはそのためです。危険を察知してからブレーキを踏むまでの時間が長くなるとの研究もあります 。そのため、アメリカの多くの州では、鎮静性抗ヒスタミン薬内服中の運転がアルコールなみに禁止されています。
Manabu Tashiro et al. Brain histamine H1 receptor occupancy of orally administered antihistamines, bepotastine and diphenhydramine, measured by PET with 11C-doxepin. Hum Psychopharmacol. 2005;20:501-9.

 学業成績への影響を報告した論文もあります。英国の10代の学生1834人を対象とした研究で、アレルギー性鼻炎があることや第一世代抗ヒスタミン薬を服用したことにより、試験で予期せず成績を落とすリスクが有意に上昇したことが示されています。

Samantha Walker et al. Seasonal allergic rhinitis is associated with a detrimental effect on examination performance in United Kingdom teenagers: Case-control study. J Allergy Clin Immunol 2007;120:381–7.

 また下記の論文では、図3に示すように鎮静性抗ヒスタミン薬がテストの成績に悪影響を及ぼしたことが示されています。

Vuurman EF et al. Seasonal aller-gic rhinitis and antihistamine effects on children’s learning. Ann Allergy 1993;71:121–6.

図3 抗ヒスタミン薬の成績への影響

抗ヒスタミン薬とけいれん

 ヒスタミンにはけいれんを抑える効果があります。脳内に移行しやすい抗ヒスタミン薬は、けいれんのリスクを上げるかもしれません。実際抗ヒスタミン薬が、けいれんの持続時間を増加させるというマウスでの研究があります。
H Yokoyama et al. Proconvulsant effect of ketotifen, a histamine H1 antagonist, confirmed by the use of d-chlorpheniramine with monitoring electroencephalography. Psychopharmacology 1993;112:199–203.

 小児の熱性けいれんで、鎮静性抗ヒスタミン薬によりけいれんの持続時間が長くなるのを示す報告がいくつかでてますが、エビデンスには限界がありまだ議論の余地があります。それでも、私はけいれんを起こす懸念があり、非鎮静性や軽度鎮静性という選択肢がある現状では、不要なリスクは避けるべきと考えます。

 熱性けいれんと抗ヒスタミン薬に関する論文のひとつをお示しします。
Ryo Sugitate et al. The effects of antihistamine on the duration of the febrile seizure: A single center study with a systematic review and meta-analysis. Brain Dev. 2020;42:103-112.

抗ヒスタミン薬と睡眠

 鎮静性抗ヒスタミン薬は眠くなるから、睡眠薬として使えるでしょうか。私はお勧めしません 。「持越し」で翌日もぼんやりしてしまうかもしれません。運転など危険を伴う操作を行う時、試験で集中力が必要な時は特にやめておいた方がいいと考えます。

 抗ヒスタミン薬内服は睡眠の質にも影響します。鎮静性抗ヒスタミン薬は睡眠潜時(床についてから入眠するまで)を延長する、レム睡眠を短縮する、睡眠・覚醒の周期を乱すなど、睡眠の質を低下させる可能性があることがわかっています(図4)。特に子どもにとって睡眠は、成長、発達、学習に影響しますのでとっても大事。子どもには鎮静性は可能なかぎり使用しない方がいいかと思います。

図4 鎮静性抗ヒスタミン薬の睡眠への影響

Rojas-Zamorano JA, et al. The H1 histamine receptor blocker, chlorpheniramine, completely prevents the increase in REM sleep induced by immobilization stressin rats. Pharmacol Biochem Behav 2009;91:291–294.

抗ヒスタミン薬はどう選ぶ?

 お勧めの抗ヒスタミン薬をご紹介する前に、その前提として、どんな薬剤であれ使用する場合は以下のことが大事だと考えます。
本当に必要か吟味する
効果と副作用をきちんと評価する
ただ漫然と使用することは避けなければいけません。

抗ヒスタミン薬を選択する場合に考慮すること
✅原則として非鎮静性
✅鎮静性は極力使用しない →特に乳幼児ではNG
✅軽度鎮静性でも運転時など危険を伴う作業の時は使用しない
✅睡眠薬としての使用はお勧めしない
✅個人差に留意する →効果も副作用も個人差がある
✅剤型・味・服用回数など考慮 →アドヒアランスへの影響を考慮

ちなみに、現時点で添付文書に「自動車の運転等危険を伴う機械の操作」に関する記載のない薬は?
・ビラスチン(ビラノア®)
・デスロラタジン(デザレックス®)
・フェキソフェナジン(アレグラ®)
・ロラタジン(クラリチン®)
ビラノア®は15歳以上で適応
ロラタジンバージョンアップ版のデザレックス®は12歳以上で適応です。

風邪に抗ヒスタミン薬は必要か?

 花粉症では活躍する抗ヒスタミン薬ですが、風邪の鼻水にも使用されることがあります。そもそも必要でしょうか。システマティック・レビュー(質の高い臨床研究を複数まとめて解析したもの)では、抗ヒスタミン薬は風邪の鼻水には効果がなく、鼻づまりはやや悪化するとの結果も出ています(成人)。抗ヒスタミン薬の適応について、医師は考え直す必要があると思っています。
Cochrane Database of Systematic Reviews 29 NOV 2015 DOI:10.1002/14651858.CD009345.pub2

 日本では、鎮静性抗ヒスタミン薬が乳児も使える風邪薬に含有されており、大きな問題だと思います。ここまでの解説から、特に小さい子どもに鎮静性抗ヒスタミン薬を使用するのはリスクがあるということがお分かりいただけたと思いますが、市販されているAシロップにはジフェンヒドラミン、BシロップやC鼻炎シロップにはクロルフェニラミンというように、鎮静性抗ヒスタミン薬が入っています。しかも、恐ろしいことに生後3か月から使用できると記載されています。小さい子どもは風邪で発熱しやすいので、痙攣のリスクもあります。アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど各国で、乳幼児への風邪薬の市販は禁止されています。抗ヒスタミン薬を含めた成分薬剤による有用性がリスクを上回らないからです。

最後に

 少し前の文献ですが、第一世代抗ヒスタミン薬のリスクについてよくまとめられているのでご紹介しておきます。
Church MK, Maurer M, Simons FER, et al. Risk of first-generation H1-antihistamines: a GA2LEN position paper. Allergy 2010;65:459–66.

以上です。

ご参考までに


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