見出し画像

全戸の給水給湯管更新をした話(後編)

前編はこちら

ありがとうございます!!!

金子は何度も頭を下げた。

そこから、理事会へ今回の漏水の一部始終についての話をして、工事提案と役員選任の話を提案した。

工事については難色を示す役員もいたが、決め手は、太田の一言であった。

「専有部とはいえ、これだけの漏水が発生しているにも関わらず、この工事を進めなかったことは、管理組合の怠慢、ひいては理事長の過失だとして訴えることも考えている、と私は被害者の方から言われました。工事提案をして総会にかけることは、今後の役員を担うすべての人のリスク回避にもなります。」

総会でも満場一致で承認され、晴れて太田が理事長となり、給水給湯管全戸実施プロジェクトがスタートした。

そこからは目まぐるしく日々が過ぎて行った。

今回の工事で難しいのは、各世帯それぞれで配管ルートを決めて、それを納得してもらうことだ。

理事会で太田がこの話をまずしたときも、部屋の中にモールが張り巡らされたりするのは嫌、との意見が聞こえてきた。
モールとはこれのことです

画像1

よくエアコンのそばにいるやつです(画像はGoogleでモール 配管で検索して出たものを借用)


実際の施工の様子がわかればみんな理解が進むのにな、と金子は考えた。

「太田さん、せっかくなので仮補修してる今の部屋でサンプル施工させてもらえませんか?」

現在の配管はコンクリートでガチガチに固められているので、取り出すのは得策でない。バイパスというか新規配管を天井や押し入れ内を使用して施工していくこととしたのだが、その様子を写真に撮っていき、資料として仕上げることにしたのだ。

この時代のマンションは、何故かやたらに部屋タイプのバリエーションが豊かで、このマンションもタイプAからQまであった。実際には部屋のタイプによって違いはあるものの、みんな雰囲気がわかった方が抵抗が少ないはずだと考え、太田は快く引き受けてくれた。

工事は思ったよりもスムーズだったが、一部浴室の鏡裏の配管が通しにくいなど、このマンションの工事のポイントもわかった。

次に、説明会の準備に取り掛かかった。
資料は全部で3部構成。

最初は太田が説明する、今回の漏水事故の話。これまでの経緯や弁護士との交渉といった今回の自身の漏水だけでなく、マンション内の過去の漏水件数も紹介し、このマンションがどのくらい漏水リスクが高いのかについて説明し、次はあなたの番かもしれませんと、世にも奇妙な物語のタモリさん風に語ってもらった。

次に、今回の工事の施工内容。太田の部屋で撮らせてもらって写真を元に、工事内容や日数、手順などについて説明する。ここは、工事部の協力が必要だ。若手の木下という青年がテキパキと説明してくれた。

そして、長期修繕計画と資金シミュレーション。

これは、金子が今回の工事を実施するにあたり、何度も計画を練り直して作成した。
今回の給水給湯管工事は専有部の範囲であることから、そもそもの計画にはなかったものだ。それを組合でやるべきメリットを提示し、かつ積立金計画には出来る限り影響が出ないようにした。

「共用部の配管は錆が多少出ているものの、この数年で閉塞する可能性はかなり低いので、これを延期して専有部費用に充てました」

通常、同じ配管工事であっても、共用部の方が楽である。断水はするものの、在宅は不要であるし、問い合わせも少ない。

今回の工事は、宅内作業、全戸対象、2日在宅、日時指定、という管理会社でも避けられるものなら避けたいトッピングマシマシな工事だ。

フロントの立場であれば、正直共用配管だけ管理組合でやってもらってあとは自己責任ですからね、が一番いいに決まっている。それでもやるんだ、という金子のこの工事を進めようとする意思を感じた。

説明会は居住組合員向けに2度行われた。居住していない組合員に向けてはその資料と質疑応答記録を送付し、直接説明を希望する場合には日程を調整して対応した。

時には説明の為に、埼玉まで金子が来訪したこともあった。

その甲斐あって、臨時総会は全会一致の賛成、提出率は91%だった。
※この内容ですらも絶対提出しない住戸があるところが民度…おっと、この管理組合らしいところでもある。

ここまで怒涛の勢いで進めてきた準備が思いの外スムーズに進んだのは、太田の根回しの効果が大きい。

そもそも太田は管理会社に対してさして好意的なタイプではなかった。数少ない居住区分所有者かつ、竣工から住んでいるため理事会に参加することは多かった。口数は多くないものの、理事会では痛いところをつくような質問をすることもあり、役員の間でも一目置かれていた。

その太田が言うのであれば正しいのだろう、という、サイレントマジョリティを取り込めたのが大きかった。

総会後、会場の片付けをしていると、太田が声を掛けてきた。

「金子さんのおかげでここまで辿り着きました、ありがとうございます。」

「太田さん、まだ早いですよ」

金子は言った。

「この工事は、ここからが山場なんです」

そう、なんてったって今回の工事は、
宅内作業、全戸対象、2日在宅、日時指定
トラブル発生の可能性のオンパレードなのだ。

金子は太田よりもこのマンションのことをよくわかっていた。そう簡単には終わらないはずだと。

そして、金子の勘は悲しいことに大当たりだった。

工事は、一日数部屋毎、1日目で施工、2日目に内装。これを繰り返していく。

3日目にそれは起こった。

金子のところに、工事担当の木下から連絡があった。

「金子さん、今日在宅予定の藤野さん、不在です」

やはり、と金子は思った。居住者の藤野は悪い人間ではないが、超がつくほどルーズだ。亡くなった父親が所有していたこのマンションに引っ越してきたが、名義変更の書類や総会の出席も出てこない。役員の時は何度も理事会をドタキャンしていた。本人は日にちを間違えているようで、当時の理事長からは前日と当日の朝、藤野に電話するようにという仕事を仰せつかったこともあった。

頭を悩ませていると、木下は続けた。
「ちなみに金子さん、藤野さんは不在なんですが、」

「どうした?」

「息子さんと犬がいます、しかも大型犬です」

「…」

「さすがにお子さんだけの部屋で作業は無理っすよね…」

「ああ、、藤野さんの場合は予想の範囲内だから、再調整してくれ、俺が連絡する」

携帯を切った金子が思わず空を仰いだのは、工事が出来ないからではない。

…ここ、ペット不可なんだけどな 


その後、金子が恐れていたよりも工事は順調に進んだ。施工会社の現場代理人の方もかなり気を利かせて臨機応変に対応してくれたことと、居住者のスケジュールをまとめあげてくれた工事部の木下。二人の功績は大きい。

一件、賃借人から猛反対を受けた住戸もあったが、そこはオーナーと退去後の工事実施を握ることが出来た。

ちなみにその後、例の藤野は2回ほど工事をすっぽかしたり、お風呂に入ってるからダメと言ったり、どうしても受けなきゃだめかとごねたりしたものの、最終週でなんとか工事を終えることができた。
白いもふもふの大型犬はとても可愛かったそうだ。


翌月の理事会で、金子と木下揃って工事報告をし、無事、納品することが出来た。

太田は帰りがけ、金子に、お疲れ様でした、と声をかけた。

「太田さんが理事長でなければ、決してでき得なかった工事です。本当にありがとうございます。」

「金子さん、こちらこそ忙しい中、ありがとうございました。今回の漏水の件は、個人的にもかなり辛いものごありましたが、こうして少しでも皆さんのお役に立てたと思えば、いい経験だったと思います。金子さんのおかげです。」

そう言って、太田は3ヶ月後、マンションを売却して出て行った。

今はあの部屋には、若い夫婦が住んでいる。

漏水があったことなど知らず。


🐀金子さん、ありがとうございました。思い出深い漏水のお話ですね…

金子 長いフロント人生でも、結局全戸更新ってあれだけだなあ…

🐀なかなかないですよ、こんなこと!

金子 ちなみにこの話、オチがあるんだけどさ、

🐀え?なんですか?


工事も明日で終わり、という日の夕方、事務所で木下が声を掛けてきた。

「金子さん、お疲れ様です。無事にいけば明日の307号室で工事完了です」

「木下、こちらこそ面倒な案件だったのに、文句も言わずにありがとうな。」

工事進捗表の未工事を意味する白い部屋は、残り一つ。これが明日斜線で塗られ、全てが終わりだ。

「長いかと思いましたが、結構あっという間っすね」

「感慨深いよな」

「金子さん、裏の進捗表、見ます?」

「え?」

そういうと、木下は同じ進捗表の色が違うものを取り出した。何やらメモが書いてある。

「これは…!」


「入室してわかったペット飼育一覧です。猫が3部屋、犬が4部屋です、分かる限りの犬種は書いておきました。個人的には502の柴犬がめちゃくちゃ可愛かったんで推しです」

金子は木下から進捗表を受け取り、そっと未処理BOXに置いた。


おしまい🐕ワン

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?