ぼくと彼女は一年記念日を迎える

 ぼくと彼女は交際一年を迎える。一年前の今日、同じ月の同じ日、井の頭公園でぼくは「ぼくと付き合いませんか」と告白し、由梨は「うん! よろしくお願いします」と即答し、ぼくらは正式にお付き合いを始めたのだった。「ノンケのふりをしているゲイの男子大学生」と「彼氏がゲイだと気付いていない女子大学生」のカップルにしてはよくもっているほうだと思う。そんなカップルがほかにもいるのか知らないけど。

 というわけで(どういうわけだ)、このnoteは投稿日当日に書いている。こんなnoteを書いているところを知り合いには見られたくないので、ぼくはいま大学図書館のコンピュータルームでこれを書いている。普段のぼくは空き時間や休日に数日分のnoteをザクッと書き溜めているのだが、「交際一年を迎えました」という文章だけは当日に書きたいと思っていたのだ。未来のことについて事実っぽく書いたらそれは小説みたいな創作になっちゃうし、そもそもぼくらは交際一年を迎えずに別れる可能性だってあったからね。「ぼくらは交際一年を迎えました」という文章を下書き保存し終えた直後に「わたしたち別れましょう」というLINEが来たとしたら悲惨すぎる。

 一年記念日をどこでどうやって過ごすべきなのかについては悩んだ。ぼくは毎週火曜に自宅近くのコンビニの夜勤のバイトが入っている。5限後に由梨と一緒にご飯を食べる時間はあるといえばあるのだが、ぼくはできれば出勤前に自宅のベッドでささやかな仮眠をとりたい。由梨はそんなぼくの事情を慮って、今期の毎週火曜はご飯を食べずに同じ電車で一緒に帰るだけで我慢してくれている。ぼくのこと大好きで大好きで会いたくて会いたくてたまらない異常者にしてはよく耐えているほうだと思う(要嫉妬)。ただ、一年記念日だけは火曜でも晩ご飯の席ぐらいは設けてやったほうがいい。バイトを欠勤して一緒にどっかに泊まるとかでもよかったのかもしれないが、あいにくぼくは由梨にそこまでの愛情は抱いていない(ひどい)。

 1か月ほど前、横浜を二人でぶらぶらしている時に「そろそろ一年だね、わたしたち付き合って」と由梨が倒置法的に言ってきたので、ぼくははい待ってましたとばかりに「どっか行く? 夜景の見えるレストランとか」と返してみた。ぼくらは新宿ワシントンホテルを知っている。正確には新宿ワシントンホテル地下のカプリチョーザとトマトラーメン屋さんを知っている。ホテルの館内掲示板のおかげでぼくの脳内では「夜景の見えるレストラン=新宿ワシントンホテルの上の階にあるレストラン」という定義が確立されているので、もちろんそんなところになんて行ったことないが、しかしアニバーサリーには彼女をそういったお店にご案内するのが20overとしての流儀なのかと思い込んでいた。ちなみに、ぼくがそう思い込んでいたのは、サークルの先輩の七尾さんから「一年記念日にホテルのレストランで夜景を見ながら彼女とディナーをともにした」というまさしくそのままのエピソードを聞かされていたせいである。七尾さんはアクセサリー専門店にペアリングを注文したりだとか、フレンチレストランでシャンパンを頼んだりだとか、そういう洒落た大人の振る舞いに通じているからすごい。ぼくがファーストフードチェーン店以外のハンバーガーを初めて食べたのも七尾さんにお店へ連れて行ってもらったからだし(この世に1000円以上のハンバーガーが存在するなんて知ってました?)。いや、七尾さんの話はどうでもいい。七尾さんはぼくの恩人だがここではご退場願おう(ナナさんすみません)。

 夜景の見えるレストランはいかがかというぼくの得意げな提案に対し、由梨は「うーん、それもいいけどさあ。せっかくだからわたしたちのお店行こうよ!」と逆提案してきた。念のため言っておくが、ぼくと由梨はお店を共同経営していない。「わたしのお店」「ぼくのお店」と言う時にぼくらが連想するのは、由梨のバイト先の横浜のパン屋さんか、ぼくのバイト先の住宅地のコンビニである。電車に乗って住宅地のコンビニにわざわざ行ったところで本当に何の意味もないので、おそらく由梨はパン屋さんのことを言っているらしかった。しかし、なぜ。ぼくらが横浜で会う時、由梨は結構な頻度でぼくをバイト先のパン屋さんに連れていく。そこで由梨とぼくは毎回、店員のみなさんから「やあ、由梨ちゃん! お、彼氏さんも」と声をかけられるのだった。由梨はぼくと違ってバイト先を愛している。どうやら由梨は店員さんたちに「わたしたち付き合って一年を迎えたんです」と報告するつもりらしい。なにそれ。ぼく的には羞恥の極みでしかないんですけど。

 結論を言うと、違った。由梨が「わたしたちのお店」と言っていたのは、一年前にぼくが告白した日に一緒に行って、そのあともしょっちゅう二人で行っている吉祥寺の洋食屋さんのことだった。由梨があのお店を「わたしたちのお店」認定していたとは知らなかった。まあ、ぼくらの思い出のお店ということなのだろう(正直ぼくにはそこまでの思い入れはない)。というわけでこのあと、ぼくはこの5限(空きコマ)(というか本来なら4限上がりなので空きコマではない)の前半を潰したあと、中央線に乗って吉祥寺へ向かい、由梨と会ってその洋食屋さんへ行く。投稿直後にこのnoteを読んでくれている関東近郊のみなさーん、いまから吉祥寺駅へ向かって改札前で張っていればリアルのぼくらに会えますよー! ちなみに今日ぼくが着ているのはオリーブ色のリネンシャツです!(ネットリテラシー枯渇) 

 ぼくは今日、由梨に交際一年記念のプレゼントを渡す。夜景の見えるレストランにお金を落とす必要がなくなったので多少の予算が浮いたのだ。まあ、プレゼントなんて持っていく気になったのは、向こうも何か用意しているらしいのが分かったからである。ぼくは今夜コンビニで夜勤があるのでできるだけ早めに帰って少しでも仮眠をとりたい(ひどい)。由梨はたぶんそこのところを分かってくれているので、「帰らないで」とか「ホテルに行きたい」とか言ってぼくを困らせることはないだろう。由梨がその手のわがままでぼくを困らせたことは過去に一度しかないし。まあ、コピス吉祥寺(という商業ビルが吉祥寺にはある)のキャラパーク(というキャラクターグッズのフロアがコピス吉祥寺にはある)にちょっと寄りたいということなら付き合ってあげてもいいけど。どうせただの夜勤だ。ただの住宅地のコンビニの夜勤だ。ぼくのほんのわずかな仮眠の時間がなくなったからってぼくは死にはしない。では、そろそろ吉祥寺へ向かうとしますか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?