ねこ、はじめました。
二匹のねこがいます
いま、これを書いているデスクの後ろの押入れに、キジトラのねこがいる。二階の社長室(寒いので冬は使っていない)の本棚と壁の隙間には、短足で長毛のねこがもぐりこんでいる。つまり、現時点で志学社には二匹のねこがいるということになる。
ことの起こりはなんだったのか、もうよくわからないのだが、縁あって船橋に所在するNPO法人猫の森の「預かりボランティア」として、人馴れしていない保護猫を預かることになった。
キジトラは名を「すもも」といい(いま爪を研ぎはじめた)、短足は「りんご」という。いずれも多頭崩壊(たくさん飼いすぎてパンクすることだ)現場から救い出されたねこである。最初、すももともう一匹、「すじこ」というこちらも長毛のねこを預かっていたのだが、すじこは人馴れも早く、すぐに里親が見つかって弊社を出ていった。よいことであるが少しさみしい。
猫の森ハウス(保護施設)は、現在キャパシティを超えた数のねこが滞在しており、すじこと入れ替わりにりんごが弊社にやってきた。おそらくこれからも、会社が潰れなければ二匹程度のねこが滞在することになるだろう。
ネコは室内で
いったい、ネコという動物は、現在の研究では稲作とともに大陸・半島から日本に渡来したと考えられている。考古学的に確認できる国内でもっとも古い痕跡としては、長崎県壱岐市のカラカミ遺跡から出土した、前1世紀の骨がある。おそらくネズミ対策と考えられており、語源も諸説あるが「ネズミを好むから」という説が貝原益軒の『日本釋名』に出ている。
文献に出始めるのは8世紀になってからで、11世紀には愛玩動物として貴族に愛されたことが数多くの宮廷文学からわかる。『枕草子』に登場する「命婦のおとど」などを想起する人も多いだろう。
さて、ネコの歴史には面白いトピックが多いが、近年重要視されている「生物多様性」の観点から言えば、ネコは地球上のありとあらゆる場所で外来種であり、奄美のノネコのごとく、在来の生態系の破壊者である。そして、未去勢/未避妊での外飼いや、野良猫への餌やりは生態系へのダメージを拡張する行為である。
倉に蓄えられたコメや、寺院等の有する経典・典籍を守る……という本来的な役目が失われたいま、ネコが街のそこらじゅうにいて、あちこちで餌付けが行われているというのは非常によろしくない状態であると言えるだろう。
いま、ねこを心から愛する人々によって進められているのが「地域猫活動」であり、「保護・譲渡ボランティア」である。
ごくざっくりとまとめるならば、未去勢/未避妊の野良猫をなくし、できる限り多くのねこを人馴れさせて里親を見つけ、完全室内飼いで病気や怪我とも無縁に幸福な一生を(愛玩動物として)送ってもらおうというものである。
イヌ派だったはずが……
僕は元来、イヌ派を自認しており(猫の森の北村代表もそうだったらしい)、実家でも一番長く飼ったのはイヌであった。だから、この歳になってねことともに暮らす(?)などとは思いもよらなかった。きっと、一年前の自分に言っても信じないだろう。
しかし、「社会貢献」の名のもとに(実際そのつもりもあるのだが)ねこのいる環境で日々を過ごしていると、「どうしてもっと早く飼わなかったんだろう」(いまも飼っているわけではないが)と思えてくる。要はかわいいのだ。
先日送り出したすじこなどは人懐っこく、簡単に抱っこすることができた。また、睡眠障害の僕が会社で仮眠していると、すももは必ず確認しに来て、少し離れたところで自身も寝ていたりする。「ねるのか? じゃあすもももここでねるか……」とでも言っているようで、実に心が落ち着くのである。
そんなわけで、弊社はねこのいる会社になった。今後はときおり、ねこたちの様子をお伝えしていこうと思う次第である。
(平林)
※ヘッダ写真は、お気に入りの低反発クッションでくつろぐすもも
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