見出し画像

ヒトは、コト。「場の量子論」を探求した、ファシリテーターの気づき。

研修、ワークショップ、ダイアログなど、ヒトの気づきや変容を促す「場づくり」をする、ファシリテーションのスキルがあります。そのプロフェッショナルであるファシリテーターは、「場」という言葉をよく使います。「いい場だね」とか、「場がよくない」とか、当たり前に使います。

ですが、「場ってなに?」と訊かれると、「んん〜」っと考えてしまったり、定義は曖昧なままに当たり前に使っています。それくらい身近でありながら、暗黙知的なものです。

一方、物理学においてもという言葉が使われています。同じ「場」という言葉ですが、物理学でいうそれは、何をさしているのか!?ファシリテーションに通ずるものがあるのか!?
気になっちゃったので、プロファシリテーターで集まって、物理学者の方に講義をしてもらいました

1.  場づくりの自然科学

講義をしてもらったのは、「場づくりの自然科学」という活動の中で。プロのファシリテーターと科学者で、ヒトがつくるファシリテーションの場を探求するコミュニティです。
私自身は人財育成の仕事をはじめて14年。その以前には、化学と生物学が専門で、分子生物学の研究者をしていました。そんな背景もあり、好奇心からこの活動をはじめました。

そして、ゲスト科学者として、小谷太郎さんをお招きまし、初回の探求セッションを開催しました。
小谷さんはX線天文学が専門で、X線を放出する特殊な天体の研究や、その観測装置の設計をされています。そしてなんと、NASAで研究をなさっていたこともあるそうです。はい、NASAで研究をなさっていたのです。大事なので、2回書きました。

ちなみに、場づくりの自然科学のメンバーには、日本ダジャレ活用協会の会長も所属しており、ダジャレベルの高いコミュニティになっています。

さて話を戻して、小谷さんはサイエンスライターでもあります。分かりやすい物理学の著書をとってもたくさん書かれています。

小谷太郎さん書籍_場の量子論とファシリテーション


2.  あらゆるモノは素粒子で構成されている。

今回、僕が特筆したいのは「場の量子論」についてです。これは素粒子に関する理論です。

私たちヒトの身体や、身の回りのモノや、空気などは、ミクロに拡大して観ていくと、分子になり、原子になり、電子と原子核になり、原子核は中性子と陽子になり、中性子と陽子はアップクォークとダウンクォークとグルーオンによって構成されています。
この電子、アップクォーク、ダウンクォーク、グルーオンは、それ以上分解できない「素粒子」と呼ばれます。

身近な存在、光も「光子(フォトン)」という素粒子です。
光はマックスとヘルツによって、1800年代後半に「波」である電磁波だと明らかにされました。
そして、アインシュタインによって、1900年代初頭に「粒子」であると提唱されました。この業績で、アインシュタインはノーベル賞を受賞します。

ちなみに、ほとんど触れられないことですが、フォトンと名づけたのは、ギルバート・ルイスです。2度は書きませんが、大事なので触れておきます。

この「波であり、粒子であるという、二重性を持っているのが素粒子の性質であるとよく説明されます。電子も同じく二重性を示すことがよく知られています。実体があるのかないのかぼんやりした「波」と、存在がはっきりした「粒子」の、2つの状態をもつ、不思議な存在であると。

「それって、どういうこと?」と思われる方もいるかもしれません。ですが、説明が長くなるのと、「そう考えない方が、わかりやすい」と思うので、ここでは省略させてもらいます。


3.  太陽から光子は飛んでこない。光子場の波の伝達である。

太陽から光が降り注ぐとき、太陽から「光子が飛んでくる」と私はイメージしていました。ところが、これが間違いだったことが僕には衝撃でした。

光子場の波が伝達してくる」という方が、より適切な表現だということなのです。ザバ〜ン!(注:この効果音は間違ったイメージです。)

実は、私たちの周りには、光子場という光子の量子場が存在しています。昼だろうと、夜だろうと、陽の届かない洞窟だろうと、常に光子場で満たされています。
その光子場のある点に強いエネルギーが加わると、その点で場の状態が変わり、粒子のように光子が出現するのです(励起という)。

下図は、その光子場のイメージを模式的に表してみたものです。

SHIFT-x_場づくりの自然科学_note_場の量子論とファシリテーション_励起された場


そして、そのエネルギーは場を通じて隣へ隣へと伝達し、光子が移動しているように見えるのです。
その様子は、ビリヤード台で1つの玉が転がっていくイメージではなく、電光掲示板で次々と隣の電球が光っていくイメージが実際なのです。


さらに補足をすると、波は媒質を振動が伝わっていく現象です。媒質自体は、波の伝わる方向に移動するわけではありません
例えば、音も波です。いま耳を済まして聞こえてくる音は、音源から媒質である空気の振動が鼓膜まで伝わっているのであって、音源も空気も移動してきていません。

次の動画のウェーブマシンのように、振動が隣へ、隣へと、移動しているのです。素粒子場に置き換えれば、場が移動していくわけではないということです。


4.  私たちは、素粒子の場にあって、生きている。

先ほど、暗闇でも常に光子場で満たされていると書きました。
さらには、光子場だけでなく、あらゆる「素粒子の場」が私たちの周り、宇宙全体を満たしているそうなのです。何もない空間にも、蓋をしたフラスコの中も、真空にも、場があるんです。

そして、少なくとも存在が知られている素粒子の数だけ、場が存在すると考えられているのです。

素粒子には「標準モデル」というものがあり、そこには存在が確認された17種類の素粒子が規定されています。大別すると、「物質を構成する素粒子」「力を伝える素粒子」「質量の起源となる素粒子」があります。
また、17種類に含まれないものとして、証明はされていないものの存在が確実視されているのが、重力の素粒子グラビトンがあります。

画像2

MissMJ, Cush - Own work by uploader, PBS NOVA [1], Fermilab, Office of Science, United States Department of Energy, Particle Data Group, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=4286964による


私たちには、可視光を除いて、これらの素粒子を目で認識することはできません。ですが、見えなくても、私たちはいつだって、これら素粒子の場の中にあるということなのです。


5.  ヒトもモノも、コトだ。

一般的な感覚だと、私たちは、物質や人体のことを小さな形ある粒の集まりであり、「モノ」だと認識していると思います。ですが、場の量子論から観てみると、それら粒の集まりは、全て素粒子の場が示す状態です。

私たちの身体を構成する原子でも、電子やクオークの場で絶えず波が動いている。粒のように見えて、連続した状態の変化です。私たちヒトも場であり、波という言い方もできるかもしれません。

そう思うと、ヒトは場で起こる出来事。「コト」だと観てもいいのか。そう思い至ったのでした。

ヒトは、コトだとしたら?

ヒトゴトのように書きましたが、何だかこれまでの認識を揺さぶられます。この問いの探求は深くなりそうです。2度は書きませんが、大事なやつです。

この問いの気づきは、またの機会に。読んでいただいて、ありがとうございました。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!