見出し画像

6-5 猫の手も借りたい

 出産から6日後、私は無事に退院した。同日に出産したらしい人が、旦那さんはもちろん、父母や兄弟にまで囲まれて、赤ちゃんをフリフリのドレスに着替えさせて写真を撮りまくり、「結婚式ですか?」という勢いで盛大に退院しようとしているのを横目に、私は旦那と赤ちゃんの3人でひっそりと病院を後にした。看護師さんが、3人一緒の写真を撮ってくれた。良い記念写真になった。

 実家に着いたら、ひとまずリビングに置いたクーハンの中に寝かせた。すると、猫が早速寄ってきた。が、「な、な、な…なんですか、それは!?」という感じで、かなり遠巻きに見ていた。どうも、新生児は猫に人とみなしてもらえなかったらしい。

 そんな猫の様子に笑っていられたのも束の間で、早速夜には「赤ちゃんが寝ません」状態に悩まされることになった。旦那は私の実家にマスオさん状態で、二時間かけて通勤してくれていた。通勤途中、車を運転することもある。寝不足で万一があったら大変なので、旦那は夜、耳栓をして寝ることになった。


私の孤独な闘いが始まった。


 昼間はまだ良かった。ご飯は父や旦那が作ってくれて冷蔵庫にストックが入っていたので、みんなバラバラに食事する朝ご飯や昼ご飯は適当にお皿に乗せて温めて食べられた。会陰を切った痛みにかなり悩まされていた産婦としては、とても非常に正直なところを言ってしまえば、食事を並べるのすら億劫で、上げ膳据え膳の病院が早速懐かしくもあったが、文句は言っていられない。

 そうして食事を食べている間やシャワーを浴びている間、少しの時間なら父や姉が赤ちゃんを見てくれていた。しかし、甘えすぎて、時々泣き止まない赤ちゃんに父がストレスを感じているのが見て取れたため、あまり長時間はお願いできなかった。「赤ちゃんを育てる責任は、母親にある」―私は無意識の内に思い込んでいった。

まして、夜は頼めなかった。


 これから赤ちゃんを産む方のために言っておくと、ほとんどの新生児という生き物は夜行性である(時々、例外の子もいます)。新生児育児の真骨頂は、夜をいかに楽しく過ごせるかにかかっている。育児とは、最高の夜遊びなのだ。そう思わないとやっていられない。それくらい、夜、寝ない。マジで。ほんと。勘弁してほしい。

 この際、もう、寝ないだけならいい。私は授乳しても目をらんらんと輝かせ、泣きもせず、じっと私の顔を見る赤ちゃんから目を反らし、夜な夜な赤ちゃんを膝に乗せたまま、プリント片手にアロマの試験勉強をしたこともある。寝なくても、大人しくしていてくれるなら、何となく時間の過ごしようがある。

 問題は、「泣いた」時だ。泣き止まない時には、何をやったって泣き止まないのだ。おむつを替えたって、授乳したって、抱っこして狭い檻の中でうろつく動物園の動物のように部屋をうろうろしたって。

 私は幼少期から、叱られるのが苦手な子だった。叱られるのが得意な子もいないと思うが、とにかく少しでも叱られるのが怖くて、良い子にしていた節がある。私は赤ちゃんの泣き声が階下に響き、父に怒られるのではないかとびくびくしていた(今思えば、そんなことない。私が情緒不安定だった)。

 なんとか泣き止ませようとした。抱っこ紐に赤ちゃんを入れ、一時間でも二時間でも部屋をうろうろうろうろ歩き続けた。子守歌も歌った。変顔もした。踊ったりもした。全て無駄だった。

 隣には旦那が寝ていた。

 旦那は耳栓をして、静かに寝ていた。

 ふと、私の中で、何かが切れる音がした。

 それは目に見えない、心の線のようなものだった。

 それが静かに、「プチン」といった。


私は、突然泣き叫び始めた。


 耳栓をして赤ちゃんの泣き声は気にせずに寝ていた旦那だったが、さすがに大人の泣き声には気づいて飛び起きた。もしかすると、私から殺気を感じたのかもしれない。別に何もするつもりはなかったけれど、無意識に蹴ろうとしていたかも…

 私は孤独な戦いに完敗した。もう限界だった。一か月も経たない内に限界を迎えていた。

 旦那はすぐに、耳栓を捨てた。察しのいい彼は、どんなに仕事が大変だろうと、耳栓をして孤独な闘いをしている妻に背を向けて寝ることが、如何に妻を追い詰めることなのかを瞬時に悟ってくれたようだった。旦那は抱っこ係を代わってくれた。時々、抱っこ紐に新生児を入れたまま二人で倒れて寝ていることがあり、ヒヤリとすることがあったが、それだけ熱心にやってくれた。


 昼間、エイリアンでも見るかのような目で遠巻きに新生児を眺めてくる猫たちは、夜は全く二階に寄り付かなくなった。モルモットに餌をあげようとする時だけ、「あそこに行くんですね。あの扉の向こうには何がいるんですか?」といった感じでついてくる猫に、私は「赤ちゃんの面倒も見てよ」とぼやいた。猫の手も借りたいとはこのことだったが、残念ながら猫はいらんところにだけ手を出してくる。

 おっぱいが比較的出るようになってきたため、私は再び完全母乳を目指したが、よく乳首が切れて、痛みに私は悲鳴を上げた。夜、赤ちゃんの寝つきも悪かったため、「量が足りてないんじゃないか」と言われ、ミルクを足すことにした。夜は、旦那がミルクを作ってくれた。しかし、寝室は二階なのに対し、台所は一階であり、その台所のすぐ横の部屋では父が寝ていた。ミルクを作るのに電子レンジなどを使ったが、相当気を遣う毎日だった。

 実家とは言え、高校卒業と同時に家を出て、10年以上経っていた私にとって、そこはもはや「我が家」ではなかった。

 やはり、自分たちにとって使い勝手がよく、100%リラックスできる「我が家」は、その時住んでいたアパートだった。私は早くアパートに帰りたくなっていった(モルモットと猫の攻防戦が一番面倒と言えば面倒だったのだが)。


 そして、赤ちゃんの一か月検診を終えて、私たちはアパートに戻った。自宅に戻ってほっとしたのは、束の間だった。確かに、自宅アパートのほうが気を遣うこともなく、使い勝手は良かった。しかし、実家には誰かしら、人がいた。ちょっとだけなら赤ちゃんを見ていてもらえた。父は抱っこしてくれた。姉はおむつ替えもしてくれた。赤ちゃんには一切手を出そうとしなかった祖父だって、良い話し相手だった。

 自宅アパートは、昼間旦那が仕事に出ている間は、私と赤ちゃん(とモルモット)しかいなかった。まともな話し相手は、いない。密室育児。


私の産後鬱との戦いが、本格的に始まろうとしていた。

本や講座を受けるのが大好きです(水星金星双子座、東玉堂星) サポートいただけたら、その資金にして、新しいネタを仕込んできます!