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【愛の抵抗】ぼくらの不思議

目を覚ます。明かりをつけたまま寝落ちしていた。腰が痛い。1Kの部屋、カーペットの上で横になっていたからだ。時間は深夜2時20分。テーブルには食べた後の器が並べてある。ベッドでは恋人が寝ている。

思いのほか長引いた残業終わりに、恋人の家に立ち寄って夜ご飯を食べた。今夜の食材はズッキーニだった。恋人が焼いて炒めて煮た各種ズッキーニ料理を美味しく食べる。小さな、とても飲み心地の良いシャンパンを空ける。勢いづいてヒューガルデンも飲む。酔いながら映画の話で盛り上がったあと、一緒に住むなら二子新地だとか用賀はどうだとか寝転びながらSUUMOを見ていたら、気付けばお互いそのまま寝ていた。ふたりは酒に弱かった。

体を起こし、スマホを手にぼーっとしつつ『もやしもん』を黙々と読んでいたら目が冴えてしまう。明かりを消し、キッチンでそろそろと洗い物をする。それでも水音と気配に気づいて起きてきた恋人が「朝にやってくれたらいいよ」と言ってくれる。冴えているので洗ってしまうよと伝えてそのまま続ける。

サクッとシャワーを浴びようとすると下着の替えを忘れたことに気づく。恋人の家に置いてあるぼくのパンツはまだ洗濯前だった。「パンツ忘れちゃったなぁ」「え、大丈夫なの」「仕方ないよね。今履いているのをまた履くよ」と話して浴室に入る。朝起きてコンビニ行けばいいや。

熱めのお湯を浴びながら思い返す。指輪とか花束とか用意しなかったなぁ。なんか気の利いたサプライズとかしたかったなぁ。残業しちゃったからお花屋さん閉まっちゃってたなぁ。というかクリストファー・ノーラン好きだったんだなぁ。まだまだわかっていないことだらけだなぁ。

ここ数週間、1枚の紙を役所に提出することに気配り心配りしながら動いてきた。紙を出すだけなのに、その時々でハッピーな気分にもなれば、メンドクサ!と思う出来事もあった。別に出さなくてもいいのでは?とお互い問い合った。意外と言葉や態度を尽くしていても、相手に伝わり切っていないことがあると気づいた。戸籍のことも知った。あれさ、本籍地は東京タワーとかどこでもいいくせに何で苗字は別姓じゃダメなの? 一緒に住むこと前提の様式なんなん? 本当に理解できない。

浴室から出ると恋人がいない。あれ、まさか逃げられましたか。そんな映画もあったなと思いながら、どうしたのかなと気にかけていると玄関がガチャっと開いた。「ゴミ捨て行ってきたの?」「ううん」と言って忍びなさそうに何か差し出される。ファミマのパンツと靴下。「初日からパンツ綺麗じゃないのはかわいそうだから」と。えー、ありがたすぎる。優しすぎませんか。ぼくもアイス食べたい気分だったしさ、ふたりで行けばよかったのよと伝えると、「そうか、今度からふたりでやればいいのか」と気づいてくれる。お互いまだまだわからないことだらけだ。

午前4時。ふたりはそれぞれやりたいことをやり(恋人は仕事をして、ぼくはこの文章を書いていた)、それぞれ布団に入る。窓の外が白ばんでいる。カラスの鳴き声が聞こえる。「なんだか不思議な夜だった」と恋人がつぶやく。これから指輪とか引っ越しの話は進めたらいい。あと数時間もすれば、ぼくらは紙切れを役所へ出しに行く。

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