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言いそびれた日記(お寿司編)

回転寿司に来た。レーンが職人を囲っている、今は少なくなった風情ある回転寿司である。連休ということもあり店内には数組の待ちが出ていて、私も名簿に名前を記入し、本を読んで順番を待っていた。

私の後に、金髪の外国人の方が訪れた。若い店員は「お名前を書いてお待ちください」と伝えるのだが、どうやらその方は日本語が分からないようだった。背後から、名簿を前に固まる2人の気配が伝わってきた。

その時、私の足は自然に立ち上がった。そして、私の口は自然にこういった。「ライト ユア ネーム」

光が差し込むようだった。先天的な金髪を揺らしながらレディが「My name?」と尋ねる。私の口は自然に「Yes」と返答する。中高6年間の私の英語で、全てが解決したのだ。手が震えている。自然に言えた。店内から拍手喝采が聞こえてくるような錯覚すら覚えた。

私は自分を少し好きになった。これからどうしようかしら、こんな鄙びた街は僕には似合わない気がしてきたんだ。東京なんてダサいね。ニューヨークに行こうか。イギリスで紅茶を飲みながら少額の賭けを嗜む休日も似合う。英語を勉強しよう。もっとたくさんの人を救っていきたい。僕はそれが出来る人間なんだ!

妄想でニコニコしていると、名前を書き終えたレディに「thank you.」と声をかけられる。咄嗟のことに驚いた私は、「うぃうっ」と漏らす。

気持ち悪いほど、発音のいい「うぃうっ」だった。

レディが空いていた椅子に腰掛けると、直後に「一名でお待ちの、シダ様〜」と呼ばれる。おじさんの間隙に座り、お茶を入れる。びしょ濡れになったみたいに落ち込んでしまった。お茶に口をつける直前、「マイプレジャー」と誰にも聞こえない声でつぶやく。ハマチを口に入れる直前にも、「マイプレジャー」と唱える。

言えなかった言葉は、水銀みたいに私の中に蓄積して、重たくなっていく。「マイプレジャー、マイプレジャー」なんにせよ、次こそは言えるように、英語を勉強しようと思った。

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