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小説:未邂逅/兄妹-無自覚/偶像(1)

※本作はコミックマーケット101で頒布予定の『未邂逅/兄妹(上)』に収録されています。頒布に関する情報はこちらからTwitterへどうぞ!

 わたし/私が生まれたのは、望まれたからだったと思う。
 そうでなければあそこから出てくるはずがないと、育ての親は言った。
 
 生誕はそうかもしれない。
 では、今は?
 今のわたしは、望まれている?
 今の私は、必要とされている。
 

 
 どちらのわたし/私がほんとうのココロなのか、わからない。
 どちらの私/わたしがほんとうのカラダなのか、わすれてしまった。
 
 それならば、必要とされる方にゆだねてしまったって、許されるだろう。


 /1

 『ドーム』にはそれぞれ、役割がある。
 
 例えば、服飾や布地の生成を目的としたもの、食品を製造することに特化したもの、居住区域が集まったもの。重工業を目的としたもの、教育及び研究機関の集団や、果てには、一つの『ドーム』が国家を宣言しているものもある。
 大抵その中には街があり、インフラがあり、人間の生活がある。何を課せられているかにより大小あるが…文字通りドーム状のソレは、小さいものでも、百万人ほどの人間を余裕で収容できるほどの大きさをしていた。
 
 とはいえ一つの『ドーム』ではサイクルが成り立たないため、それぞれの『ドーム』が各々の成果を交換することで生活を成り立たせているらしい。
 まるで、元々一つの共同体だったかのように。
 
 惑星の、荒れ果てた地表には、そのような『ドーム』が大小複数立ち並んでいた。
 そのうちの一つ、『ドーム:フィア』。課せられた役割は、『娯楽』。
 この世の、ありとあらゆる『娯楽』が集められたその場所で、一人の少女が自らの出番を待っていた。

  気持ち悪い。気持ち悪い。どうしてこんなにも、人間(ヒト)がいるのか。恐ろしい。
 
 スタッフさんが言うには、今日のIDは用意した百個全て売り切れているらしい。つまり、ここには百個、いや、関係者も合わせればそれ以上の『意思』が存在しているということだ。自分とおそらく同等の『意思』がひしめき合っているのを想像するだけで、吐き気がする。
 わたしでさえこんなにも、こんなにも擦り切れそうなほどに頭の中を何かが駆け巡っているのに、それと同じような機能を持ったモノが百もある。この世の地獄だ。
 恐怖のせいか、手に抱えるようにして持っていた紙コップがぐにゃりと歪んだように見えた。水の中に浮かぶわたしの顔も、同じように歪んでいる。外見を取り繕うのに一切デジタルな技術やシステムを使わっていない懐古主義なナニカ。歪んでいても仕方ないのかも、なんて思う。
 恐怖はどこまでも、わたしの意思を蝕んでいく。本番直前は、いつもこうだ。うつむいた顔を無理やり上げて、壁に掛けられた古臭いデジタル時計に目線を向けると、開演5分前。限界だ。そろそろアレが来る。あの感覚は苦手だ。苦手だけど、楽になれる。あとは何もしなくていい。それだけが救いだった。
 目を閉じると、わたしがそうするのを待っていたかのように、段々と外界を得るための感覚が消えていく。等間隔で鳴り響く重低音/地に着いた足の感覚/ムッとするフレグランスの香り/そして最後に、口の中に満たされた胃酸の味。
 わたしの意思は、そこで落ちた。

/2

 地下へと続く階段の先には、とても硬く、重く、分厚そうな、鉄製の観音扉が鎮座していた。その重厚な扉さえ、今は鈍重な音の響きによって齎された振動を伝えている。
 大通りから数本入った裏路地。数ある『ドーム』の中でも、お世辞にも治安が良いとはいえないここにさえ、隠されるようにしか存在していない施設。
 夕方の路地裏は、乱立するビル群によって影が差していた。本来の明るさ以上に、暗く、暗く感じさせる。
 
 そのおどろおどろしい階段の前に、若い男女が一組、立ちはだかっていた。彼らの恰好は、奇妙…いや、珍妙である。
まず、背中側が最新モデルの布型有機ELディスプレイになった、サイケデリックピンクを基調とした法被を身に纏っている。布型ディスプレイには『推しひとすじ』と一六八〇万色に輝く明朝体が踊り、頭にも同様の鉢巻きを巻いている。更には、さながら大昔の映画に登場するベトナム帰還兵(ランボー)のように弾帯を肩から下げているが、しかし中に入っているのは弾ではなく、色とりどりに輝くサイリウムたちだ。
 もはや絶滅危惧種とまで言われた、いや、世間に言及すらされなくなった、現地型のアイドルオタクである。
 
「行こっか」
長いピンク色の髪の女が、隣の男に声をかける。
「、そうだな」
一瞬逡巡した素振りがあったが、灰色の髪をした男の方も意を決したようだ。珍奇な恰好をした二人組は、目の前の階段を下りていき、その重く分厚い観音扉を、二人で一つずつ、手前に開けた。

「やっぱ生だよな」「ここに本人が居る、って感覚がたまんねえんだワ」「正直興奮する」「早く始まんねえかな」「今日のセトリは…」
 開演前の地下劇場は、それを待ち望み気持ちの昂る人たちの声と古めかしい重低音ビートに支配されていた。木を隠すなら森の中…あたしたちもそれなりに派手な恰好をしたつもりだけれど、足りていなかったんじゃ、と思わされるほどにみんなサイケデリックな色味をしている。
 あたしとお兄ちゃんは、入り口に設けられたゲートを素通りする。本来であれば普及型汎用検知器(ドームのルール)に手首をかざさなければならないが、あたしたちには関係がない。自然にフラップドアが開いて、あたしたちを中に招き入れた。
「うひぇ~、やっぱ人も音も多いね」
 耳で取り込んだことのないような音圧に圧倒されて、思わず真後ろにいたお兄ちゃんに声をかけた。開演前でこれなのだから、始まったらどうなっちゃうんだろう。
「あ?なんか言った?」
 片耳から何やら粘土状の物体を取り出した我が兄。
「うわキモ…なんで緑色の耳クソが出てくんの…?ちゃんと耳掃除した?帰ったらしてあげようねえ」
「いやこれ耳栓ね、こんな音ずっと聴いてたら頭おかしくなる」
 粘土質な緑色の気持ち悪い物体は、どうやらこの音圧対策アイテムだったようだ。だけれど、
「そんなのしてたらちゃんと音聴こえないし、つまんなくないの?」
 ライブなのだから、聴覚は重要な要素のはず。
「聴こえるべき音は十分取り込めているよ、心配ご無用」
 お兄ちゃんは肩をすくめると、緑色のキモい物体を耳に押し戻した。
 
 あたしたちが入場したのはかなり後の方だったから、当然壁際しか空いていない。目立つのも避けたいからそれで十分だけれど、やっぱり目には焼き付けておきたかった。丁度良く、壁際ながら比較的人の少ないスペースを見つけて、そこに陣取ることにした。 
 開演時間ギリギリの入場だったから、あたしたちが場所を見つけてすぐに、ソレは始まった。
 
 すぐそばに雷が落ちたような音がして、会場の照明が落ちる。
 湧き上がるような重低音が――イントロが流れ始めて、照明が目を潰すように輝くと同時、彼女はステージに飛び出してきた。
 真っ白な長い髪をハーフアップにして、これでもかとフリルを散りばめられた、アイドル衣装。やばい。カワイイの権化だ。
 
「うおおおおおーーーー!今日はナデコの一八歳生誕ライブに来てくれてありがとー!
今日もナデってる!?まずは、この曲から行くよー!」
 あたしをしても良くわからない挨拶と共に、軽快な曲が始まった――。

「ナデコちゃん、すっっっごかったねー!」
 あたしたちは、ライブ会場であった古びた地下施設…正式には『ドーム:フィア 認可済体感娯楽施設 許可番号No.3‐23』を後にして、路地裏を歩いていた。周りには、同じような恰好をしたオタクくんたちが、先ほどのライブの感想を興奮のままに語っている。
 既に十九時を回り、本来辺りは真っ暗になってもおかしくないのだが、オタクくんたちの煌めき(物理)で割と明るかった。
 騒ぎすぎてよれた一六八〇万色に輝く『推しひとすじ』鉢巻きを直しながら、隣を歩くお兄ちゃんに声をかける。
「ね、すごかったよね?聞いてる?耳クソ取れた?」
「…ああ。ところでお前、ここに何しに来たか覚えているか?」
 やべ。
「え?あー、わすれていないよ?でもほら、ちゃんと心から楽しまないとカモフラージュってさ、」
 我が兄は「どうしようもないな」、という風に肩をすくめる。その仕草を観察するついでに耳の穴をのぞいてみると、でっかい緑色のクソはいつの間にか取り出した後のようだった。適当な理由を付けて耳掃除をするチャンスだったのになあ。
「確かに一目見れたけれど、これで僕たちの責任が果たせたわけじゃない。それに、僕としては…あの子がどういう意図でこういうことをしているのか、気になるからね」
「そうだね…多分、まともに楽しんでたのはあたしたちだけだった。あれがあの子のチカラなんだとしたら――」
 あたしはお兄ちゃんの方を見ていたから、脇道から突然出てきたヒトに対応ができなかった。
 黒いジャンパーを纏った、でも下半身は随分寒そうなスカートの、女の子とぶつかった。ジャンパーのフードを目深にかぶっていて、顔はよくわからない。
「あぁああ、す、すすすすみみません」
 (推定)少女は異常に怯えながら、私に謝罪した。
「あ、ごめんね。あたしも前見てなかっ…」
「そそそそっそれでは失礼しっしししますすす…」
 あたしが最後まで言う前に、(ほぼ確)少女は立ち去ってしまった。
「あちゃあ、なんか怖がらせちゃったかな」
 あたしが危惧する反面、お兄ちゃんは訝しんでいた。
「あの子…いや、追うのはやめておこう」
 
 それが、ナデコちゃんの、本当の誕生日の――前日の話。

/3

 彼女の力は本物だった。
 彼女を拾ったのはたまたまだ。
 『セッテ』の研究所でアルバイトをしていたとき、自分が所属していた生体プラントの部門が解体されることになるという目にあった。
「人生のどん底だ、終わりだ」と完全に全てを投げうつ寸前だったオレの目の前に現れたのが、あの子だった。
 生体プラント部門に居た沢山の被検体。噂では恐ろしい――場合によっては肉体的にも、精神的にもヒトを破壊することがあると――そう聞いていたが、彼女に異常は見られなかった。
 全ての荷物を片付けて撤収しようとしたとき、オレはその被検体の群れとすれ違う。単に、これから廃棄されるのか、どこか別の生体プラントに引き継がれるのか…最早オレに興味がなかったが、そいつらの顔を眺めながら、群れと交差していく。
 
 その中にひとり、オレを見つめる女の子がいた。
 真っ白な検体用の服と、それ以上に白い、長い長い髪の毛。そして、オレを見抜く金色の目が、印象的だったのをよく覚えている。
 
オレはそのとき、衝動に抗うことができなかった。
手に抱えていた段ボールを投げ捨て、彼女の手を引き、施設を飛び出した。先のことなんて、一切考えていない。なぜなら、そのときのオレには元々何もなかったからだ。
 
 それが五年前。ボンバことオレもまだ二十五で、彼女はまだ、十三歳だった。

「おつかれさま、ナデシコ、、、、
 先に控室に戻っていた彼女に、声をかけた。部屋は暑く、湿気ていたが…彼女は震えていた。
 ジャンパーを着こみ、フードを鼻のあたりまで被っている。今日の誕生日ライブは、相当堪えたようだった。ダンゴムシだってここまで丸くはなるまい。
「ボンバさん、わたし、わた、わたし…」
「よくやったよ。本当にお疲れさま。今日も、求められているナデコそのものだった」
 そう声をかけると、彼女は少し顔を上げて、ぎこちない笑顔を見せる。今にも吐きそうだった。
 ライブ直前と直後は、というか、普段はいつもこう。自分が必要であるのかを執拗に確認する少女。それが『ナデシコ』という子供の特徴だった。
 それが、ライブになると…『ナデコ』に変身すると、人々に求められる、完璧なアイドル像へと変貌する。
 だが、これは彼女の能力でも何でもない。唯の――人格分裂。多重人格だった。
 十五歳からこの『フィア』で天然物のアイドルとして活動を始め、今や収益が順調に黒になるほどのエンターテイメントとなりつつある。求められるアイドル像との差を埋めるため、過度にさらされたストレスの捌け口のために…そして生まれたのが、『ナデコ』という人格だった。
 元々は単に芸名としてオレが名付けたに過ぎないその名前が、今や一つの人間として活動している。そこに、多少なりとも責任は感じているのだが、これが彼女なりのやりかたであるというなら、オレに口を出す謂れはなかった。
 
 だが、オレはやはり、ナデシコのことを理解できない、大人でしかない。
「ナデシコ。きみは最高にアイドルだ。明日はそのご褒美を…」
 そう褒めた瞬間、最後の言葉まで聞かず、彼女のかけらほどしかなかった笑顔は風にさらされた砂場の城のように一瞬で崩れ去り、普段のナデシコからは考えられないほどの素早さで、控室を飛び出していった。
 オレはどうして、いつもそうなのだろうか。

/4

 わたしはあの言葉に、思わず駆けだしてしまった。本来抑えていた運動能力をも気にせずに、無心で控室を、箱を、飛び出した。
 わたしは『ナデシコ』であって、『ナデコ』ではない。そういう風に定義づけたのは、ボンバさんだというのに。それを自分で否定するようなことを言うなんて、やはり、人間と言うのは解せない。
 
 最後にボンバさんから読み取れたのは、『困惑』。
 人間は勝手だ。自分から何かを言っておいて、自分が困惑している。何を考えているのかある程度分かるぶん、わたしにとって、周囲は恐ろしいものでしかなかった。

 そんなことを考えながら走っていたからか、わたしは人にぶつかってしまう。
 初めて見掛けた『ナデコ』のファンの人。
 ピンク色の髪をしたかわいらしい、わたしと同年代くらいの人だった。こういうひとが『ナデコ』のライブに来るのは珍しいな、と思った反面、彼女の内面を見る。
かなり純粋な『感動』と、『愛情』。
 
…気持ち悪かった。他人が、他人に、こんな感情を抱いているなんて。
 
 
――無自覚/偶像(2)へ続く。

※本作はコミックマーケット101で頒布予定の『未邂逅/兄妹(上)』に収録されています。頒布に関する情報はこちらからTwitterへどうぞ!

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