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小説:未邂逅/兄妹-序

※本作はコミックマーケット101で頒布予定の『未邂逅/兄妹(上)』に収録されています。頒布に関する情報はこちらからTwitterへどうぞ!

 人と違う『チャンネル』を見ていると、迫害される。
 それは大抵のことに言えることだ。
 
 僕たちは生まれ持った時から、人とは違うモノ/世界が見えていた。
 同じモノ/世界が見えるのは、僕と彼女の二人だけ。
 
 だから僕たちは隔離されたし、何度も確認された。
 お前が見ているのは、違うものなのか?と。
 けれどまあ、それが自分の選択であるのなら/自分自身のことであるのなら、それも許容できる。
 
 でも彼女たちは違う。僕たちとは違う。
 選んでいない。
 選んだのは、僕たちだ。
 
 なら、僕たちは…彼女たちに対して、責任を負うべきなのではないか?


/序

 目覚めを促すように、小刻みな電子音が鳴り響く。
 サイレンのように耳障りな電子音は、あえて不快なように設定されたものだろう。
 
 ――意識が覚醒する。
 それを認識して、合成音声が言葉を紡いだ。
「凍結から二百八十五万三千二十四時間が経過しました。一分前、地表より指定コード:セブンに該当するシグナルを検出。当ポッドは搭乗者を解凍の上これより地表へと降下します。本件に現在のあなたに依る介在は禁止されています」
 『現在のあなた』という表現が、超長期ハイバネーションに突入していた自分を自覚させる。自分自身の感覚では、先ほどこのポッドに入ったばかりのつもりだったから、その言葉でやっと自分は時間を越したのだ、という天啓を齎した。
 最も、地表への降下を拒む気はなかったが。
「了解した。地上までのエスコートを頼む。…僚機は?」
「ポッドナンバー:ゼロツーの行方は不明。しかし当ポッドと同様のシグナルを検出し同じく地表への降下準備中と予測されます」
 残念ながら、コトはそこまで上手く行くものではないようだ。しかし、同じように地上に降り立つのなら見つけられるだろう。
 ゲル状の物質で満たされた容器の中に横たわる自分の前に、モニターが差し出される。
 各部の状況確認中であることを示すインジケータが全て緑になり、全ての準備が整ったことを伝えた。
「降下準備が完了しました。これより大気圏に再突入し、約一時間後に地表に到着する見込みです」
 意識の覚醒から全く動きを感じなかった自分のポッドが、背中側に伝わる振動によって動き始めたことを知らせてくる。さながら、小さなころに妹と乗ったジェットコースター。あれが、これから落ちるために上昇しているときに味わったのと似た感覚だった。

◇ 

 次第に振動は大きくなっていく。目覚めてから数十分。そろそろ、ゲル状の物質の中で身を任せるこの動きにも飽きてきた頃合いに、突然、ガクンと重力を感じさせる動きが加わった。
「大気圏に突入しました。これよりパラシュート降下に移行します」
 小刻みな振動が、ゆっくりとした揺籃のような動きに変わる。そして、その時は訪れた。
 
 最後に、地表へと降り立った振動が背中側全体を刺激する。
「地表に到着しました。長期間に渡る宇宙旅行、お疲れさまです。わたしの務めはここまでとなります。ご利用いただき、誠にありがとうございました。お体には久方ぶりの重力圏ですので、お気をつけて。それでは」
 合成音声は、丁寧な言葉ながら一方的な挨拶を済ませて、ポッドの寿命を示す。
 同時に、前面に配置された、丁度人間が出られるくらいの、非常に簡素な出口が開いた。
 
「長期間に渡る、って言われても、僕としてはさっき入ったばかりのつもりなんだけどな…」
 ふう、と一息ついて、全身に力を込める。超長期ハイバネーションの弊害は感じられない。問題なく、活動できそうだ。
 左足、右足。順番に立ち上がり、出口から顔を出す。見渡す限り、あたりは荒野のようだった。植物は殆ど、見当たらない。
 さしあたって危険はないと踏み、自分の体をポッドから脱出させた。改めて見ると、本当に小さなポッドだ。無駄のないと言えばそれまでだが、よくこれでここまで生きてこられたものだ、としみじみ思う。それしか方法がなかったのだが。
「…っと」
 足が地表を踏む。小さく土埃が舞って、僕の到着を祝福した。大きく息を吸う。うん、美味しい。
 
――三百二十五年と二百五十一日。本当に久しぶりな、地面だった。


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