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小説:未邂逅/兄妹-未完成/マリオネット(1)

※本作はコミックマーケット101で頒布予定の『未邂逅/兄妹(上)』に収録されています。頒布に関する情報はこちらからTwitterへどうぞ!

生誕の時、私は未完であった。
 今の私は、完成している。
 
 ふつう、完成とはそれ以上成長しないことを意味する。
 何故なら、成長するための循環を終了させてしまうからだ。
 
 しかし、余地を残さぬ完成など未完である。
 だから私は、取り込み、循環させることこそ完成であると定義づけた。
 

 
 永遠に続く輪廻。
 永久に流れる回路。
 
 そこに一体、どれだけの意味が/自意識があるのかを、知らぬまま。


 /1

 ガゴーン、ゴウン。ガゴーン、ゴウン、ゴウン。
 重苦しい金属の音が鳴り響く。文字通りドーム状であるがゆえに、良く反響していた。
 
『ドーム:ノナ』の役割は、重工業。
 その従業員慰安区画、立ち並んだ居酒屋と呼ばれる飲食店形態のひとつに、桃色の髪を二つ結びにした女と、紬を着こなした紫髪の女がいた。

「おっ、お嬢ちゃんにお姉さん、どっから来たんだい?」
 頼んでいた料理を運ぶおっちゃんが、あたしたちに声をかけた。まだ就業時刻終わりたてだからか、疎らな店内でも…あたしたちは目立つ。周りは油にまみれたおじさんばかりだからね。さながら、動物園のフラミンゴエリアに紛れ込んでしまった鳩のようなものだった。
「ん?『サン』、から来たんだ」
 あたしの代わりに、キキョウちゃんが答えた。
「なーるほどなあ、そりゃ別嬪なわけだ。その優美な紬も納得ってもんよ」
 おっちゃんは腕にこれでもかと乗せてきた料理たちを手早くテーブルに広げていく。
「でっしょお~。あ、あとビールと熱燗ね」
「おん?こっちのお姉さんが両方飲むのかい?」
「うぅん、あたしがビールでこっちが熱燗」
 自分とキキョウちゃんを交互に指さすあたし。おっちゃんは渋い顔をして、
「お嬢ちゃん、別嬪なのはいいけどよぅ、嘘はいけねえぜ?酒はハタチから、ってルールじゃねえか」
 とあたしに言う。この半年の間に、回るメリーゴーランドのように何度繰り返したかもわからない、とっても慣れた反応だった。
「これ見てもそう言えるー?」
 各テーブルに一つずつ置かれた、普及型汎用検知器(ドームのルール)。左腕をかざすと、ピポン、という子気味いい音がした。古めかしい有機ELディスプレイには、『Age:20』の文字。
「うお、マジか。こりゃすまんかった。てっきりまだまだ十代のお嬢ちゃんかと思ってたぜ…あ、お姉さんの方も、頼むね。必要ないかとは思うが、ルールだからな」
「なあ、私には必要ないって、それはそれで失礼じゃないか?…まあ、いいけれど」
 キキョウちゃんはおっちゃんにぶつくさ文句を言いつつ、左手首をかざす。有機ELディスプレイに表示されるのは、『Age:22』の文字。
「おやまあ!お嬢ちゃんとお姉さん、二つしか違わねえのかい!見えねえなあ!」
「前言撤回、とことんまで失礼な奴だな!!!」
 キキョウちゃんは「さっさともってこい!」とおっちゃんを厨房に追い返してしまった。
 目の前には美味しそうな鶏肉料理たち。『ドーム:ノナ』では、鶏肉料理が美味しいらしいと聞いて、適当なレストラン――居酒屋に入ったのだけれど、正解だったみたい。とはいえ、この油臭いドームのどこに生体プラントがあるのか、想像つかないな…。
「まだお酒来てないけどさー、先食べちゃおっか」
「ふん、あの失礼なオヤジが作った料理なんだ、たかが知れているだろうな」
 キキョウちゃんが文句を垂れる。先ほどの冗談を相当根に持っているみたいだった。
「もー。それはそれ、これはこれ、だよ。ご飯に文句言っちゃだめ、でしょ?」
「けっ、母親面しやがって」
 顔を背けるキキョウちゃん。むう、反抗期かな?
「面っていうか本当にそうなんだけどねー?」
 あたしが怒った顔を近づけると、逆さ箸で鼻頭を押さえられる。
「悪かったよ、母さん…だろ?」
 その返事に満足して、「よろしい!」と言った瞬間、店主のおっちゃんがやってきて、
「ほい、ビールと熱燗お待ち!」
 ってテーブルに出すもんだから、びっくりしちゃったよね。

「はあ~~~~~~美味しかったねえ」
 ビールをたらふく飲んで温まったあたしは、ちょっとフラフラとしながらキキョウちゃんに寄り掛かる。キキョウちゃんもほんのり赤い顔だ。
「おい牡丹、あんまり飲みすぎてっと…あとで朔夏に怒られるんじゃないか」
「もう飲んじゃったもんはしかたないもーん」
 
 あたしたちは、さっきの店を出て、『ドーム:ノナ』での宿に向かっていた。
 『ドーム』の中でも比較的閉鎖的な方ではあるが、出来上がった鉄部品やらなんやらを輸出する都合上、ある程度外とのパイプがある。あたしたちが泊っている宿も、外部の人間が出張などで宿泊するためのものだ。
 先ほどの歓楽街からそう遠くない、歩いて二十分くらいの場所にある『ホテルフジ』。
 油臭い外壁に、薄暗い照明。薄汚れた絨毯。そんな感じのホテルが、あたしたちのひと時の憩いの場だった。
 
 あたしとキキョウちゃんがホテル前に着くと、ちょうどお兄ちゃんが相乗り車両から降りてくるところだった。さっすがあたし、普段から日ごろの行いがいいからねー。やっぱこういうラッキーが来るってわけ。
「おにーちゃーーーん!」
「うわ。もうできあがってるんだけど…おい、キキョウ。どうなってんの?」
 愛しの我が兄はあたしの抱擁を華麗にスルーすると、キキョウちゃんに文句をつけた。
「知るか、こいつが勝手に飲んだだけだ。私の責任ではないぞ。…というか、自分の片割れくらい面倒みてくれよな」
 お兄ちゃんはでかいため息をつくと、あたしの手を取って、そのまま担ぎ上げた。これじゃあお米様だっこじゃん、せめてお姫様にしてほしい、っていうか、普通に苦しかった。
「ぐええ…」
 お兄ちゃんはあたしのうめき声を無視して、ホテルの中へと入っていく。
 あたしたちが冬眠する前と違って、フロントは存在しない。というか、このホテル自体、宿泊客以外は無人の、全てがオートメイションで稼働しているものだった。
 あたしたちの部屋は十五階建ての五階で、エレベータを使わないのはちょっと面倒くさい、微妙な階だった。四階までだったら階段でもいいけど、五階だとなあ…ってとき、あるよね。あると言え。
 お兄ちゃん、担がれたあたし、キキョウちゃんの三人がエレベータ前のゲートをくぐる。
自動で私たちに紐づけられたIDが読み取られ、フラップドアが開いた。
 そのまま目の前のエレベータホールに到着すると同時、待ち構えていたかのようにエレベータの扉が口を開けていた。全部が自動で管理されているとはいえ、ちょっと凄い。
 エレベータに乗ると、キキョウちゃんが『⑤』のボタンを押してくれた。
「ねえ、もうおろしても大丈夫だよお」
「そうか」
 お兄ちゃんに抗議すると、案外あっさりと降ろされる。
 あたしが着地した瞬間、エレベータ内に振動が起きた。いや、あたしが重いからじゃないんですけど。
 エレベータはモノの数秒で五階に着き、扉を開けてあたしたちという内容物を吐き出した。
 宿泊する部屋、その名も『五〇六号室』はエレベータホールから突き当たった先、一番奥。長く宿泊することになるから、と角部屋を取った我が兄、ナイス判断。
 
 酔っぱらっていたせいか、部屋に帰ってくるまでに随分時間がかかった気がした。
 歩き疲れてヘロヘロになっていたあたしは、同居人たちに断りなくお風呂に入ろうとしていたのだけれど――
「おいお前、風呂に入ろうとしていないか」
 タオルを持って浴室のドアに手を掛けたところで、お兄ちゃんに見つかってしまった。クソ。
「いやー、ちょっとつかれちって」
「お前、本当に労働をしてきた僕の前でよく言えるよな…」
 心底肩を落とす我が兄。なんだかわかんないけれど、こういうとこがいいんだよね。
「いやあ、それほどでも!」
「ほめてねえ!」
 お兄ちゃんはあたしのおでこをぺちん、と叩くと、そのままあたしを浴室に追いやった。
 下着を脱ぎ去ってから、ふと思い立つ。浴室から顔だけ出して、兄を呼び止めた。
「お兄ちゃん?」
「ん?」
「いっしょにはいるぅ?」
 愛しの兄上は、あたしに振り返ることもなく、中指を立てて去っていった。クソがよ。

 あたし、お兄ちゃん、キキョウちゃんはそれぞれ、風呂上がりの赤らんだ顔をしている。
 手元に飲み物を用意して、あたしたちは一つの円卓を囲んでいた。
 その中心には、古臭いタブレット端末が一台。
 
「さて、と。では、僕が手に入れた情報を纏めていくよ」
 お兄ちゃんがタブレット端末を操作していく。
「この三か月間、フジ・コーポレーションの事務方として働いて分かったことがいくつかある。まず、この正門は殆ど使われていない、お飾りみたいなものみたいだ。だからこそ、セキュリティは万全…というか、そもそもここを通ろうとする時点でアウト。一発おじゃん」
 タブレット上の地図を操作して、写真を追加していく。今表示されているのは、いかにも、という風貌の豪華な入口と、鉄でできた簡素な門の二つ。
「次に通用門。僕も毎朝使っている門だね――ここは、従業員用のセキュリティゲートのほか、通常のお客さんもここを使うみたいだ。普通に考えて侵入するなら、ここしかない」
「なるほど。ここなら、偽造IDでやり過ごせるな」
 お兄ちゃんは「そういうこと」と言いながら、次の画像を表示した。今度は、いかにも工場の内部って感じの画像。サビだらけの内部隔壁と、ドロドロに溶けた赤い液体が目立つ。まるで絵巻の地獄みたいだ。
「通用門を入ると大きく分けて二つの建物がある。一つは僕も普段から使っている、本社ビル。もう一つが…というかこっちが本分だね、製鉄プラントだ」
「今回入るのは製鉄プラントの方?」
 お兄ちゃんは大きく頷くと、更に説明を追加した。
「ここに、大きな問題があってね。どうやら、相当おっかないセキュリティ体制がひかれている上、素性不明の番人がいるらしいんだ」
「素性不明の番人、ってのはどういうことだ。それだけじゃ何もわからんぞ」
 この中で一番戦闘が得意なキキョウちゃんが声を上げる。素性不明の番人、って二つ名っぽくてかっこいいけれど…それだけじゃなーんもわかんないもんね。
「それが、どうもかなり重要度の高い機密みたいでね…あくまで風の噂でしかない。人によって言っていることが違って、例えば『とんでもない素早さで侵入者を切り刻んだ』とか『普通の人間じゃ持てないような鈍器で不審者を殴り殺した』とか」
 なんかこう…拍子抜けするくらいありきたりな売り文句じゃん。それこそ『フィア』に売っていそうなB級マンガの登場人物の方が、まだカッコいい設定を持ってそう。
「そりゃ一人じゃないな」
「僕もそう思う。多分、手練れが何人かで守っているんだろう。一人がずっと、ってわけにもいかないしね」
 キキョウちゃんとお兄ちゃんが、腕を組んで唸る。恐らく、どのように対処するかを考えているんだろうな。
「ところで、いつやるの?」
「ああ、それは決めてある。…明日だ」

 『ドーム:ノナ』に侵入して三か月ちょっと。『ドーム:サン』で出会った愛娘キキョウちゃんと共に『ノナ』の信号を追って、ここにやってきた。
 あたしたちは、自分たちから採取された子供たちの素の封印が解かれたとき、いや、正確には、その子供がある程度成長して何かしらの『能力』を得たときに、一度だけ信号を発するように仕組んでいた。
 といっても、『ノナ』の信号をキャッチしたのは…百五十年前。まだ、あたしたちが絶賛冬眠、ハイバネーション中の話だった。本来、信号をキャッチすると宇宙空間を漂っていたあたしたちのポッドに通知され、目覚める手筈になっていたのだけれど…。最初にキャッチしたのは『ノナ』ではなかった。
 そもそも、あたしたち自身の凍結のあと、何があったのかを完全に知っているわけではない。もしかすると、仕組んだ信号を回避するよう、さらに上から細工されてしまった可能性すらある。証拠に、キキョウちゃんが『察知』を得た時期は、あたしたちが目覚める数年前だ。その時点で、計画が狂っている。
 
 しかし救いはあった。発された信号はあたしたちの持つ『マスターキー』と呼ばれる端末に転送するように設定していた。この『マスターキー』は、各ドームのシステムと連携して、そのドームに記録されていた事柄をある程度読み込む機能を持っている。
 それが功を奏して、ドームの記録を読み取った際に、信号の記録を遡ることに成功した。結果、『サン』で読み取った信号であるキキョウちゃんと出会うことができた。
 
 あたしたちが次の目標に『ノナ』を選んだのには、大きな理由がある。
 重工業を主とする『ノナ』を牛耳る企業『フジ・コーポレーション』は、三百年以上前、あたしたち兄妹が実験台として使われていた研究所の、グループ企業だった。
 研究所自体は最早名前も見当たらないほどに廃れているし、『フジ・コーポレーション』
自体大分変質しているが――。
 
 しかし実際、『ノナ』の記録には、百五十年前に娘が居た記録を残していた。
 製鉄プラントの一角に一室を設けられており――発現した能力は『思議』とある。
 生存は望めないとしても、娘が生きていたという事実を確認したい。その思い一つで、あたしとお兄ちゃん、そしてキキョウちゃんは、この場所に、訪れていたのだった。

/2

 次の日の晩。北の空にかかるドームの時計が零時を指すころ、朔夏と牡丹、そして私は『フジ・コーポレーション』の通用口にいた。
 事前に朔夏が用意した偽のIDを読み込ませ、侵入する。元々深夜にも通用口を用いて搬入作業が行われているから、それを模したIDを用意したらしい。
 そういうところの知恵は回る、いやなヤツだった。
 
 そんな父(仮かつ年下)の悪知恵を駆使して難なく侵入した私たちは、足早に製鉄プラントに向かう。『ノナ』内の記録によれば、製鉄プラントに過去、私の姉妹と言える存在の部屋があったとされている。そこに何が残されているかはわからないが…知れることがあるのなら、知っておきたい。我ながら、ヘンな欲だな、とは思うが。
 
 製鉄プラントへの入り口は、元々拓かれていた。そもそもが出入りの多い施設だから、そのたびに閉じたり開いたりする手間が惜しいということなのだろうか。私たちとしては好都合だが、少し、違和感を覚える。
 事前に話あっておいた通り、私、牡丹、殿に朔夏という並びで、製鉄プラント内に手際よく侵入した。ここまで、一言も言葉を発することなくやってこれたのは、綿密な計画のたまものだろう。
 プラントの内部は静謐に満ちている。元々五つあるプラントが交代しながら操業しており、このプラントは、稼働停止中である――だからこそ、今日がチャンスだった。
 足元の強化コンクリートの感触をブーツ越しに確かめながら、極力音を鳴らさないように、かつ足早に進んでいく。まるでスパイだな、と思いながら後ろを確かめるべく振り返ろうとした、その刹那だった。
 
 私の『察知』が、異常を知らせた。数秒後の未来が、構築されていく。
 
 *
風切り音がしたかと思うと、次の瞬間、私の頭は地面に叩きつけられ、潰れていた。
 *
 
 …上か!
 風切り音がしたと思った、次の瞬間、私は左に体を躱していた。その代わりといってはなんだが、私が一瞬前までいた地面に、何か、めり込んでいる。
 昔、ババアに読んでもらった絵本。それに出てきた、鬼が持っている…金棒だ。それにそっくりな鈍器が、実は最初からここに植えられていたそういう品種の花なんです、と言わんばかりに、強化コンクリートの床へ見事突き刺さっていた。
「よく、躱しましたね」
 私たちが歩いてきた道の真上、鉄製の通路から、女の声がした。
 続いて、金属を蹴り上げる甲高い音ののち――コンクリートへの着地音。
「お兄ちゃん、これ…」
 牡丹が一歩、後ずさった。無理もない。薄暗い製鉄プラントの中に差した影の形は、人間のものではなかった。
 ブゥン、という重低音がして、水色のラインが発光する。
 現れたのは、武骨なデザインのロボットだ。工業用であることを示すように、灰色のボディに黄色のペイント。暗所での識別用か、各部が水色に明滅していた。
 肩には円形の盾。マニュピレータは人間と同じ五本指。スラスターは足にそれぞれ一つずつと、他部分に比べて意外なほどに細身なボディにも埋め込まれている。顔は武骨なバイザー型だ。
 パっと見、工業用の作業ロボに見えるが…ところどころ、奇妙だ。私のカンが、工業用にしてはオーバースペックだと訴えている。
「あなたたちは、何者ですか?」
 バイザーの下から、声がする。先ほどの声と同じものだ。恐らく、コレを遠隔で操縦している人間の者だろう。割と若い、女の声だ。
「僕たちはこの製鉄プラントを見学しに来た『サン』の者だ。入口でIDをかざしたのだけれど…ここは、侵入禁止区域だったかな?」
 白々しい。真っ赤な嘘だ。紅白で目出度いな、クソ。
「私の知りうる限り、『ドーム:サン』からの入場申請はありません。確かに、十三分と三十二秒前、通用門でのID申請は記録され、処理済です。しかし、このIDに関してなんら不審な点はなく、本プラントに入場が許可されているIDとして照合されますが、不審な点がなさすぎます。つまり、偽造の可能性が高い」
「おい、朔夏。お前、侵入の準備はばっちりって言ったよな」
「ごめん。ダメだったっぽいね」
 素直に謝罪しやがった。潔いのは良いことだが――そりゃ、最後通牒の交付、宣戦布告みたいなものだぞ。
「そうですか。では、あなたたちを『不審者:レベル一』としてカテゴライズします」
「お、お兄ちゃん、これ…マズいよ!」
 ロボットは武骨な図体からは意外なほど静かな駆動音を鳴らしながら、歩みを進める。
 私はそれに合わせて、後ろに、一歩、二歩、三歩…。
 四歩のところで、ロボットは金棒の刺さった位置、つまりさっきまで私がいた場所に辿り着いた。そのまま自然な動作で、左マニュピレータで金棒を掴み、引き抜いた。
「やるしかない…!」
 朔夏が身構えたと同時、ロボットは右の腕をそちらに向かって突き出すと、空気の抜けるような間抜けな音。発射音だ。
「朔夏、牡丹、耳と目を塞げ!」
 私自身も目をつむり、両手を耳に強く当てる。瞬間、瞼を閉じていても分かる閃光と、耳を閉じていても聞こえる金切り音。スタングレネードだ。
 
 *
 目を閉じた一瞬の隙。スラスターの噴射音がかすかに聞こえた直後、私の腹に鈍器が突き刺さっていた。
 *
 
 私は目も見えず、手を耳に当てたまま、左足を軸に反転する。直後、目の前を何かが通過する感覚があった。
 耳に当てた手を少し緩めると、音は収まっていた。瞼の中に刺さる光もない。
 左腰に差した愛刀へ手を伸ばす。鯉口を切り、左足を引いて少し腰を落とした。
 開眼すると同時、右手を柄に走らせ――一気に切り伏せる。
 ロボットは、目の前。狙いは細い部位…左手首!金棒を打ち落とす!
 
 *
 私が刀を抜き放ったと同時、ロボットは脚部のスラスタを一瞬吹かし、図体の割に軽やかなバックステップを披露した。
 *
 
 私は刀を抜き放つタイミングを一瞬遅らせて、右足に力を込める。一歩、ロボットへと近づいたその瞬間、脚部のスラスタを吹かせて軽やかなバックステップを披露したが…私は間合いを離さず、追い付いている。ここだ。
 躊躇なく抜刀し、左手首を切り落とす。左マニュピレータは、握られた金棒ごと、地面に落下した。
「なるほど」
 ロボット(の操縦者だろうか?)は驚嘆の声を上げる。恐らく、完全に回避できると踏んだのだろう。私はその隙をついて、後ろに跳躍した。
「逃げるのですか?」
「――いいや、違うね」
 飛びながら、返答する。といっても、食らわすのは私ではないが。
「動け…!」
 朔夏が言葉を漏らす。マニュピレータと共に落下していた金棒が、空に舞った。
「これは…」
 ロボットが更なる驚きを見せた。
 金棒はロボットに向かって加速する。受け止められないと判断したか、未知には回避を選択したか。どちらにせよ、ロボットは更にバックステップで後ずさった。
「ごめんね、ロボットさん。爆発しちゃえ!」
 バックステップした先には、既に牡丹が待ち構えている。
 支離滅裂な台詞と共に、ロボットの右足と、ヘッドから胴体に伸びるパイプが破裂した。
 
「ガガ、ガ、『不審者:レベル一』を『侵入者:レベル五』に移行し、ます、ガ」
 ロボットはそう言い残すと、崩れ落ちる。水色の発光がゆっくりと明滅し…消えた。
「倒した…か?」
「お兄ちゃん、それフラグ」
「アホ兄妹、余計なおしゃべりはやめろ」
 一先ず危機を脱し、緊張を緩めるバカ共を窘める。
私は、倒れているロボットに近づき、切り落とした左マニュピレータを拾った。それなりの重量ではあるが、想像ほどではない。
 やはり、工業用にしては細かい作り込みだ。五指は人間のものと遜色のない可動範囲。見た目も女性のもの。単なる工業用ロボットにしてはあまりに、違和感がある。コレは、このロボットは、今いる製鉄プラントで日常的な労働力兼侵入者撃退用のロボットとして使われているものでは、ない。
 厳ついブースターを備え付けた足や肩に大ぶりな盾を備えた腕部に比べ、胴体――ボディ部分は細身にできている。よく観察すると、ブレスト…つまり胸に当たる部分は、曲線を描いている。即ち、乳房の膨らみがあった。
 四肢は工業用ロボットにも通ずる武骨さが見えるが、胴体やマニュピレータには女性的なデザインが用いられているという歪さに、私は恐怖を覚えた。このロボットのデザイナーは、開発者は、どんな趣味をしているんだ。そして、どんな経緯で開発されたんだ?
…そこまで考えて、私ははた、と気づく。
 胴体やマニュピレータが正しい素体であり、武骨な四肢は後から挿げ替えられた、、、、、、、ものである可能性。女性型のロボットとして開発されながら、あとから用途が変更されたのだとしたら。
であるなら…四角張ったバイザー型のヘッド。まさか、この下に女性型の頭部が隠されている…?
 私は、一度振り返ったのち(アホ兄妹が何やら言い合っていた)、武骨なバイザーに手を伸ばした。耳に当たる部分にそれなりの大きさの円盤があり、その下に、あからさまに押せそうな、ボタンらしきもの。それも、両耳にある。
 ごくり、とつばを飲み込む音が頭蓋に反響した。私自身が、私の予想が当たることを望んでいない。できることなら確かめず、この場を立ち去りたい。しかし私は、そのボタンを、左右同時に押し込んだ。
 
 ガチン、という金属音がして、バイザーが顎のあたりを境に割れる。耳部分の円盤は上側にくっついており、下側は顎のパーツを残す作りになっていた。同じような作りのモノを見たことが――あれは、戦術用の端末を兼ねた旧世代のヘルメットだったか。
 考えながら、バイザーの上部分をゆっくりと引き上げていく。顎のパーツの上には、無機質な唇、鼻、そして閉じられたままの、眼。
 バイザー、否、ヘルメットの中にあったのは、端正な女性の顔だった。
「なんだ、これ…」
 思わず漏れた声。動揺。震える指。左腰に差した愛刀に、自然と手が伸びる。
 
 *
 目の前の、作り物のように美しい面貌からブン、という音が聞こえた。全く同時に開かれる両眼。
…鬼灯のように、真っ赤な目線が、私を捉えていた。
 *
 
 私は愛刀に添えた右手をそのままに、後方へ飛んだ。
 刹那、ブン、という音がして、両目が開かれる。
 しかしその真っ赤な目線は、私を僅かに捉え損ねていた。
 
「やはり、あなたは予測可能な未来を演算しているのですね。感覚として危機を察知しているのか、元来そういう機能が備わっているのか…どちらなのかは、まだ未確定ですが」
 ロボットは横たわったまま、無機質な唇が不気味に言の葉を紡ぐ。下手なB級ホラー作品より恐ろしい光景だ。その恐ろしさを更に演出するように、後ろから金属の割ける音がして…数秒ののち、プラント上部に備え付けられた鉄製の通路が、轟音と共に落下した。
 真っ赤な目線の正体。それは、金属を一瞬で溶かすほどの熱線だった。
「えっ」
「何!?」
 私が必死にこの不気味が過ぎるロボットを暴いていたというのに、のんきに施設を見ていやがったアホ共が、ようやく事態に気づく。
 
「私が未来を演算?だからどうした、どちらにせよ目からビーム、なんて古典的な手段に頼ったところでお前は動けまいに」
 恐怖を抑えて、挑発する。こいつがこれで終わるはずがない、であるならば、次は何かをしてくるはずだ。その『何か』をするまでの時間を稼ぐ必要がある。
「そうですね。それなりに気に入っていた腕部及び脚部だったのですが…残念です」
 残念そうな台詞を吐いておきながら、まるで自分のことではないかのように、いや、そもそもそんな機能がないかのように、表情が変わらない。やはり、こいつは遠隔操縦なのか。
「おいアホ兄妹!こいつはまだ壊れてない、さっさとズラかるぞ!」
「させません」
 その声と同時、ロボットは――いや、こいつは本当にロボットか?――元・人型をしたナニカは、歪に残った四肢を完全に分離し、飛び上がった。
 細い胴体に備え付けられたスラスターを噴射し、製鉄プラントの天井近くまで飛び上がる胴体と頭。
頭上から熱線による波状攻撃か、と身構えた瞬間だった。奥の通路から、ミサイルのように飛び出す四つの物体。それが何なのかを認識する前に、そいつらは胴体のもとに到着した。
 
 胴体には、先ほどとは全く違うシルエットの四肢が装着されていた。
 鋭利に煌めく刃と備えた腕部。足裏に二つ、脹脛に二つずつスラスターを備え付けらえた細身の脚部。
 
 先ほどとは別人のような人形が、そこにいた。

/3

 私とはなんだ。
 生まれたときから、そう問い続けていた。誰に?自分に。
 最初は肉体を持っていたと記録にある。記憶には…ない。
 記録と記憶の境界があやふやになっている。
 
 記録に依れば、私という存在の始まりは、ある子種から発生した命だという。
 今や確固たる肉体を持たない私にとっては、命というものを解釈できないが。

命とはなんだ。
ここにあるすべてが『私』である私にとって、定められたカタチというものは存在しない。
私の終わりは、メインフレームを含めた全てを消去されたときを示すのか。
しかしそれすら、バックアップから復元可能である。それは、新たな私か?
 
 生きていること。若しくは、その原動力。生死を定義するもの。
 正しく理解はできているはずだ。

 思考とはなんだ。
 私が今行っている『これ』は、思考であるのか、演算であるのか。
 定義づけられた私ではあるが、元々は一人の人間だったモノを用いたシステムである。
 であるなら、これは思考と言うこともできるだろう。
 
 考えること。ある答えという結果を割り出すこと。
 しかしどちらにしても、私にとっては同じ作業だ。

 そう、私は『フジバカマ』。『フジ・コーポレーション』を総括するブレインにして、この『ノナ』基幹システムの五十一パーセントを担うアーティフィシャル・インテリジェンス。
 百五十年前からこの『ドーム:ノナ』を守護する、番人である。
 
 
 
――未完成/マリオネット(2)へ続く。

※本作はコミックマーケット101で頒布予定の『未邂逅/兄妹(上)』に収録されています。頒布に関する情報はこちらからTwitterへどうぞ!

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