小説 介護士・柴田涼の日常 123 五回目のワクチン接種、豪華な献花を手渡す間宮さん

 翌日はお休み。よく眠った。そして今日はコロナワクチンの五回目の接種を受けに行く。近場の接種会場は駐車場がないところだったので、少し遠くのショッピングモール内の会場を予約していた。初めて行くところは少し緊張する。車の運転にも慣れてきたところで、行動範囲が広がるのは嬉しい。部屋の掃除をして洗濯した部屋のカーテンを干してから出発する。今朝は晴れていたが湿度が高く、午後からは雨が降るようだ。ショッピングモールには三十分程で到着した。立体駐車場は少し狭く寂れていた。モール内に入ると、いつも行く系列のカットサロンがあった。ちょうど髪を切りたいと思っていたところだったので、受付で名前を書いてから、ワクチン接種会場に向かう。ワクチンは無事に打ち終わる。その後、カットサロンの中で少し待つと順番が回ってきた。六時間待ちだと言われたが、皆外出していて戻って来なければすぐにできると言われていた。タイミングが良かった。僕のカットは五分程あれば終わってしまうが、今日の担当の人は十分くらいかけて丁寧に切ってくれた。僕は最後に感謝の言葉を伝えた。とても喜んでくれた。お腹が空いたので、モール内の食事処をぶらりと歩いてみたがいまひとつ乗り気がしない。間宮さんから連絡があった、平岡さんのお母様へのお花代のことも頭をよぎっていたのかもしれない。食品が安価なスーパーはレジ待ちの行列ができていたので、通りかかったベーカリーでメロンパンときなこの揚げパンを買って帰ることにする。

 帰ると、お昼を食べてから、洗っていたカーテンを吊るし、昼寝をする。疲れていた。起きると注射を打ったほうの腕が少し痛い。しかしそのほかは大丈夫みたいだ。目が覚めるとすでに夕闇が迫っていて、雨が降っていた。

 翌日は遅番。昨夜は遅くに昼寝をしてしまったのでなかなか寝付けなかったが、それを利用して十一月の食レクをいろいろ考えていた。十一月の行事担当は僕に割り当てられていた。当日の一週間前までにユニットリーダーの平岡さんに提出しなければならないので、もうそろそろ企画書を書かないといけない時期だった。平岡さんは忌引でしばらく休んでしまうため、今日のうちに書いてハンコをもらっておかないと間に合わなくなってしまうかもしれない。このところみんないろいろバタバタしているため簡単にできるものを探したところ、ウインナーにパイ生地を巻いてトーストで焼くだけのウインナーパイがいいと思った。ご利用者にはパイ生地をウインナーに巻いてもらって、その上に卵黄を塗るお手伝いをしてもらう。キザミ食のご利用者の分は細かく刻んで提供する。さいわいペースト食のご利用者はいなくなったので、その心配をする必要はなさそうだ。

 この日から、トキタさんはペースト食から極キザミのトロミがけの食事形態に、センリさんはペースト食からキザミのトロミがけの食事形態にそれぞれアップしていた。トキタさんは口の中に食べ物を溜め込むことなくしっかりと飲み込めていた。センリさんは食べ方を忘れることなく、しっかりと咀嚼して食べることができていた。

 早番の平岡さんは、午前中に五人のお風呂介助をした。平岡さんはなんでも手早くやってしまう。もう少し他の人に仕事を振ってくれてもいいのだが、自分で抱えすぎるきらいがある。僕は午後からヤスダさんとヨシダさんのお風呂介助をした。

 お風呂介助を終えておやつ後のトイレ誘導をしていると、夜勤明けの間宮さんがお供え用の豪華な献花を抱えてユニットにやって来た。行動が素早い。なんでも、花屋が葬儀場に問い合わせたところ、持ち込みの献花はできないと断られたため、直接平岡さんに手渡すことにしたそうだ。平岡さんの母親はカラフルな色が好きだったようなので白や緑だけでなく、ピンクや赤、紫など彩り豊かに飾られていた。平岡さんはとても喜ばれていた。僕はその献花を台車に乗せて平岡さんの車まで運ぶお手伝いをした。コロナ禍ということもあり、今の葬儀は一日だけで終わってしまうそうだ。僕は葬儀に参列しようかと思っていたが、シフトの都合で参加できそうにない。そのことを伝えると平岡さんはとても喜んでくれた。こういうときに来てくれるととても嬉しく有難いと思った経験があったので、僕はできることなら参加したかったが、それも叶わないので、陰ながらご冥福をお祈りすることにした。帰ってから父親に献花を見せると、「お母さんは幸せ者だな」と言ってくれたそうだ。

 休憩時間中に議事録の続きを書いてしまおうと思って遅めの昼食を食べたあとスタッフルームに行くと、Fユニットの郡司さんがパソコンを使ってケースの入力をしていた。他のユニットにはパソコンが二台あるというのに、ここには一台しかない。どうやらFユニットのリーダー青山さんが壊したらしい。その後このユニットに新しいパソコンが設置される気配はない。結局、ご利用者の臥床介助を済ませてから都合三十分くらいの時間で、なんとか栄養委員会のほうの議事録は終わったが、褥瘡発生予防委員会のほうの議事録はこれからだ。夜勤中にパソコンに向かって作業するのは嫌なので、家に持ち帰って書くことにする。

 僕がパソコンに向かっていると、夜勤者の田代さんがスタッフルームに入ってきた。

「寒いね。今日、ほんっとに来たくなかった」

「この時間から来るっていうのが嫌ですよね。十六時間夜勤ならそんなことなかったですか?」

「うん。次の日が休みだと思うと頑張れたね。でも、〇時が折り返しなんだけど、そこまででへばっちゃうとそのあとがキツイよね」

「翌朝の十時までですもんね」

「ヘタすると十二時とかになるときもあったけどね」

「それは大変でしたね。あっ、平岡さんのお母さん、亡くなったみたいですよ」

「知ってる」

「今日、間宮さんが豪華な献花を持ってきてくれました」

「そうだってね。うちは何しよっかって考えてるとこ」

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