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「カーブアウトM&Aの法務」あとがきのあとがき

はじめに

本日2022年12月20日(火)、柴田・鈴木・中田法律事務所の同僚である中田裕人弁護士との共著「カーブアウトM&Aの法務」が刊行されました。

本書のみどころは「はしがき」で、伝えたかったことの要点は「あとがきに代えたエピローグ」で、それぞれだいたい書き尽くしたと思っているのですが、ここでは「あとがきのあとがき」として、必ずしも本書本体では書けなかった補足説明(釈明?)を試みたいと思います。

では、まず下記の本書はしがきをご覧下さい。本書で伝えたかったカーブアウトM&Aの難しさ、そしてその正体はスタンドアロンイシューと呼ばれるものであること、ストーリーパートを設けた意味などのみどころについてまとめています。

ストーリーパートについて

本書はストーリーパートと解説パートの2部構成となっています。ストーリーパートの一部である最終契約書サンプル(売主側ファーストドラフト、買主側ファーストコメント、最終合意版の3バージョン。)を含め約430頁の結構なボリュームになってしまいましたが、解説パートは地味な論点も淡々と書いているところもあったりするので、まずはストーリーパートだけでも良んでいただけると嬉しいです。

ストーリーパートは、日本の伝統的大企業であるメーカー「サンクチュアリ工業」が、祖業かつ花形だったが今では業績不振に悩む「ダイナスティ事業」を、ディールブレイクになりかけるなどの紆余曲折を経て、ほぼ対極のような存在である新興の大手IT企業「ブレイブ・ホールディングス」に売却するというお話になります(もちろん完全な架空事例です)。

こんな大変そうな事例あるわけない、というくらいカーブアウトM&Aという取引類型の難しさ全部入りのようなエピソードや論点を盛り込んでみたつもりです。ストーリーを創るのは初めての体験で、前後の整合性をとることを含めてかなり難しかったですが楽しい作業ではありました。

なお、本書1頁でも触れましたが、対象となる事業についてはBtoBのメーカーであることを超えて業界の特定をあえてせずに「ダイナスティ事業」と抽象的な書き方をしています。これは業界特性が問題にならないようにする配慮です。

登場人物について①(弁護士以外編)

登場人物・団体の名前の由来は本書登場人物欄(XI頁)でも簡単に注記しましたが、種明かし(?)すると以下のような感じです。

売主側:

売主側の登場人物は基本的に「売主」、「Seller」又はその頭文字の「S」に由来していますが、一部例外もあります。

  • サンクチュアリ工業:「Seller」の頭文字「S」から

  • 瓜生(うりゅう)社長:「売主」から

  • 経営企画部担当者世良(せら)氏:「Seller」から

  • 丹東(たんとう)副社長:売却対象事業の担当役員であることから

  • 外山(とやま)社外取締役:社「外」取締役であることから

  • 法務担当者宝田(ほうだ)氏:「法」から

  • 開発担当者紀伊(きい)氏:キーパーソンの「Key」から

  • 芽院(めいん)社外監査役:メインバンク出身であることから

  • 工場敷地の大地主である嵐堂(らんどう)商事:Landlordから

買主側:

  • ブレイブ・ホールディングス:「Buyer」の頭文字「B」から。ちなみに優先交渉権を取れなかった他の買主候補者である中国企業「ベイサンズ電子」とPEファンド「バッカス・キャピタル」も同様。

  • 海原(かいばら)CEO:「買主」から

  • CEO室室長梅谷(ばいや)氏:「Buyer」から

売却対象事業である「ダイナスティ事業」は、わかりにくいのですが経済産業省「事業再編実務指針」の4象限フレームワークのうち、「低成長・低収益の旧来事業」に位置づけられる「D象限」から頭文字を取りました。これはわからないと思います(笑)。

経済産業省「事業再編実務指針」53頁より

最重要ステークホルダーである超巨大企業である大口顧客「トラディショナル産業」と、大株主アクティビストファンドの「オーロラ・パートナーズ」の2社はなんとなくそれっぽい名前にしただけで由来は特にありません(笑)。

登場人物について②(弁護士編)

登場人物の弁護士たちについては本書ストーリーパートの狙いの一つである「M&A実務の面白さを伝えたい」という観点から色々なやりとりを書き込んでいるのですが、名前の由来とキャラクターとしてはだいたいこんなイメージで作っています。

売主側リーガルカウンセル:

  • 蓬莱(ほうらい)綜合法律事務所:「法」から

  • シニアパートナー海老川(えびがわ)弁護士:「AB型」から。ベテラン(男性)。

  • ジュニアパートナー大山(おおやま)弁護士:「O型」から。やさしい先輩(男性)。

  • シニアアソシエイト美留町(びるまち)弁護士:「B型」から。クールな性格(女性)。

  • ジュニアアソシエイト栄倉(えいくら)弁護士:「A型」から。まじめな性格(男性)。

買主側リーガルカウンセル:

  • 楼山(ろうやま)総合法律事務所:「Law」から

  • シニアパートナー神津島(こうづしま)弁護士:「甲」から。ベテラン(女性)。

  • ジュニアパートナー音羽(おとわ)弁護士:「乙」から。やさしい先輩(女性)。

  • シニアアソシエイト平家(へいけ)弁護士:「丙」から。元気な性格(男性)。

  • ジュニアアソシエイト勅使河原(てしがわら)弁護士:「丁」から。元気な性格(女性)。

本書ストーリーパートは主として売主側を中心として進むので、買主側登場人物が空気にならないようキャラクターのコントラストを意識しました。一方で売主側の海老川弁護士はもともと弁護士側のメインキャラクターの位置づけで、当初は「ふだんはいい加減だけど肝心なところで前に出てくる大先生」というキャラクター設定にしようと思っていたのですが、紙幅の関係上、「あの大先生、またいなくなっちゃったよ、困ったな…」みたいなやりとりを削っていったら割とフツーのおじさんになってしまいました(苦笑)。

ちなみに、想定している取引の規模感からすると、実際の実務では役割分担上もっと多くの弁護士が関与することも当然あり得るわけですが、ストーリーをなるべくシンプルにするため人数は各事務所4名に抑えました。第7章「付随契約」でコーポレートのパートナーがライセンス契約交渉を担当しているのもその現れです(普通はIPのパートナーも関与することが多いと思います)。もっというと、多くのM&Aではフィナンシャル・アドバイザー(FA)がリテインされて活躍するわけですが、法務の本なのでFAは一応登場するものの具体的なキャラクターややりとりまでは描きませんでした。これは私にはFAの活躍を描けるだけの知見がないということも大きかったですね。

(余談ですが、「エピローグ」にて、クロージングパーティでこれまで相対立していた弁護士が仲良く会話している場面があります。クロージング後とはいえ、依頼者の面前で相手方弁護士と仲良くするのは見え方としていかがなものか、という問題意識もありうるところですが、便宜上の舞台としてクロージングパーティを選んだだけなので、この点はご容赦いただければと思います。)

紙幅の都合上割愛したもの

本書、あまりにも風呂敷を広げ過ぎてしまった結果、想定外に紙幅を圧迫してしまい、特にストーリーパートではいくつかボツにした論点や場面があります。

  1. プロジェクト全体のスケジュール表

  2. 買主ブレイブ・ホールディングスの意向によりクロージング後も売主サンクチュアリ工業にマイノリティ持分(5~10%程度)を継続保有させる(解説パート301頁に記載の論点)

  3. 買主ブレイブホールディングスと買主カウンセル音羽弁護士による対象事業大口顧客であるトラディショナル産業との間の合弁会社「TS開発」の合弁契約交渉(369頁参照)

  4. 事務所内部での弁護士間のありそうな仕事上のやりとり

  5. 巻末最終契約サンプル3バージョンの合意済みの部分(合意済みの箇所を重ねて掲載していないので前のバージョンに戻って確認してもらう構成になっています。)

  6. 売主のもとで研究開発がうまく行かなかった新規事業の研究開発担当者による独立及び投資家からの資金調達(スタートアップのカーブアウト)

上記のうち、2と3などは想定事例を考えてみると弁護士的にはなかなか面白い事例になりそうだとは思っていたのですが、カーブアウトM&Aという観点からすると論点として拾い出すには遠いと判断して泣く泣く捨てました。また機会があれば再検討ということにしたいと思います。6の新規事業の担当者による独立という意味でのカーブアウトは、どちらかというと前著「中小企業買収の法務」の話題ではあるので、改訂の機会があればそちらにまわすつもりです。

第1章「カーブアウトM&Aとコーポレートガバナンス」について

第1章は経済産業省「事業再編実務指針」(2020年)へのコメントを中心として、事業ポートフォリオ戦略というコーポレートガバナンスの問題について触れたものです。ストーリーパートでも、対象事業であるダイナスティ事業をそもそも売るかどうか売主社内で検討することからはじめています。正直、第1章は事業再編実務指針に依拠した記述だけで良いのか、コーポレートファイナンスの知見がない弁護士がこのような問題に手を出して良いのかなど、かなり悩みました。最近色々と思うところがあり、経営戦略論の基礎をスクールに通うなどして学びはじめましたが、特に事業再編実務指針で紹介されている「4象限フレームワーク」のような経営学上のフレームワークについては、活用上の問題点など様々な議論があるところであり(例えば松田千恵子・ 神崎清志「事業ポートフォリオマネジメント入門―資本コスト経営の理論と実践」においてもこのフレームワークについてコメントされています。)、安易に使えるものではないことを再認識しているところです。とはいえ、カーブアウトM&Aの検討・実現は、「事業ポートフォリオの見直し」というコーポレートガバナンス上の一丁目一番地ともいえる重要論点の発現であって、本書で最も伝えたかったことの一つであり、まずは本書を出してみて、今後の議論の発展を待ちたいと思います。

松中先生に巻頭言を書いていただきました!!

名古屋大学の松中学先生は某コミッティにてご一緒させていただくなど、私も大変お世話になっている商法学者の先生ですが、今回の新著では巻頭言を書いていただきました。この巻頭言は一番最初にぜひ読んでいただきたいですね。裁判例や公開買付けなどの開示される上場会社案件と異なり、カーブアウトM&Aのような事業買収や非公開会社の案件は研究者の先生方の研究対象とするにはあまりにも情報が少なすぎます。他方で、M&Aの弁護士が長い時間をかけて関与するのはこの取引類型であり、様々な問題点があるため、商法学者の先生方がどのように考えるのか、聞いてみたいと思っていました。松中先生には前著「中小企業買収の法務」の際にも著者の私ではとても気づかなかった、中小企業M&Aの本質を鋭く突くような書評を書いていただいたのですが(旬刊経理情報1526号55頁)、今回のテーマであるカーブアウトM&Aについても先生がどのようにお考えになるのか、ぜひご意見、ご感想をお聞きしてみたかったため、お願いしたものです。なるほど研究者の先生はこのように考えるのか!とつい読み返したくなる巻頭言であり、図々しくもお願いして本当に良かったと思っています。

最後に

前著「中小企業買収の法務」が刊行されたのが2018年9月で、その後すぐに本書の企画が立ち上がったのですが、刊行に至るまでに4年もの歳月がかかってしまいました。2020年の上半期にMARR Onlineで本書のベースとなる記事「カーブアウトM&A の実務と課題」を連載(計6回)させてもらい、このまま一気に進めてしまおうと試みたものの、結局その後も執筆は遅々として進まず、実質的に執筆を再開させたのが2021年6月で、そこから初稿の脱稿までに1年近くかかりました。前著も改訂できる機会があれば良いなと常々思っているのですが、その機会がもし来たらもう少し早いペースで進めたいものです。

実務家が執筆することの動機についてはマーケティング目的など様々なものがあるところですが、個人的には、ものを書くことによって、たとえて言えばクライアントワークで得た経験・知見という「点」を他の「点」とつなぎあわせて「線」にして、さらに「面」にしていくという「頭の整理」が最大の効用だと思っています。自明だと思っていた事象を考え直すことができますし、新たな発見も少なくありません。本書もM&A実務全般ではなくカーブアウトM&A固有の論点だけを触れていますが、それでも通しで書いてみると地味な論点も含め色々な問題点があることにあらためて気づき、それで書くことが増えてしまったという経緯でした。前著でもそうでしたが、これは必ず次の案件が来たときに活きるものと思っています。

最後になりますが、M&Aと企業法務の関係者の皆様におかれましては、本書をぜひ手に取って頂けると嬉しく思います。最後までお読み頂きありがとうございました。

追記:
リクルーターの西田章先生よりキャリアプラン、リクルートの視点での感想文を頂戴しました。もともと若手の方にこの仕事のやりがいを伝えたいという動機もあってストーリーパートを付けてみたのですが、裁判官と比較してディールロイヤーという進路はどうか、という進路選択に関するコメントをいただけるとは正直思ってもみなかったので、とても嬉しいです。

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