輝けテングザル
意外に困るのが、趣味を聞かれたり書かされたりすることだ。
困る理由は、私の趣味が読書だからだ。
悲しいほどありきたりだし、なんだか適当に答えているような印象も与える。
履歴書を見たとき、「趣味」の欄に「読書」とだけ書いてある人は
残念ながらインパクトが強いとはいえない。
私が人事部長だったら「普通すぎる人」「やる気のない人」と分類して、
書類審査の段階で落としてしまうかもしれない。
そのため、趣味を尋ねられたときには
できるだけ読書以外のことを答えるようにしている。
ベランダで鉢植えを育てるのが好きです。
簡単なおつまみをつくるのが好きです。
……残念ながら、こちらも個性的とはいえない。
なぜ私にはもっとこう、ガツンと足跡を残せるような趣味や特技がないのか。
私の周りには
「茶道を長く続けています」
「マニュアルのスポーツカーを運転するのが得意です」
「ジャズが好きで、仲間とライブをやってます」
「合気道2段です」
なんて人もいるのに。
なぜ私は読書なのか。
ベランダ園芸とおつまみづくりなのか。
自分のせいとはいえ、無念でならない。
でも、こんな私が輝いた瞬間がたしかにあった。
もう10年以上前、仕事でボルネオに行ったときのことだ。
旅の3日め、私たちはボートで川を下っていた。
旅の目的は日本企業が協力している自然保護活動について知ることで、
川の両岸に広がるジャングルには、ゾウやらテングザルやらサイチョウやら
珍しい動物がいろいろ住んでいる。
というわけで、私たちは動物の姿を求めて船の上から目を凝らしていた。
あ、なんか動いた。
私が指さした木の上には、テングザルがいた。
あれ? あっちにも?
私が別の方向を指さすと、そこには子どもを抱いたサルがいた。
「シバ田さん、すごい。なんでわかるの?」
同行者たちの私を見る目が、まぶしそうなものにかわった気がした。
その後も私は、ハイペースでサルを発見し続けた。
私は、子どもの頃から強い近眼だ。
パスされたバスケットボールを受け取りそこねて指を骨折したり、
飛んできたカナブンと衝突したりした経験から推測すると
動体視力も、たいしてよいわけではないだろう。
でもなぜか、サルの発見には抜群の能力を発揮したのだ。
ボルネオでボートに乗っていた数時間は、私の人生のピークだった。
つまり私の特技は、「ジャングルでサルを見つけること」なのだ。
はっきりいって、かなり個性的だ。
が、残念ながら履歴書に書いたり初対面の人に話したりするのは、いかがなものか。
私が人事部長だったら、
履歴書の「趣味」の欄に「サルを見つけること」と
書いてくるような応募者は
「常識がない人」「やや頭が悪そうな人」と分類して、
書類審査の段階で落とすだろう。
お見合いの席の「ご趣味は?」という問いに
「ジャングルでのサル探しです」と返すような人は、
おそらく「ご縁がなかったようで……」という電話を受けることになるはずだ。
ボルネオで開花した私の能力は、
就職やお見合いを助けてくれるようなものではない。
はっきりいって、どうでもいい力だ。
でも、サルを見つけることで周囲を感嘆させた体験は、
自分で思う以上に私の自意識を刺激するものだったようだ。
帰国した私は、空港から「成田エクスプレス」に乗った。
ペットボトルのお茶を飲みながら、
私は窓の外に広がる畑や山をぼんやりと眺めた。
じっと眺めた。
よーく眺めた。
そこで、我にかえった。
そうだ。人生最良のときはもう終わったのだ。
注目され、ほめられる快感はもう得られないのだ。
ここは、千葉県だ。
千葉県にテングザルはいない。
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