00パンダ

マッチョ侍

最近の教科書では、江戸時代の「士農工商」を
身分制度と定義していないらしい。
でも現在の日本にも、明確な身分制度が存在する世界がある。
それは、スポーツジムだ。
頂点に君臨するのは、太もものような腕をもつマッチョマン。
続いて、ホットヨガやらサーキットトレーニングやら、
最新のトレーニング法で自分磨きをするおしゃれ男女。
その下に、やせ目的のぽっちゃりさん。
最下層に位置するのが、私も属する生活習慣病を予防したい中高年だ。
マッチョマンは基本的に、同じ身分の者としか交わらない。
ダンベルやバーベル、その他何やらごつい器具であふれた
鏡貼りの専用スペースでトレーニングを行うからだ。
たまに漏れるウーとかハーとかいう声は、私たち下々の者を驚かせ、
ときに怯えさせる。
同時に、そこがマッチョマンのテリトリーであり、選ばれた人間以外は
足を踏み入れてはいけないのだ、ということも教えてくれる。
こうした住み分けによって、私たちは平和に共存しているのだ。
いや、いたのだ。
平日のすいたジムで、私はゆるゆると腹斜筋をひねっていた。
イヤフォンから80’sミュージックが大音量で流れ込んでくるため、
周りの音は聞こえない。
が、突然、背後にただならぬ気配を感じた。
濃密な空気が、じんわりと私を圧迫してくる。
体を左へひねりきったところでさらに首を回してみると、
圧迫感の発生源が判明した。
私の後ろのマシンに、マッチョマンが座っていたのだ。
私たちのスペースにいるマッチョマンは、明らかに異質だった。
砂漠に咲くバラ、ペットショップのジャイアントパンダ、
いや、しまむらで買いものをするアンジェリーナ・ジョリーのように。
なぜ、あなたのようなお方がこんなところにいるのですか。
ここにあるマシンは、あなた様を満足させられるものではございません。
マッチョマンがひとり紛れ込んできただけで、
中高年たちはソワソワ、オロオロしている。
その姿は、粗相があったら切り捨てられるのではないか、と怯える
「農・工・商」そのものだ。
マッチョマンは、ほんの2~3分で立ち去った。
彼の行動は、明らかなマウンティングだ。
タンクトップの襟ぐりからはみ出す大胸筋を見せつけ、
おもしろ半分に私たちを平伏させたのだ。
今ごろは専用スペースに戻り、よい気分でバーベルを上げたり
ワイヤーを引っ張ったりしているだろう。
でも、彼は気づいていない。
今日の行動によって、生活習慣病予備群の中高年全員を
敵に回してしまったことを。
侍にも大名から足軽までさまざまな地位があったように、
マッチョマンの世界にも、さらに細分化された身分があるだろう。
そして、おそらくそれは、筋肉量で決まっているはずだ。
つまり、私たちだって筋肉さえつければマッチョマンの世界に入り、
そこで上りつめていくことも可能なのだ。
仮に、中高年のだれかがマッチョマンの世界で大出世したら。
そのとき、今日マウンティングしてきた彼は地獄を見ることになるだろう。
覚悟しておけ。
首を洗って待っていろ。
いつかだれかが、きっと、彼をこらしめてくれるはずだ。
ただし、その場にいた中高年の全員が、
はっきり知っていたことがひとつある。
その「だれか」は、自分ではない。


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