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迷子のマン

知らない土地で道を尋ねやすいのは、見た目に威圧感がなく、さらに服装がややダサめな人らしい。
マッチョマンでもファッショニスタでもない私は、まさにそのタイプだ。
そして、実際によく道を聞かれる。
私に頼ってくる人のほとんどが、高齢者または外国人だ。

外国人はほぼ全員、英語で話しかけてくる。
そのくせ彼らは、私の英語の説明を素直に受け入れようとしない。
困った顔をしたり、別の人に聞き直したりするのだ。
チッ、理解力のないヤツらめ。
……と思って生きてきたが、ほんのわずかながら、自分の英語に問題がある可能性もなくはないのではないかとうっすら感じることもないと言えばウソになる。

信号待ちをしている私の隣で、立ち止まった人がいた。
左手にもったスマホを見ては顔を上げ、キョロキョロしている。
この動き、見覚えがある。
間違いない。
彼は道に迷っているのだ。
この、トールでヤングでブラックでグッドルッキングなマンは。

スマホを見ながら首をかしげたり、あたりを見回したりするやや大げさな動きには、隣に立つ私の注意をひく意図もあるのだろう。
道を尋ねてくる人は、声をかける前段階として「道に迷って困ってます感」を軽くアピールしてくることがほとんどなのだ。
彼は間もなく、私に質問してくるはずだ。

でも、なんだか今日はいけそうな気がする。
これまで道を聞かれて苦労してきた経験は、私の糧になっているはずだ。
さらに、今いる場所の近くには、観光施設も由緒正しい寺社もおしゃれな飲食店もない。
彼が行き先を知りたい場所は、おそらく駅だろう。
そして、駅に行くルートはとても簡単なのだ。
これまで道を聞かれまくってきた私には、
最寄りのステイションにゴーするには、ターンレフトせよ、
と言うだけの英語力と度胸が備わっているはずだ。

よし、大丈夫。
今日の私は、間違いなく困っている外国人の力になることができる。
親切な日本人代表として、今日こそは、死力を尽くして駅までの道案内をやりとげてみせる!
決意とともに顔を上げると、予想通りグッドルッキングマンと目が合った。
さあ、来なさい!

時速50キロほどにまで荒らげた私の鼻息をやり過ごし、軽く微笑むと、彼は言った。
ハーイ。
そしてスタスタと横断歩道を渡りはじめた。
彼の背中に向けて、私は答えた。
ハーイ!
信号の、緑色の光がまぶしかった。

今、私の胸は達成感でいっぱいです。


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