【即興小説】シンデレラの母
「魔法は3秒で解けました」
「はい?」
目の前にいるボロボロの服を着た少女が、じとっとした目でこちらを睨んでいた。
「かぼちゃに、ネズミ、とかげ……あんなに苦労して集めたのに、たった3秒で! 解けました!!」
「な、なんでぇ?」
「それはこっちのセリフなんだけど、魔法使いさん?」
ボロボロの服を纏った少女は、かぼちゃを床に叩きつけようとして、そっと置いた。
叩きつけて床を汚した所で、掃除するのは自分だからだ。
「なんで……私はお城の舞踏会に行きたかっただけなのに!お母さまの形見のドレスをボロボロにされただけでも十分にショックだってのに、夢を見させて3秒で解くなんてあんまりよぉ!」
床に置いたカボチャにすがって号泣する少女を前に、魔法使いはただただオロオロした。
こんなはずでは無かった。自分は新人ではなく『マザー』の称号を持つ大ベテランだ。
しかもただのマザーではない。『ゴッド・マザー』。さらに由緒正しいフェアリーの血筋だ。
この魔法使いの魔法が3秒で解けるなんてあり得ない。
「……まさか……!」
魔法使いは、部屋の窓から外を見た。
家全体を覆う魔法解除の結界が、そこにあった。
「なんてこと……!」
これでは、家から一歩出ればたちまち魔法は解けるだろう。そして、それは魔法使い自身も閉じ込められた事になる。
こんな大魔法を、魔法使いも気づかずうちに……一体、いつ誰がなんのために……?
「ホーッホッホッホ」
夜の闇を切り裂くような甲高い女の笑い声。
その声の正体はーー
「お母さま!」
魔法使いの母だった。
「お母さま! お母さまがこの結界を張ったのね!」
「そうよ!」
「なぜそんな事を……!」
カボチャに縋って泣いていた少女が、顔を上げる、そして窓の外にいた女の顔を見て叫んだ。
「お、お母さま!!!?」
「えっ!?」
「どうして……お母さまは10年前に亡くなったはず……!」
「10年前……あ!」
魔法使いは思い出した。母は20年前に「ちょっと世界を見てくるわ〜」と、徒歩5分の八百屋に行くノリで出て行って、10年前に帰ってきた事を……。
「まさか、この少女は……私の妹!?」
「その通り!!!!」
母は語る。旅先で出会ったイケメンを、ちょっと魅了して結婚して子供を産んだけど、歳を取らないフェアリー魔法使いは、怪しまれずに人間界に居られるのは10年が限界。
死んだ事になって戻ってきたが、そろそろ産んだ子が成人を迎えるので戻ってきたという。
「というわけで、あなたを迎えに来たのよ!」
「お母さま……」
ボロボロ服の少女は、もじもじとスカートの裾を掴んだ。こんな意地悪な継母と義姉のいる家に未練はない。だけど……
「でも、私……舞踏会に行きたい」
「だめ」
ピシィ……と、家が軋んだ。
「どうして?」
「お前が舞踏会に行ったら、王子はお前を妃にするでしょう。そんなの、ロクな事にならないわよ。魔法界に一緒にいきましょう」
「そんな…そんなの勝手だわ!」
ピシピシピシィ!
少女の怒りで、魔法解除の結界にヒビが入った。
「くっなんで魔力……やはりこの子は魔法界に連れて行かないと」
魔法使いもステッキを構えた。
「そうよ、お母さまはいつも勝手よ……! 私も……私だってもう『マザー』なんだからねっ!」
魔法使いが放った閃光が、結界を粉砕し、母に当たった。
「見事よ、我が娘たちよ……」
光が治るととそこには何もなく。
魔法使いと少女は手をとり、そっと思い出を捨てた。
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