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「魔女の子供はやってこない」2022年6月15日の日記

・一体どういう経緯でこの本を読むことにしたのかは忘れてしまったけど、誰かが「この本は文章の表現や作者の感性がやばい。狂ってる。」と言っていたのを聞いて、角川ホラー文庫から出ている「魔女の子供はやってこない(矢部嵩)」を読んだのだった。


・読んでみた感想としては、端的に言えば「この本は文章の表現や作者の感性がやばい。狂ってる。」ということに尽きちゃうんだけど、もう少し具体的に言うと、「不条理な運命に翻弄される子供たちに鬱々としてしまう気持ち、魔法少女モノの作品が持つ定番のキュートさ、文学作品ならではの文章表現や比喩の美しさ、の全てを持っているすごい作品なんだけど、スプラッタ的なグロテスクの表現ゆえに誰にも薦めることができない。」というところに落ち着いた。

・あらすじを言えば、小学生の女の子、夏子(右)が魔女の女の子ぬりえちゃん(左)に出会い、街の人々のお願いを叶えに行く、というファンタジーストーリーになってしまうのだけど、冒頭30ページの描写のグロテスクさに、「こんな表現がずっと続くなら無理」と嫌気がさしていたけど、少し話が進んで、主人公の2段ベッドに魔法をかけて夜の街を出歩くシーンの描写と文体の美しさはここ数年読んだ本で1番だった。
・かと思えば、大どんでん返しのホラー回があったり、人生の重要な教訓をぬりえちゃんが(独特すぎる文体で)語ったりする。


・文体が独特すぎるんだ。この本は。出版社の名前には「ホラー」と入っているけれど、この作品はお化け的な怖さではなくて、この独特の文体が生み出す主人公の小学生女子という記号との乖離の大きさ、ストーリー全体の不条理さ、奇々怪界さにある。

・しかしながら、特に比喩表現はうならされるレベルで文学的、というか、まだその物の比喩にそんな引き出しがあったのかと新たに気付かされる思いがした。
・例えば、若い男の葬式のシーンで、亡くなった男の親族や友人が次々とやってきて、その親族や友人たちの顔がみんなどことなく亡くなった男に似ている、ということを言っている場面では、

”通夜は似た人間の集まりでした。親族は顕著で、少しずつ顔のパーツの違うお爺さん、お婆さんたち、同年代は描き分けたように同じ距離感で変化がつき、血縁でない友人知人も、共に居た時間が積もったように、恰好でなく顔や姿勢、表情に雰囲気、雨をくぐりホールに現れる一様の顔つきは、誰も悪趣味なほど私には重なって見えました。木に生(な)る同じ果物のよう、縁(えん)で人が染まるなら、画風も近かろうと思いました。”

「魔女の子供はやってこない」(矢部嵩:角川ホラー文庫)


・すごすぎる。


・そして、この独白は主人公の夏子、小学生女子の夏子の独白である。
・あんまりに文体とキャラクターの一般的なイメージからかけ離れていて、でもこんな雰囲気が延々と続くのがこの作品だ。

・グロテスクなシーンはとてもここには書けないほど気分が悪くなるレベルなのだが、それを目の当たりにする夏子やぬりえちゃんたちはどうも要領を得ない、ズレた、とぼけたやり取りをしていて、それが一層作品の不可解さを際立たせる。


・読了後はなぜか爽やかな気分になった。なぜかは全然わからない。


・SNSや口頭では誰にも薦められないので、このnoteでひっそり薦めておきます。
・この夏にぜひ。


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