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母校の建築が好きすぎて、設計元の建築設計事務所に行きました。

突然ですが、あなたの「母校」での思い出を思い出してみてください。
ではどうぞ。


・・・。


授業の風景、友達の表情といった日常の一コマ、あるいは文化祭や卒業式などイベントのワンシーンを思い出した方もいるでしょう。

ところで、たったいま思い浮かべた数々の風景を、「母校の建物」とセットで思い出された方は多いのではないでしょうか。

久しぶりに学校を訪れた時、建物が目に入った瞬間に、懐かしさが鼻の奥にジンときたという経験は、誰しもあるのではないでしょうか。

そんなわたしも、卒業して数年たった今も母校の建物が大好きです。
どれくらい大好きかというと……。


好きすぎて母校の建物を担当した設計事務所の所長さんに会いに行くほど好きです。
(インタビューの様子は後半で。)


わたしの母校、国立音楽大学の講堂

母校の建物の中でも特に、入学式や卒業式といった式典や、学校内のコンサートの会場などで利用されている「講堂」は、「東京文化会館」や「東京都美術館」、「神奈川県立音楽堂」など全国の多くの建物を設計し、戦前・戦後の日本の近代建築に大きな功績を残した建築家”前川國男”(1905~1986)の設計によるもので、1983年に竣工した、わたしが一番好きな建物です。

国内の優れた建築に贈られる建築業協会賞(BCS賞)も受賞している一方で、学校内の施設のため、コンサートなど一部の機会を除いて一般の方は立ち入れない、まさに知られざる名建築




しかしながら……。


主にわたしの学生時代の知人がフォローしてくれているTwitterで、講堂と前川國男の関係のアンケートを実施したところ、まだまだ講堂の建築としての魅力を多くの在学生・卒業生たちに知ってもらう余地はありそうでした。



というわけで……。


今回はここ、わたしの母校である「国立音楽大学」、その「講堂」の現地から、わたしが好きすぎる母校の建築の魅力と前川建築としての見どころを一方的に語ります。


そういう記事です。よろしくお願いします。



講堂の魅力と見どころを語る前に、前置きとして国立音楽大学講堂の概要と、建築家、前川國男について簡単にご紹介します。

1.国立音楽大学講堂の概要

・1983年竣工。
・大学の創立50周年記念事業の一環として建設が計画された。
・大ホール・小ホール・リハーサル室・楽屋をもち、式典やコンサート、授業やレッスンなどで利用されている。
・設計:(株)前川國男建築設計事務所

大ホール(1290席)
小ホール(500席)


2.建築家、前川國男(1905~1986)の超略歴

1905年(0歳):新潟市で生まれる
1928年(23歳):東京帝国大学建築学科卒業。卒業式の日の夜に渡仏。ル・コルビュジエのアトリエに入門。
1930年(25歳):帰国。レーモンド建築事務所に入所。
1935年(30歳):独立。銀座に前川國男建築設計事務所を開設。
1945年(40歳):空襲で銀座の事務所が焼失。目黒の自宅に事務所を移す。
1954年(49歳):四谷に事務所を建設。
1986年(81歳):逝去。

<全国の前川國男建築(一部)>
【青森】弘前市役所・弘前市民会館・弘前市立博物館
【宮城県】宮城県立美術館
【新潟県】新潟市美術館
【埼玉県】埼玉会館・埼玉県立歴史と民俗の博物館・埼玉県立自然の博物館
【東京都】東京文化会館・東京都美術館・世田谷区民会館
【神奈川県】神奈川県立図書館・音楽堂
【山梨県】山梨県立美術館
【静岡県】藤枝市立図書館
【京都府】京都会館(現:ロームシアター京都)
【岡山県】岡山県庁舎・岡山県天神山文化プラザ・林原美術館
【福岡県】福岡市美術館
【熊本県】熊本県立美術館・熊本県立劇場
【沖縄県】石垣市民会館

弘前市立博物館
熊本県立美術館


3.国立音楽大学講堂の魅力

①ホワイエの見どころ

正面入口

入口から前川のこだわりはすでに始まっている。
正面入り口はいわば建物の顔

すでに見どころは目の前です。一体どこでしょうか。
果たして、柱かガラスか…。

答え:ドアハンドル。

ドアハンドルの専業メーカーUNIONの製品

かつて国立音大講堂のドアハンドルがこれほど魅力的に撮られたことはあったでしょうか。
握る手に馴染む形は、数あるドアハンドルの製品の中から前川がこだわって選んだもの。現在、この型が握れる場所はかなり少ないようです。


勘付かれた方もいるかと思いますが、今後もこういうディティールの話がずっと続きます。


そういう記事です。よろしくお願いします。



多くの前川建築では、建物の外と中の床のタイルが統一されており、外からの入館者に違和感を感じさせず、自然に建物の中へ迎え入れます。
縦向きと横向きのタイルを組み合わせた「網代(あじろ)貼り」も前川建築の特徴。講堂もその例にもれません。


ホワイエを2階から撮影

階層をまたいだ開放的な空間。
十分な空間と空気量が確保されたホワイエは、往来する人数が多くなっても人々に息苦しさを感じさせません。
前川はこのような空間の作り方を他の多くの建築にも取り入れています。


講堂ホワイエの照明

また、前川自身が「竹筒をつなげた」ような形と語った吊り下げ照明も、全国の前川建築に多く取り入れています。

熊本県立美術館 ロビー
埼玉県立歴史と民俗の博物館 ロビー

(↑照明と広く作られた空間、そして網代(あじろ)貼りタイルという共通点にご注目)

他の前川建築と並べて見てみるとまるで講堂の兄弟姉妹のように見えてきませんか?パッと見の印象は似ていても、よく見るとそれぞれに個性があり、違いが引き立ってきます。

この感じは、そう……。


まるでアイドルグループかホビーアニメの魅力ですね。興味のない人に「全部同じ顔に見える」と言われるコンテンツは、大抵奥が深いもの。

建築が美少女・美青年に擬人化される日も近い。


ホワイエから外を撮る。かっこいい窓。美青年の素養がある。

建物だけでなく、イスやソファなど内装にもこだわるのが前川流。外に並ぶ丸いイスや、講堂内のイスも前川チョイス。


②大ホールの見どころ

ステージ正面に設定されたパイプオルガンが印象的な大ホール。次はこちらの見どころを紹介します。


反響板の底(赤枠部分)にご注目

オルガンを中心に、左右に大きくせり出しているのは反響板。実は、コンサートの形態(オペラやオーケストラなど)に合わせて前後に移動させることができます。
こんなに巨大で重いものをどうやって?その秘密は写真の赤枠部分、反響板の底にあるのです。


秘密のレール

重いフタを持ち上げると、ステージ上に鉄のレールが現れました。
巨大で重量のある大ホールの反響板は、鉄道と同じ仕組みで、レール上を車輪がすべることで移動するのです。

レールの現れ方といい、鉄道のギミックといい、国立音大講堂大ホールの反響板、あまりにもカッコ良すぎる


客席側のサイドの壁を見ると、特徴的な形が並んでいます。

実は、八分音符の形がモチーフ♪

客席のカーペットは、ホール全体の色と同じような、やや赤みを帯びた色のカーペットが敷かれています。

しかし、1983年の講堂竣工当時、このカーペットは緑色だったそう。
2000年代に入ってからカーペットは一度補修されており、その時に今の色で敷き直されたとのことです。


③小ホールの見どころ

500席を持つ小ホール。
ステージは昇降式で高さを調整できます。(写真は降りた状態)
ここにはどんな魅力があるでしょうか…。


天井に目を向けると、天井は平らではなく、まるでお腹を突き出したように綺麗に反り返っていることに気づきます。
天井をこのように反り返らせる作りは難しく、なかなか例を見られませんが、この小ホールの天井の作りは非常に綺麗で、これがホールの繊細な響きを作っています。


小ホールには客席の両サイドの壁の上にも座席があります。
この取材の日、講堂を案内してくださったホールスタッフの岩崎さんから、この座席にまつわるエピソードを伺うことができました。

この段差に秘密あり

竣工当時、この客席両サイドの場所には座席は設置されていませんでした。
しかしスペースの活用のため後から客席をつけようとしたところ、壁と手すりに視界がはばまれてイスの高さが足りないという事態に。
そこで、急きょ「段差」を追加して、イスの高さを底上げしたそう。
そういうわけで、この両サイドの席はいずれも段差の上に設置されています。


④普段は立入禁止、講堂の屋上へ

大ホールと小ホールの撮影を終えて、同行してくれたカメラマンと写真をチェックしていると…。

【岩崎さん】「屋上行ったことないでしょう。連れてってあげるよ。」

【わたし】『屋上あるんですか!?


そういえば講堂は4階建てだった。2階までは見てきたが、学生時代もそこまでしか立ち入ったことはない。


いま、立入禁止の施錠が解き放たれる…。
わたし達は「関係者」になって帰ってきたのだ。



ーーー国立音楽大学講堂、4階屋上


最高。(最高)


4年間通い慣れたつもりだった大学にこんな場所があったなんて。
何周もして遊び慣れたRPGのゲームを久しぶりにプレイしたら偶然まだ入ったことの無い隠し部屋を見つけたときの気持ちになりました。


建築としての講堂の魅力に話を戻します。
前川の講堂へのこだわりは、3階の中屋上に降りると明らかになる。


3階の屋上からは、講堂の敷地の入り口から、建物の入り口までの空間を一望することができます。

3階屋上から入口周辺を撮影

屋上から講堂入口付近の網代(あじろ)貼りタイルを見下ろすと、在学中の4年間気がつかなかった模様が見えました。

【岩崎さん】「タイルの模様がそのまま敷地の入口から建物の入口までの導線になってるの。これが前川さんのこだわり。」


タイルの模様が導線になっている

画像右上は、駅から歩いてくる一般来場者の入場ルート、右下から伸びるルートは、大学構内からやってくる学生の入場ルート。
左上に伸びる導線は一般来場者が入場する正面入口へ。左下へ伸びる導線の先には、出演者入口があります。


すご……。


また、3階屋上からは、入り口を通り過ぎた先にある、講堂中庭を見渡すこともできます。

講堂中庭①
講堂中庭②

中庭は大ホール、小ホール、リハーサル室により3方から囲まれており、講堂は全ての設備を同じ階に配置した「平面構成」であることが見てとれます。

階をまたいだ移動をなくすことで、建物内の人の導線を単純にする効果があります。学生が時に出演者となり、時に聴衆にもなる音楽大学特有の人の動きを、建物の設備の位置関係がスムーズにサポートしてくれます。


⑤講堂の外へ。外観の魅力。

講堂を外から見て、最初に目に付くのはレンガ調のタイルです。

このH型の照明も多くの前川建築で見られる

この穴の空いたタイルは「打ち込みタイル」と言い、前川國男が考案しました。
意匠の目的以外に、タイルの下地となっているコンクリートを大気汚染から保護する目的があります。

コンクリートにタイルを貼り付ける過程で、コンクリートとタイルが剥がれないように、流し込んだコンクリートが固まるまでの間、釘とつっぱり棒でタイルとコンクリート、型枠をつないで固定します。
この工程により、タイルの表面に穴があいています。

4.講堂設計当時を知る建築家に会いに行く

わたしは国立音楽大学講堂の魅力をさらに知るべく、講堂の魅力を最も知る人物に会いに行くことにしました。


前川建築設計事務所。
1954年に前川國男が四谷に開いた設計事務所は現在も現役で稼働しています。

現在、前川建築設計事務所の所長であり、国立音楽大学講堂の設計監理を担当された橋本功(いさお)所長にお話を伺いました。


橋本所長の左に座っていらっしゃるのは前川事務所OBの奥村さん

【わたし】「橋本さんが感じられている、講堂大ホールの魅力とは何でしょうか」

【橋本所長】『大ホールの正面にはパイプ数4960本のパイプオルガンが設置されていることもあり、ステージの高さが高いのが特徴のひとつです。

例えば、前川さんが設計した同じコンサートホールでも、神奈川県立音楽堂のステージの高さは8.8メートル。東京文化会館の大ホールは高さ11メートルなのに対して、講堂の大ホールの高さは14.3メートルもあります。
演奏空間がパイプオルガンの高さと同じなので、天井が高く音の跳ね返りが少なく演奏しにくいという面もあるのですが、ある外国のオペラ歌手の教授が「正面にパイプオルガンがあり、天井が高いのはヨーロッパのホールに似ている。ここで練習すればヨーロッパのホールでも通用する」ということをおっしゃっていました。ちなみにウィーンのムジーク・フェライン・ザールの天井は18.5メートルもあります。

そして客席側の壁と天井にはコンクリートを使っています。そのため個々の楽器の響きがごちゃごちゃに鳴らず明瞭に聞こえるという良さがある一方、アンサンブルが良くないと音がバラバラに聞こえてしまうという怖さもあります。
ちなみに反響板がレールの舞台走行式なのは知っていますか。』

【わたし】「はい、鉄道と同じ仕組みで動くというものですね。」

舞台走行式側面反響板

【橋本所長】『そうです。これは当時、国内初の試みで、国立音楽大学講堂が最初に採用した方式です。後年になって渋谷にオーチャードホールが作られた時には、オーチャードの反響板も稼働式なのですが、この国立音楽大学講堂のレールの仕組みが参考にされました。ちなみに、オーチャードは運営元が東急電鉄ですからレールの作り方にノウハウがあり、仕上がりが良いそうです』

【わたし】「続いて、小ホールの魅力について教えてください」

【橋本所長】『大ホールの壁と天井がコンクリートだったのに対して、小ホールの壁は合板、天井は下に膨らんだ3次元カーブのボード仕上げ。音響的には非常にシビアで、演奏者の息づかいや楽器のタッチ音まで客席に届き、演奏者には緊張感を強いられるホールだと思います。ただしこれは、小ホールでは公開レッスンが行われることを意識しているからです。』

【わたし】「大ホールも小ホールも、演奏の上達が目的のひとつに挙がっているということですね。ありがとうございました。」

【わたし】「……ところで今日は、講堂の設計監理を担当された橋本所長にお会いできるということで、わたしの同級生を中心に、講堂での思い出と、写真を集めてきました。最後に少しだけご紹介させてください」


取材日の前日、わたしはTwitterで相互フォローしている同級生、先輩後輩の皆さんに対して、橋本所長へメッセージを送るためのフォームを作成しました。

その結果、わずか1日で、主にわたしの同級生である卒業生を中心に14件の回答と、30枚以上の写真をいただくことができました。
講堂でのコンサートの時に、講堂で出演者同士ポーズを決めて撮った写真だったり、入学式や卒業式の時の写真など、内容は様々で、どれも講堂での日々を写したすてきな写真でした。
わたしはそれらをまとめ、橋本所長にメッセージをお伝えしました。


みなさんからいただいた写真をご覧いただきました
時間をかけてじっくりご覧になられていました
そしてみなさんからいただいたメッセージも
「ありがたいですね」とメッセージに見入る橋本所長

【橋本所長】『講堂の様子は40年前と全然変わらないね。綺麗に使ってもらってくれて、ありがたいですね。しばらく足を運んでいなかったけれど、久しぶりに講堂へオペラ公演とか観に行ってみようかな。』


最後に

わたしが母校の中で一番好きな建築、「講堂」について一方的に語ってきました。さらに、知人から講堂エピソードを収集して、設計当時を知る橋本さんにそのエピソードをお伝えしました。
その結果わかった、講堂の1番の魅力があります。

「わざわざ魅力を説明されなくても、みんな自然と好きになっている」ということです。

それは、わたしが取材日の前日になって急に実施したアンケートに、たくさんの回答をいただけたことから明らかです。

みなさんに最初に思い出していただいた、母校の思い出は何だったでしょうか。
母校に特別な思い出が無いという方は、あなたの普段の生活の中で、ちょっと好きな場所、好きな空間でも結構です。

わざわざ人のおすすめやガイドブックをなぞる必要はありません。
あなただけの「好き」な場所に、今日は少しだけ思いをはせてみませんか。



取材協力:国立音楽大学 広報センター様
    :前川建築設計事務所 橋本功様

撮影  :国立音楽大学
    :(株)前川建築設計事務所
    :弘前市立博物館
    :熊本県立美術館
    :埼玉県立歴史と民俗の博物館

カメラマン:Tatsuki Amano(国立音楽大学の撮影)


※当記事の内容について国立音楽大学および前川建築設計事務所に問い合わせることはお控えください。

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