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人生で一番綺麗な景色は、死ぬ間際に見るのかもしれない

今まで見た中で一番綺麗な景色は何ですか?
夕日、空、花火、夏のプールの反射した水面。
人それぞれ色々あると思う。

私は死の淵でめちゃくちゃ綺麗な景色を見たことがある。

本気で死にかけたことが一度だけある。3歳上の兄が私の異変に気づくのがあと数秒遅かったら確実に死んでいた。

小学生のとき、親戚たちと海外旅行に行った先でウォータースライダー付きのプールがあった。海に近い大きなホテルに併設されていて遊具がついているプールでめちゃくちゃ楽しくて、一日中そこで遊んでいた。
私は全く泳げないので浮き輪でゆらゆらと浮かんで遊んでいた。浮かんでいるだけでも楽しかった。
でも、せっかく豪華なバカでかいウォータースライダーがあるし、やったことないから皆でちょっとやってみよう、こんな機会ないだろうし、という話になって、兄と父と一緒にウォータースライダーの列に並んだ。ウォータースライダーのあったプールの水深は4〜5mはあったと思う。ぼんやりとプールサイドに書いてある水深○mの表記を覚えている。
母はウォータースライダーのあるプールの隣の、別のプールのプールサイドで親戚たちと喋っていた。

父と兄と私で並んで、誰が一番最初に行くかでちょっと喧嘩になった。最終的にジャンケンで決めて、兄→私→父の順になった。
自由に使えるライフジャケットもあったけど、平べったい浮く板(ビート板の全身版みたいなやつ)の上に乗って滑るから大丈夫だよね、と話し合って誰も使わなかった。
兄が先に行って、めちゃくちゃ早い速度で滑っていったのを目の前で見て、わくわくしていた。
私の番が来て、係の人に平べったい板の乗り方を教わり、ここを掴むんだよ、と掴むところなんて存在しない板の掴み方を教わった。
係の人に「GO!」と送り出された。トンネルみたいなウォータースライダーの内部を滑って、一瞬でプールに到達した。プールに着水した瞬間、何故か手元に平べったい板がなかった。多分、着水の衝撃に握力が負けて離れてしまったんだと思う。

水に入った瞬間に上下左右が何も分からなくなり、「いま自分は溺れている」というのは理解したが、何しろ上も下も右も左も何も分からなくて、どの方向に向かって上がれば水から出られるのかが全く分からなかった。

あ、死ぬんだな、と思った。

じっとしていれば自然と浮くとか、プールの底を思いっきり蹴るとか、溺れたときの対応方法は山ほどあるが、そのどれもが無理。本当に無理だった。パニックになっているのに冷静にじっとしていることなんて出来なかったし、プールの底を蹴ると言われてもプールの底ってどの方向にあるのかも分からなかった。

その時に見た景色は15年くらい経った今でも鮮明に覚えていて、それより綺麗な景色を一度も見たことがない。

太陽の光がプールに差してキラキラしていてめちゃくちゃ綺麗で、そこに自分が吐いた息の泡が浮かんでいて、さらにめちゃくちゃ綺麗だった。とんでもなく綺麗で、テレビでやっていたダイビングの映像で見たような水の中の綺麗な光景が目の前に広がっていた。あまりの綺麗さに、しばし呆然としてそのまま沈んでいたのを覚えている。

わー!!きれい!!めちゃくちゃきれい!!!
あぁー、死ぬんだなー…

そう思った。
そう思っていたら、誰かが私の腕を掴んで引っ張った。上ってこっちだったのか、と思いながら水面に顔を出すと、私の腕を掴んで引っ張りあげてくれたのは、先にウォータースライダーで出発した兄だった。引っ張りあげてくれた直後に「お前何してんだ?」と言われた。いや、溺れていましたが。
自分の浮かぶ板はもうどこにあるのか分からず、兄の掴んでいた浮かぶ板に勝手にしがみついた。

プールからなんとか上がらせてもらって(自力でプールから上がれなくて兄にプールサイドへ引っ張り上げてもらった)、「ウォータースライダーで溺れた」と兄と父に言い、その場にいなかった母にも言いに行った。
もし、私がジャンケンに勝って一番最初に滑っていたら。もし、あと数秒、兄が気づくのが遅れていたら。確実に私は海外のプールで溺死していた。

そのすぐ後、今ここでプールに入らなかったらもう二度と今後の人生においてプールに入れなくなるだろうなというのが幼いながらに分かって、頑張って無理やりプールに入った。あえて、溺れてすぐに入った。今すぐ入らないとトラウマになって水恐怖症になってしまうだろうなと思った。


死の淵で見る景色はとても綺麗だった。多分それは日常では絶対に見ない景色だからなんだと思う。自死を選ぶ人が見た景色は多分その人の人生において一番綺麗な景色だったんだろうなとも思う。

祖母の友人が、病院で死の淵をさまよって三途の川を渡ってしまったらしく、でも渡った先に、数年前に使ったタクシーの運転手がいて「なんでこっち来たの?戻るよ!送ってくから乗って!」と言われてその人のタクシーに乗せてもらって三途の川をUターンして戻ってきて、無事に生き返ったという話を聞いたことがある。嘘のような本当の話。三途の川は今まで見た景色のどれよりもめちゃくちゃ綺麗だったらしい。

やはり、人生で一番綺麗な景色は死ぬ間際に見るのかもしれない。自分が将来死ぬときにはどんな景色を見るのだろうか。