見出し画像

推しにガチ恋だった頃のはなしをする

大学生の頃。とあるロックバンドを好きになった。
私が彼らを知ったのは、ファーストフルアルバムのリリースを控え、メジャーデビューをする直前だった。メジャーデビューとはいえ、まだまだ世の中的に認知は低く、知っている人は知っている、業界人が注目する新人みたいな感じだった。

大学生になり、色々なバンドを聴くようになってライブにもよく行くようになった。そんな中、とあるサーキット型ライブで彼らを観た。出番はほんの30分ほどだっただろうか。かっこよかった。圧倒された。これまで聞いていた最近のロックバンドとは何もかもが違った。全編英語の歌詞や昔ながらのロックンロールといった音、ボーカルのしゃがれた声が印象的だった。

その日、初めて出待ちをした。それほど売れていないバンドで、しかも地方となれば出待ちをしているファンなど他にいるはずもなく、自分と一緒に来ていた姉とふたりだけだった。本人たちもなんの変装をすることもなく、ライブ後、衣装から着替えたラフな格好で通用口から出てきた。
ボーカルとギターの人に写真を撮ってもらった。ライブハウス内で汗だくになった私にも優しい人たちだった。

アルバムリリースに合わせたワンマンライブツアーがあることを知り、地元付近はもちろん、大きな都市のライブのチケットを取った。
地方のライブハウスは小さな箱ばかりだったにも関わらず、やはりそれほど認知度が高いわけではなかったので、取ったチケットは全て最前に行ける整理番号だった。
私はギターの人が好きだった。髪型は少し特徴的だったけど、顔があっさり塩顔でどタイプだった。自分のギターソロでかっこよく決める姿や客を煽るのが上手なところが好き。指先が綺麗なところ、笑顔が可愛いところ、ちょっといじられキャラなところも好き。目の下のほくろが印象的で少し高めの声は可愛い。もうすっかり彼のことを好きになっていた。好きになるとお気持ちが重くなるタイプなので、ライブの度に手紙を書いてはライブハウスのスタッフさんやマネージャーさんに渡した。

そんなわけで、ライブは毎回かならずギターの人がいる下手の最前を陣取っていた。それほど熱心なファンが他にいなかったことと、やはりボーカルの前に人が集まる傾向にあるため、最前に行くのはそれほど難しいことではなかった。
その頃はまだ「ただ好きなギターの人」だった。今でいうところの”推し”だ。(この頃はまだ推しとか担当みたいなオタク的な用語がなかったような気がする。私が知らなかっただけかもしれないけれど。)

ガチ恋を拗らせる出来事が起きたのはそれから少ししてからだった。

彼らが、彼らよりもずっと売れている同世代のバンド(私はこの人たちも好きだった)の対バンツアーにお呼ばれしたのだ。しかし、地方も地方でめちゃめちゃに狭い箱だった。もうすでにチケ発済みで、お呼ばれした2か所はいずれもソールドアウト。好きなバンド同士の対バンなんて私が行かなきゃ誰が行くんだよ!!と若干キレそうになりながら当時はmixiでチケットを探しまくった。とにかく必死だった。
運よくライブの3日ほど前にチケットを譲ってくれる人が見つかり、単身、夜行バスでライブに向かった。

整理番号は二桁台でとてもじゃないが最前にはいけなかった。しかし、箱が小さいこともあり、前から数えたほうが早いくらいのところまでは行けた。ライブが始まると私が好きなバンドの出番が先だった。後ろからの圧に負けず、足元は若干浮いていたけれど、なんとかその場に留まってステージを見つめた。

汗の雫がライトに照らされてキラキラしていた。ギターを掻き鳴らす彼がかっこいい。好き、好き、好き。
そんな想いでいっぱいになりながら見ていると、ふと彼の視線がこちらに向いた。その瞬間、彼の顔が驚いたような、「あ!」という顔をしてすぐに笑顔になった。
心臓が跳ねた。今、こっちを見て、私を見て、笑った。私がいるって、気づいてくれた。

死んでしまうかと思った。

それからのことは正直あまり覚えていない。対バン相手のファンと仲良くなって一緒に出待ちをしたけれど、待っていたのとは違う出口から帰ってしまったようで会うことはできなかった。

その日の夜、仲良くなったファンの人とホテルで話をした。彼女は対バン相手のベーシストが好きで、インディーズの頃からずっと好きだったそうだ。何度も本人と話したことはあるけれど、ライブ中に見てくれたことはないし、自分の名前を憶えてもくれないと嘆いていた。ほかのメンバーとも仲が良いと言っていた。
その話を聞きながらとてもドキドキしたのを覚えている。たくさんライブに行けば、いつかそんな風に仲良くなれたりするのだろうか。私も彼と話せたりする日が来るんだろうか。そんなことになったらどうしよう。さっきのあの一瞬でも心臓が口から出そうなくらいドキドキしたのに、本当にしんでしまうかもしれない。
この衝撃的な出来事は、当時の私がガチ恋を拗らせるのには十分すぎた。


バンドマンは割と年中何かしらライブやツアーをしているので、私が彼に会いに行く頻度は増えていった。そのバンド以外のライブにも行っていたので、多いときには100回/年くらい現場に行くときもあった。

少しずつバンドの認知度が上がり、チケットが当たらないこともあったし、最前に行けないときもあったが、相変わらず彼らのライブに行くときは必ず下手で観た。
対バンライブ以降、彼は絶対に私を見つけてくれるようになった。どんなに広いキャパでも、真ん中で埋もれていようとも、絶対に見つけてくれた。逆に凄いなと感心した。
あんなに遠くにいたのに、今日も見つけて頷いて笑ってくれた。今日は指さして頷いてくれた。好きな気持ちが増す一方だった。最前にいたときにピックを手渡しでくれたこともあった。更には他のファンに目を合わせて笑いかけているところなんて一度も見たことが無かった。あれは完全に私だけに向けられたものだった。

ステージ上の演者と目が合ったというのは気のせい、という説があるが、そんなことはない。というか、目が合っている本人同士にしか分からないのだから他人にそんなこと言われても…という気持ちである。
私の近くにいた女の子が「絶対今こっち見たよぉ♡」とはしゃいでいる場面に何度か遭遇したことはあるので、もちろん勘違いしている人もいるにはいる。
このアイコンタクトは私と彼だけの”特別”で”秘密”だった。それが嬉しかった。同じバンドを好きな友達もたくさんできたけれど、このことは誰にも言わなかった。他の誰にも知られたくなかった。誰かに話したらキラキラした特別がなんでもないものになってしまうような気がしたから。それに、女の嫉妬は怖いので、そういう面倒なことに巻き込まれるのが嫌だった。

あるツアーのオーラス(オールラストの略)でたまたま何度か現場で会ったことがある程度の友達が近くにいたことがあった。本編ラストの曲を演奏中、前から3列目くらいにいた私を見つけて、彼はいつものように笑って頷いてくれた。それが彼なりの「来てること分かってるよ」という私への合図だった。
本編が終わり、アンコールを待っているときに近くにいた友達が大きな声で「ねえ!さっきのあれ何!?〇〇と知り合いなの!?」と言った。アイコンタクトしているところを見られていた。周りがざわついた。最悪だと思った。内心、まじで黙ってほしいと思っていたが「そんなことあった?分かんなかった~」と笑ってごまかした。私と彼だけの特別なのだから介入してこないでほしかった。その頃、既にちょっと厄介な同担にSNSや現場で絡まれることが増えていたので、ますます何も言わないでほしかった。
私は彼だけを見て、彼の音だけを聴いて、彼の視界にだけ入れればよかった。他人なんてどうでもいい。勝手に勘違いしてろと思った。

これも当時は誰にも言ったことがなかったが、実はCDなどの物販や入出待ち以外で彼と話したことがあった。地方でのライブが終わり、夜行バスで帰っているときだった。途中、休憩でバスが寄ったサービスエリアにたまたま彼らが乗ったバンが停まっていた。トイレに行こうと降りたところに彼らが煙草を吸っていた。最初は驚きすぎて声を掛けることを躊躇したが、こんなチャンスがなければ他のファンがいないところで話せないと思い彼の名前を呼んだ。彼も驚いていて、実はあの夜行バスに乗って帰るところで…とバスを指さして説明した。(追いかけてきた厄介なファンだと思われたくなかったから。)
自分から名乗らなくても彼はすぐに気づいてくれたし、時間が許す限り話をした。最後に握手をして、じゃあまた!と言ってバスに乗り込んだ。静かに号泣した。目が合っていたことは勘違いなんかじゃなかったし、彼はやっぱり優しかった。いつも激しくギターを掻き鳴らす彼の手に触れて、本物が目の前にいると実感した。

彼は喫煙者だったので誕生日にzippoのライターをプレゼントした。バンドマンだったけれど各メンバーにイメージカラーみたいなものがあったので彼の色を選んだ。名前の印字ができるサービスもあったため、彼の芸名ではなく本名を彫ってもらった。大学生の自分にとっては割と高めなプレゼントだったけれど、後日、彼がSNSに上げた写真にライターが映っていて本当に使ってくれていることが分かって泣いた。そんなことで、と思われるかもしれないけれど、手の届かないと思っていた大好きな推しが自分のことを知っていて、他のファンにはしない対応をしてくれて、プレゼントしたものを使ってくれている。幸せで涙が出た。毎日会いたい。ライブまで待てない。

ただ、そんなお花畑な気持ちは長続きしなかった。

バンドが売れるにつれてライブハウスの治安が悪くなった。無駄にダイブやモッシュをしようとする一部の非常識なファンのせいで端や後ろに追いやられることが多くなった。押さないでと言われても後ろからぎゅうぎゅうに押される。最前で柵と人間に挟まれて呼吸困難になり、ライブを見るどころではなくなってしまう日が増えた。加えて面倒くさいファンからの探りや媚売りが鬱陶しくなった。段々ライブが、現場が楽しいと思えなくなっていた。
彼にガチ恋ではあったものの、やはり私はライブが、音楽が好きだったのでそれが楽しくないとなると自然に足も遠のいていった。
毎回書いていた手紙に書く内容も変わっていった。これまでは彼をべた褒め120%の内容しか書いたことがなかったけれど、ライブの酷い状況を知ってほしい気持ちもあり、悲しいことが増えたということを書くことも増えた。

それからしばらくしてついに武道館でのライブが決まった。彼らは『売れた』。それと同時に私の気持ちも離れた。

これで最後にしようと決めて入ったライブは下手の壁側に寄って観た。どの曲も楽しくなくて最後までいるのもつらかった。
その日、彼と目が合うことはなかった。
一緒に行った友達が出待ちをしたいと言ったので付き合った。彼らが出てきて、姿を見て私は咄嗟に彼を呼んだ。しかし、振り返った彼は「ああ」とだけ言って微笑むこともなかった。
今思えば、きっと彼からはこちらが見えていたのだと思う。楽しくないという言葉を手紙に書いてしまったことで優しい彼は傷ついたかもしれない。いつもなら楽しく踊って観ていたはずのファンが壁に寄りかかって全く動くことなく観ていればいい気分はしないだろう。

キラキラ輝いていた彼との思い出、ふたりの間だけにあった特別、合わなくなった視線。
もう何もかも見失ってしまったのだと思った。

それから一度も彼らのライブを観たことはない。
私は別のバンドを追いかけ始めた。そのバンドも彼のバンドと同世代でインディーズの頃はよく対バンをしていたようなので、度々名前を見かけることことはあったものの、同じステージに立つところを見ることはなかった。
たくさんのバンドを観て色々なライブに行ったけれど、私は彼より好きなバンドマンに出会うことはなかった。この人よりも好きになる人は一生現れないだろうなと思った。

今もたまに、あの人どうしているのかなとふと思い出すことがある。あの頃はライブが楽しくなくなってしまったショックや悲しい気持ちでいっぱいだったので、なるべく見ないように目を背けてきたけれど、今となっては「あの頃の私、推しのことめっちゃ好きだったな、若かったな」と思えるくらいにはなった。
きっと無いとは思うけれど、生きている間にいつかどこかで彼に会うことがあれば、あのときのことを謝りたいし、あなたより好きな推しに出会えない人生ですと伝えてみたいような気もする。それくらい好きだった。

いや、やっぱりやめよう。もし会うことがあっても何も言わずに他人のふりをしよう。

大好きだった優しい推しへ。
これからも身体に気を付けてバンド活動頑張ってください。大好きでした。


なんで急にこんなこと書いたかというと最近読んだ漫画が配信者にガチ恋するファンたちを描いた作品で内容がとても面白かったからです。

もうかれこれ10年くらい前の話だしそういえば誰にも言ったことなかったな〜と思うなどしたので書きました。終わり。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?