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南米のデジタル音楽の現在地 エレクトリックフォルクローレと、それ以降 (月刊ラティーナ 2020年3月号掲載)

(始めに)
こちらはコロナ禍のごく初期に書かれたものです。読み返して、書いてあることは完全にコロナ以前の世界の話で、今現在は完全に変わってしまったなと言うのが正直なところです。
自分も同じなのでよくわかるのですが、彼らはノマド/ヒッピー的移動と交流を重ねることで切磋琢磨していました。例えばチリの奥地で集まりパーティをやると言うのはLCC時代の産物で、コロナと同時に閉ざされました。ベルリンやロンドン、アムステルダムのようにダンスミュージック大都市でコロナ禍でも何かしらの動きがあるような場所にいず、”辺境”にいる彼らは、それぞれの自宅に帰りそれぞれのクリエーションに戻っていったようで、この時期に届けられた彼らの音楽は共通にあったある種の緊張感が消え、それぞれの内面に対面しているようです。これはもちろんこのシーン、音楽だけではなく、コロナが起こした事象である意味ほとんどの人類に起こった変化だと思います。今現在のそれぞれのクリエーションを纏める共通点は私にはまだ発見できず、つい最近見たのがシンプルに「南米エレクトリック」って記述されてて、これくらいの括り方しかできないようなあって納得した憶えがあります。
本稿を今アップすることは、コロナがいかに世界を変えたか?以前と以後ではどう違うか?みたいな検証です。浦島太郎みたいな気分でアップします。(2022.11.6)

Special thanks to 東さん(latina)& 花田さん

(以下、本稿)

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ABLETON LIVEというラップトップ一台で楽曲制作ができるソフトが南米の地下音楽家にも広まり、テクノの4/4のリズムに南米の伝統音楽/フォルクローレの要素を乗っけループさせるという手法はそのダンスミュージックの最大公約数の快楽(ダンスフロアでの踊りやすさ)を手にした分、ラテンのリズムのコクやサボールは当然失なわれている。この点に於いてラテンというカテゴリーを用いるには気が引ける。自分の見方からしたら、南米のデジタル世代のプロデューサーたちが自分たちの伝統音楽を意識して作った新しいテクノとその現象。それを前提にして進めてみる。ちなみに、エレクトリックフォルクローレ、アンデスステップ、スローハウス、エレクトロクンビアなど様々な呼称があるが、特にまだ正式? なジャンル分けはない。


Chancha Via Circuito『Rio Arriba』(ZZK/2011年)


10年ほど前にブエノスアイレスから登場したZZK Records率いるデジタルクンビアがこの流れの主な水源であろう。代表アーティストの一人、チャンチャ(・ビア・シルクイート)が恐らく最初に作曲ソフトであるABLETON LIVEに、クンビアの魔物やアンデス/フォルクローレの聖霊を注入して楽曲を作ったパイオニアである。

そして、2015年のニコラ・クルース『Prender el Alma』のリリースはその流れから一歩先に進むことになる。この作品は、母国エクアドルや様々な南米フォルクローレの生演奏を巧みに打ち込み、その伝統リズムを繊細なシンセワークで再現し、下からはDJたちを唸らすベース音が迫ってくる。しかし彼は筆者のインタビューで「別にテクノ/ダンスミュージックのつもりで作ってないよ」と発言した。つまりは南米産の進行形の音楽を作っているだけだということ。その音楽が世界中のダンスミュージック好きに認められた、フォルクローレという音楽が世界のテクノ好きに認知されたという点に於いて彼の功績は改めて大きい。その前のデジタルクンビア周辺はまだ〝辺境〟や〝GLOCAL〟というワードで消化され、ワールドミュージックの域を越え切れてなかったが、ニコラ・クルースはSónarやMutekといった世界有数のエレクトロニックミュージックのフェスのトリを任されるまで認められた。


Nicola Cruz『Prender El Alma』(ZZK/2015年)

同時に、それより少し前、トーマッシュというDJがサンパウロに移住。ドイツ人のトーマッシュはそこでデジタルクンビア以降のトラックを発見し、自分のDJにとり入れた。テクノ/ハウスのBPM(ピッチ)にデジタルクンビア等の南米のトラックをMIXするためには、極端にBPMを落とさないとMIXできない。そもそもパイオニア社製のCDJなど当時のサンパウロで簡単に借りれたとは思えない。という訳でPC一台でヨーロッパのテクノを異常にBPMを落として、デジタルクンビア以降の南米産トラックをMIXする妙なスタイルで踊らせるアートコレクティブ、Voodoohopが誕生した。トーマッシュは南米中に散らばっていたDJ/プロデューサーを招聘して繋げて、サンパウロの赤線地区からミナスのジャングルでパーティを繰り返した。

Voodoohopは仲間内でプラグインを開発しシェアして各々が曲を作り、その曲をBandcampで発表。それをフリーでシェアして、お互いリミックスし合いDJでプレイしたりして輪を広げた。インターネット以降の繋がり方である。そしてニコラ・クルースやチャンチャはVoodoohopに出演し交流が深まり、アルゼンチンやブラジルその他南米、そしてヨーロッパのプロデューサーにもその手法がパーティとネットを通じて広まった。ノマディックな性格を持つこのシーンは、CD/レコードの〝所有〟する文化よりも、インターネットを通じた〝シェア〟のマインドと気が合うようで地下からどんどん広まった。実際、自分にも毎週のようにこれ使ってくれ、これどうだ? みたいに南米や世界中から勝手に曲が送られてくる。それを自分が週末にどこかでDJプレイする。そうして増殖している。

余談だが、ドラッグでいうとコカインではなくアヤワスカと言いたいが、ヨーロッパ人が持ち込んだケタミンもこの酩酊したスローグルーヴに合うのだ。

さて、2019年~今年にかけてこの流れがどうなっているか? 知ってる限りレポートしたい。


Barda 『Lembrança』(Shika Shika/2018年)


ニコラ・クルースはアルバム『SIKU』を発表。さらに今年に発表されたばかりの新曲では、モジュラーシンセを大胆に導入してソカやメレンゲのリズムを再構築。優等生的に手法だけに終わらず、彼独自のアシッドな音色はそのままにミュータントな新しいテクノを作り出した。モジュラーシンセの強度でストイックなテクノ好きも肯くフロアの鳴り、既に海外でもプレイしたがフロア受けもバッチリ。続いて、エレクトリックフォルクローレという言葉に一番忠実なのはバリオリンドと彼のレーベル、SHIKA SHIKAである。パタゴニア出身のトラックメーカーのBARDAはチャランゴの生演奏を取り入れ、フォルクローレの静の要素をエレクトリック化した『Lembrança』を発表。彼女のビオレータ・パラのダンスエディットも面白い。が、SHIKA SHIKAのリリースで昨年話題になったのはエル・ブオの『Camino de Flores』であろう。イギリス人である彼のリズムセンスは界隈で最もテクノ/ハウスリスナーにフレンドリーなイーブンキックであり、ウワモノはフォルクローレの美しい旋律や陽の部分が巧みにプログラミングされている。ダンストラックとしてもリスニングとしても両方通用する秀作である。他にも、SHIKA SHIKAの新しいコンピレーションにはガムランをフィーチャーするインドネシアのトラックメーカーもいて、その手法がアジア圏にも広がっているのが確認できる。


El Buho『Camino de Flores』(Shika Shika/2018年)

逆にパイオニアの一人であるチャンチャであるが、近年は生バンドでの活動が活発な様子。PCやシンセで構築するより、伝統楽器を取り入れた生演奏で南米フォルクローレの本質に迫ろうとする彼らしい挑戦で音源も楽しみである。他にもチリにはNOMADEというチームがいて彼らはヨーロッパで積極的にパーティをしている。なんとペルーのベテランのアマゾン・クンビアのバンド、ロス・ウェンブレスを招聘しVoodoohopのDJと組み合わせるという企画をしていた。アンセスターの知恵と行動を重んじるこのシーンの良さが垣間見えるブッキングだ。来日もするデンゲ・デンゲ・デンゲは自国のレジェンドであるサンボ・カベーロの叩くカホンのビートをサンプリングしたり、ミキ・ゴンザレスをアドバイザーに迎えた最新作、『Zenit & Nadir』を完成させた。アフロペルーのリズムの訛りを巧みにプログラミングした結果、ベースミュージック以降のテクノと比較しても遜色ないアンデスの呪の雰囲気を纏う新しい音楽に。実際ヨーロッパでは1000人規模の会場でワンマンをやるほど人気を得ているようだ。他にも、ヨーロッパサイドからの返答とも言える動きもあり、相変わらず楽曲は雨後の筍のように出てきている。

Dengue Dengue Dengue『Zenit & Nadir』(Enchufada/2019年)

それぞれの手法で南米アンセスターの知恵を受け継ぎ、同時に時代の最新のエレクトリニクスで進化して越境してパーティを重ねるうちに、欧米を前提にしたダンスミュージックのルールからは離れ新しいグルーヴの音楽が生まれている。それが新しいラテンなのかはわからないが、これを書いている今も、どこかのレーベルから新曲だというBandcampの通知メールを受け取っている。

(月刊ラティーナ 2020年3月号掲載)

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