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欲望をまなざす–百瀬文 《I.C.A.N.S.E.E.Y.O.U》−

AI美空ひばりは、戦後日本を代表する歌手、故・美空ひばりの歌声を人工知能(AI)の技術を駆使し、現代によみがえらせるプロジェクトだ。美空の生前の膨大な音声データをAIに学習させた音声ソフトによって、彼女の歌声を再現することができる。
 2019年9月に放送されたNHKスペシャル[1]では新曲「あれから」が披露されCGで再現された美空が4K・3Dホログラム映像としてステージに立った。
 この曲の作詞を担当したのは美空の生前最後の曲「川の流れのように」を手がけた秋元康だ。

「あなたのことをずっと見ていましたよ。」

これは曲中に挿入される語りの部分だ。「語り」はその他のメロディに乗った部分とは独立し、メッセージ性を大いに孕む。
 慕っていた他者が故人となってからも自身を見てくれている、という錯覚は手を握られたような安心感を覚える。しかしそこには「私を見て欲しい」という欲望と、その欲望を利用してメッセージを他者に語らせようとするもう一つの欲望が表裏一体で潜んでいる。[2]
 眼差しに含意される欲望を、百瀬文による3つの映像作品で構成された展覧会《I.C.A.N.S.E.E.Y.O.U》は浮き彫りにする。

展覧会タイトルに引用された作品《I.C.A.N.S.E.E.Y.O.U》では、真っ白い空間を背にした作家の顔が映し出され、頻りに瞬きを繰り返す。映像を見ていると、瞬きの間隔やまぶたを閉じる時間が一定ではないことに違和感を覚える。この不自然な瞬きは“I can see you”という文章をモールス信号に置き換えたものであり、瞬きをする女性を見ていた観賞者は、同時に女性に見られていたことが明かされる。

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《I.C.A.N.S.E.E.Y.O.U》 2019

何かを「見る」ということは、同時にその対象が誰かに「見られ」ていることに他ならない。一方的な欲望に晒される他者の存在に気づかされる。これは続く《Jokanaan》にも重なる。
 《Jokanaan》はリヒャルト・シュトラウス作曲のオペラ「サロメ」の1シーン––預言者ヨカナーンに激しく求愛するも拒絶されたサロメは、ヨカナーンを殺させ、その生首に恍惚としながら接吻をする––を題材とした作品である。2つの画面には、一方ではモーションキャプチャスーツを着てサロメ役として歌い踊る男性のダンサーが、他方ではその動きを元にCGで生成された女性=サロメが映し出される。両者の動きはシンクロして進むが、次第にズレが生じ、サロメの身体は物語のサロメの持つ欲望をも手に入れたかのように、ダンサーの動きを離れて独立して動き出す。

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《Jokanaan》 2019

モーションキャプチャー技術が用いられた映像を見たとき、我々は無意識のうちにキャラクターの動きを演じる演者の存在を忘却する。[3]
 ここでもダンサー自身が有するパーソナリティ(性格や喋り口など鑑賞者が知る由もない内面)を含んだ彼の身体は、サロメという苛烈で愛に狂った女性に統合される。本展のキュレーションを担当した根来美和は以下のように分析する。

男根ロゴス中心的な眼差しや欲望が、歴史を通して女というカテゴリーの歪んだ身体表象を生成し続けてきた。[4]

本作は無言のうちに形成されてきた男性主体の社会からの眼差しを問い直す。

《Social Dance》ではベッドに横たわる女性と、その恋人と思われる男性が映し出される。ろう者である女性は男性に対し、過去に自分自信を否定されたように感じた出来事を伝える。男性は弁解し、ときどき女性の手を握る。
 「手を握る」という行為は口と手がそれぞれ独立したコミュニケーションツールである場合、信頼や安心のジェスチャーとして受け取ることが可能だ。しかし「手」を主な会話のツールとして用いる女性にとって、その行為は「口を塞がれる」ことに等しい。「声」を奪われた彼女はその手を振りほどくことでしか会話を継続させることはできない。
 強者と弱者という立場がふとした瞬間に決定されてしまう危うい関係であることが示される。

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《Social Dance》 2019

百瀬は、見るという欲望に晒される他者や、キャラクターに統合され、忘却されてしまう演者の存在、当人の意思に関わらず変容してしまう関係性の不安定さを暴く。これらを目にしたときの皮膚がひりつくような感覚は、挙げ出したら切りがない数々の事例を我々が目にしながらも見逃してきた証左に他ならない。
 欲望が含意される眼差しを注視すること。そしてそこにはまた別の欲望が立ち上がり、それらは容易に転覆する危うさを秘めていることにも目を凝らす必要がある。[5]



[1] 2019年9月29日放送 NHKスペシャル「AIでよみがえる美空ひばり」
(リンク先は同放送の短縮版映像の公開サイト。)

[2] ライターの武田砂鉄はcakesの記事(ワダアキ考 〜テレビの中のわだかまり〜 )において、秋元による詞を以下のように批判する。
『これは「美空の願い」ではなく、「秋元の願い」なのである。』

[3] 冒頭で触れた「あれから」曲中の振り付けは天童よしみが美空の動きをイメージし、その動きをモーションキャプチャー技術で解析することで作成された。番組内での美空のステージ映像は、彼女の歌唱する映像に、その様子を目にして涙を拭う客席の映像がインサートされる。そこには自ら美空の動作を担当した天童が目に涙を浮かべる姿も見受けられる。ここでは天童の身体が「美空ひばり」というキャラクターに取って代わられたことは、天童本人からも忘却されている。

[4] 会場で配布された根来によるステイトメントより引用。
余談だが、「サロメ」も「美空ひばり」も、AI美空ひばりの開発に活用された音声合成技術「VOCALOID」対応の音源、およびキャラクターである「初音ミク」も全員「女性」である。

[5] 筆者による欲望がここで読者に向けられていることにも注意していただきたい。


《I.C.A.N.S.E.E.Y.O.U》
12/7(土)-1/18(土)月火休廊
※2019年12月28日–2020年1月7日は休廊
企画:百瀬文
キュレーション:根来美和
制作マネージメント:藤本一郎
グラフィックデザイン:熊谷篤史
協力:EFAG EastFactoryArtGallery 安達淳・髙橋義明、Artists’ Guild
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京

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