慌てず騒がず落ち着いて(Mリーグ)

 Mリーグ2022-23シーズンのセガサミーフェニックスは、セミファイナル進出を賭けて果敢に戦ったものの、最下位に終わった。終了後、吉野前監督は「選手には最後までセミファイナル進出を狙うよう指示した。最後にポイントを落としたことについて、選手に責任はない」と発言し、その責任を取るかのように監督を退いてしまった(実際には社内の異動に伴う人事で、懲罰人事ではない模様。その後の吉野前監督は選手控え室に顔を出したりして選手と変わらず親しくしている様子がカメラに映っている)。
 選手たちは任務を忠実に遂行していた。それは例えば近藤現監督の、目に見えて1枚しか残っていない白待ちフリテンリーチだったり、茅森選手のTEAM雷電狙い撃ちの和了り牌見逃しだったりした。そうしたハイリスクな挑戦の結果がどうなるかは最下位という結果が如実に示している。

 麻雀はゼロサムゲームだ。従って、すべてのプレーの期待値の総和は0である(オカ部分を除くと-5)。これが1対1の対人ゲームであれば、ただひたすらにリスクを避けて相手の自滅を待つという戦術も成立する。

 しかし4人打ちの麻雀では、危険を冒す者が勝利するWho dares wins.
 4人の内1人が低リスク戦略を採り、残りの3人が高リスク戦略を採った場合、高リスク戦略を採った中で幸運に恵まれた選手が勝ってしまい、低リスク戦略では逆転の余地がない。特にトップにオカのあるMリーグ・ルールでは、低リスクで2着3着を確実に狙う戦略ではトップラス戦略に期待値で追いつけない。よって、Mリーグで支配的な戦略は適度にリスクを取ってリードを築き、その後低リスク戦略に移行してリードを守るというものである。

 2023-24シーズンのフェニックスは序盤からひどい不運に見舞われ、新加入のBEAST Japanextと最下位を争う展開だった。昨シーズンと似たような展開に「まあこれは下振れを引いているだけだから」と静観していたファンも、11月下旬には-599ポイントの最下位に沈む様子を見て真顔にならざるを得なかった。
 年が明けて1月、応援に駆けつけた近藤新監督はチームに「慌てず騒がず落ち着いて」と指示を出した。まだ昨年のようなハイリスク戦術を採る時ではない。じっと耐えて上振れを引くまで待とう、と。

 麻雀はすべてのチームに平等なゲームであり、今までずっと下振れを引いていたから今度は上振れを引くはずだ、というのはギャンブラーの誤謬である。実際には昨シーズンのように、下位チームがそのまま上向くことなく敗退してしまう確率の方が高い。しかし、だからといって負けているからハイリスクな戦術を採ると、結局はライバルチームに低リスク戦術を採る余地を作ってしまって余計に不利になるのである。魚谷選手は「残り10試合で100点差までに入らないと厳しい」と言っていた。
 上振れを引く確率は低い。もう二度と訪れないかもしれない。それでもなお、耐えるという任務を遂行することでしか、現実的な勝ち筋はない。それをフェニックスは嫌というほど熟知しているのである。

「ハイリスクな選択」には実は2種類ある。ひとつはリターン(期待値)は充分だが、成功率が著しく低いもの。例を挙げると1月25日の茅森選手の四暗刻イーシャンテンを維持して危険牌を打つかどうかの選択である。この場面では、成功率が充分に高い七対子を重く見て茅森選手はコウツの中を外した。
 もうひとつは、成功率に対してリターンが低すぎるもの。1月8日の醍醐選手のオーラスで4mを押すかどうかの判断である。この場面では、着順の上昇も下降も確率が低く、しかしラス親への放銃の危険がある状況だった。醍醐選手は打4mの「期待値が低い」と見なして降りた。着順が変わらなければ押してもいい、というのは素点の期待値を考えない場合である。着順の上下がどちらも充分にあり得る状況なら、期待値のバランスは取れているが、どちらも低確率である場合は素点の期待値の比重が大きくなる。そのため、ハイリスクな選択を避けて醍醐選手は降りた。
 これらの選択の優劣とは別に、二人の選手は「慌てず騒がず落ち着いて」という監督の指示を忠実に遂行したと言える。実際の期待値がどうだったかはさておき、二人は自分の読みとチームの戦略に従ってハイリスクな選択を避けたのだ。

 この2月、ついにフェニックスは待望の上振れを引いた。22日までの3週間に同日連勝を含む+190.6のスコアを叩き出し、ついに7位雷電と85.6ポイント差の6位、昨シーズンは一度も浮かび上がることのなかったセミファイナル進出圏内へと躍進した。その差はわずかであり、一日でひっくり返される可能性もある。しかし、今やフェニックスにはこのポイント差を利用して下位チームを苦しめる戦術を採る余地が残されている。この85.6ポイントは、選手たちが歯を食いしばって得た縦深陣地なのである。

 残り18試合、チームの奮闘を最後まで見届けたい。慌てず騒がす、落ち着いて。

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