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昨今の中国経済について感じたこと〜大事なのはIT(ソフト)よりハードウェア〜

 Alibaba傘下のAntoの上場頓挫に始まり、上場直後のDidichuxingの当局の調査、さらにMeituan、Tencent、Alibabaへの罰金、数年前に比べると明らかに中国規制当局の巨大IT企業に対する締め付けは変わった。さらに突然の教育産業のを非営利化する通達も衝撃ではあった。これらの影響から、直近では、「世界時価総額上位10企業の中国企業が消える」という記事も出た。

1.感情ではなく冷静な分析が必要

 中国を嫌悪する者からはやれこれ、「中国のスタートアップは終わった」、「中国経済オワコン」等の声が滝のように殺到するであろう。深センは、「中国のシリコンバレー」ともてあまし、米中を二大スタートアップエコシステムと捉えた数年前の世情とは、確かに隔世の感を感じる。

 だが、かつて2008年のリーマンショックの世界不況からいち早く四兆元投資により国内経済を維持するばかりか、世界経済を牽引するに至った中国経済、その後もその巨額投資の反動を受けて、世間から悉く「中国バブル崩壊」と叩かれ続けても、2016年以降、BATやHuawei、Didichuxing、Meituaan等の中国スタートアップにより、又は、深セン、杭州等の新興都市により、フィンテック・O2O等のIT分野、スマートシティ分野で気付けば日本よりはるかに先を行ってしまった中国を見ていると、今回も「中国経済オワコン」と短絡的に決めつけてしまうのは極めてリスキーなのだ。そう、あのワシントンの対中世論を一気に変えるあたりメルクマールとなった「China2049」の著者、マイケル・ピルズベリーでさえも、「敵の自己満足を引き出して、敵に警戒態勢をとらせない」、「勝利を手にするまで、数十年、あるいはそれ以上、忍耐する」と言って、中国の長期的な戦略策定能力とこれに耐えうる忍耐力を警戒しているのだ。そういう意味では、この一連の中国経済の政策の長期的な目的・意図はどこにあるのかと冷静に分析をする必要がある。

2.「ソフトウェア」ではなく「ハードウェア」こそが大事

 この観点からすると以下の記事が非常に参考になるし、私の実感値に近い。この記事の要諦は、中国の重視するハイテクとは、ソフトウェアと言ったインターネット企業ではなく、これらを稼働するハードウェアを製造する製造業こそが政策の力点であるということだ。

(同記事より一部抜粋)
中国の電子商取引大手アリババグループやインターネットサービス大手テンセントホールディングス、配車サービスの滴滴出行(ディディチューシン)などのスーパースター企業に対する中国の規制強化は、欧米の投資家の目には自殺行為のように見えるに違いない。世界で最も成功しているテクノロジー企業を打ちのめすこと以上に、成長を阻害する方法などあるだろうか。だが習近平国家主席の考えは異なる。習氏はテクノロジーには「あればうれしいもの」と「なくてはならないもの」の2種類があると考えている。ソーシャルメディアや電子商取引、その他の消費者向けインターネット企業はあるに越したことはないが、世界で最も優れたグループチャットやライドシェアがあるかどうかで国家の偉大さが決まるわけではないとの見解だ。習氏は逆に、中国製造業の優位性を維持して脱工業化を回避し、外国のサプライヤーから自立するために、最先端の半導体、電気自動車(EV)用バッテリー、民間航空機、通信機器が必要だと考えている。そのため中国共産党は多面的な規制で消費者向けインターネット企業を締め付けている一方、製造業には引き続き補助金や保護を惜しみなく与え、「バイ・チャイニーズ(中国製品の購入)」の指針を出している。

 ハードウェア、製造業を重視する理由は、製造業の雇用吸収力にある。確かに、GAFAをはじめとする巨大なプラットフォーム企業は、高い利益率や圧倒的なスケールを理由に市場から今や200兆円を超える高い評価を受けている。GAFAは、製造物責任法等の規制が厳格で、巨額の投資を必要とする製造業を利益率が低いわりにリスクが高いと忌避すると言われる。

 但し、所得の分配、そして社会の均等性という面では、圧倒的に、製造業が優れる。ソフトウェア等のIT企業は売上(所得)と雇用する従業員数の相関関係がない(ないし極めて低い)。1億稼ぐのも、10億稼ぐのも、100億稼ぐのも、これに比して労働コストが増加しないということだ。これは労働者側の側面からすると、ソフトウェアエンジニア等、特定の職種にのみ所得が集中し、格差が拡大する要因となる。先進国ではアメリカ、新興国ではインドがこのパターンだ。この点、製造業は、売上(所得)と相関関係があり、10億円分生産するのと、100億円生産するのでは、従業員数は大きくことなる。先進国では、日本、新興国では中国がまさしくこのパターンだ。

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 この写真は、改革開放初期の写真ではあるが、中国では今でもこういった光景が広東省の華南でも、上海の華東の工場区でもよく見られる。付加価値が低いとはいえ、EMS等のアセンブリー製造業の雇用吸収力は高く、数千人、数万人の労働者をひとつの工場区で食事・住居の提供まで含めて提供するのが中国の製造業の特徴だ。加えて、こうした労働者も含めた量・質揃った中国の製造力は、世界経済のサプライチェーンの中に重要な役割を果たしてきた。スマフォにせよ、PCにせよ、その他家電にせよ、人件費が安く良質なインフラを持つ中国を組み立て工程に組み込むことで、グローバル企業は、低価格で製品を市場に供給できた。コロナ渦で、マスク等の医療物資がみんな中国で製造してサプライチェーンの軟弱性が指摘されたことにも想起される。

3.ブルーカラー(工場労働者)が深刻な不足。

 目下、この製造業の担い手である工場労働者(ブルーカラー)は深刻な供給不足に直面している。統計上、中国の労働人口は、早くも2010年から減少している。深セン、東莞といった華南の製造業では、どこもかくもブルーカラー不足に頭を悩ましている。実際、日系企業間の商工会でも、現地企業の経営者にインタビューしてももうここ5年以上、この問題が経営課題の1位、2位に常に上がっている状況だ。

 いくらFacebook等のSNSや、UBER、Didiのモビリティ、AmazonといったECが発展しようとしてもそれを担うPCやサーバーといったハードウェア、電子機器がなければ、全て無意味である。その意味で、製造業は、IT産業の土台となる基幹インフラ産業でもある。もちろん、中国は、製造業全体のエコシステムの中で、半導体産業に代表されるように、組立工程に強みはあるものの、長い時間と費用の蓄積を要する最先端技術の開発工程は弱い。それでも、その桁違いの労働人口、良質なインフラにおいて圧倒的な存在感を果たしてきた。そして、上記にも述べた通り、その雇用吸収力、所得の分配力が、社会の安定性を求める中国政府の需要にもまさしく合致するのである。

 以上述べた通り、①外向きには、世界経済における製造大国としての中国のメリット、②内向きには、製造業の雇用吸収力による中国の社会の安定性に寄与するメリット、この2点からIT産業よりも製造業に力を入れていきたいのが本音であると推測する。エンジニア等の一部の職種が富を独占し、格差が大きいアメリカ的産業構造を目指すよりも、広く富を分配する産業構造を志向するのが中国とも言える。

 最終的に、これらの政策がその目的である国内製造業の維持・強化に繋がるかはまだまだ分からない。とわいえ、一見、日本(人)から見て、不合理、ときにはバカにしたくなる政策であっても、中国という特殊な国の環境下において、長期的に見れば、うまく言ってきた政策も多くある。今回のこれらの政策も、今後の動向を注視していきたい。

 



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