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マークの大冒険 古代エジプト編 | 青き春の思い出

授業が終わり、次の授業までの移動時間、マークたちはキャンパスの中を歩いていた。そして、どの大学でも恒例と言える男子学生の間の女子の品定めトークが行われていた。

「あさみん、良いよな。普通に可愛い」

「俺はながれんかな」

「ながれん彼氏いるで」

「マジかっ!それどこ情報?」

「一週間くらい前に増田から聞いたけど」

「ショックなんですけど!」

「女子なら幾らでもいるだろ。次はフラ語の子狙えば?」

女子なら幾らでもいる
星の数ほどいるともいうが、統計学的な真面目な話をすると、性別、年齢、在住地域、言語の壁、好み、性格などで絞っていくと、運命の人は一握りしかおらず、実は天文学的な確率である。そういう人に出逢えたのなら、絶対に手放さないこと。

フラ語
文学部フランス語学科の略称。マークの大学ではフランス語学科には美女が多いという。偏見的大学あるあるのひとつ。そもそも美女の定義は人それぞれ。

「あそこは敷居が高すぎだろ。俺ら史学科はお呼びじゃないって感じ」

「入る学科間違ったよな。史学は芋しかいないからな」

「それは失礼!まあ、ほんとだけど」


田舎っぽくて、どこかダサい冴えない女子の意。確実に炎上するので、口の固い友人の前でしか、そう言った類いのことは言ってはいけない。そもそも言わないのが最も良い。

「けど、リサちゃんはフラ語と張り合えるじゃね?」

「あれは神。芸能界にいてもおかしくないレベル。ちな、彼氏はいない。チェック済み」

「だけど、既に突撃した先輩とタメ合わせて何十人も振られてるんだろ?」

リサ
文学部史学科の高嶺の花。帰国子女で、容姿端麗にして才女。英語はペラペラ、フランス語も少しできる上、ファッション誌の学生モデルもしている。「天は二物を与えず」という諺が真っ赤な嘘であることは、彼女を見れば誰でも分かる。

タメ
同級生の意。または浪人で年齢はひとつ上だが、同級生であることを指す。

「望みないじゃん。脈なし確定」

「あれじゃん、いないと言って実は彼氏いるパターンだろ」

脈なし
意中の相手に全く興味を持たれていないこと。それでも、推しが幸せならオーケーです!という広く寛容な心を目指そう。

いないと言って実は彼氏いるパターン
いるけど面倒だから、いないと言って話を広げさせないタイプ。逆パターンもあり、いないがいると言って脈なしの相手に壁をつくり、寄せつけないパターンもある。諸君、人の言葉を安易に信じてはいけない。痛い目に遭うぞ(笑)。

「かもな」

「マークは?」

「何の話?」

「どの女子が良いかって話」

「雑魚どもが。ボクはジェシカさん一択だ。男なら一途しか勝たん」

「誰?」

「マジで誰だよ」

「知らないのか?アレクサンドリアネキを」

ジェシカ
マークの大学の近くにある西洋古典を専門とした古書店アレクサンドリア書房の書店員。マークの意中の人だが、いろいろと謎が多いミステリアスな女性。

ネキ
お姉さんの略称。お兄さんならニキ。

「知るわけないだろ」

「アレクサンドリアネキって、なんか強そう?」

「アプリゲーのアカウント名にいそう」

アプリゲー
スマホ用のオンラインゲームを指す。

「古書店の爆美女店員だ」

「なんだ、うちの大学の子じゃないのかよ!」

「絶対に狙うなよ!?」

「その本屋も知らないし、誰やねん」

「何歳?」

「歳は知らん」

「知らないのかよ」

「レディに年齢は聞くもんじゃないぜ。まあ、たぶん23、4だと思うけど」

「おばさんじゃん」

「おばさん?このコンプラと多様性の時代に何て発言だ。炎上するぞ。ロリコンどもが。まあ、キミらじゃ到底相手にされんと思うがね」

おばさん?
年齢にまつわるこうした発言は、後々自分の首を絞めていくことになる。人は誰でも歳を取る。もちろん若い頃にはそれが実感できないし、この若々しい時間がずっと続くものだと錯覚もしてしまう。良い生き方をすれば、年齢を重ねるごとに魅力な人間になっていく。

「いや、お前もだろ」

「まあ、確かに。だが、ボクは話せるだけで良いんだ。推しの幸せを遠くから見守るのが、粋な作法ってもんだぜ」

「いや、付き合えなきゃ意味ないじゃんか」

品定めトークが盛り上がる中、授業の始まりを告げる校内の時計台の鐘が鳴り響いた。


「やべっ、チャイム鳴っちった!マーク!2限終わったら、方食に集合な!」

「うい。ボクは次、空きコマなんで食堂で先に席取ってるよ」

空きコマ
開講中だが、授業が入っていない時間帯を指す。

「ナイス!さすが」

同級生グループから別れたマークは、方舟食堂に向かった。

方舟食堂
ノアの方舟を模した大食堂。通称、方食(はこしょく)。マークが通う大学の食堂で、大学のシンボルとも言える時計棟を超えた先に位置する。英国式の内装で、入口に古代ローマの政治家キケロのラテン語格言が刻まれた看板がかかっている。

「今日はランケの人名辞典を読破するぜ!」

ランケの人名辞典
ドイツの古代エジプト語研究者ランケの著作。古代エジプト人のあらゆる人名をまとめたリストで、出版から長い年月を経た今でも多くの研究者が使用している名作。

マークは方舟食堂に入ると、一番奥の4人席に腰掛けた。漆喰が施された高い天候と壁、大きなステンドグラスに日光が差し込み、床を虹に染めていた。鞄を置くと券売機に向かい、アイスティーのボタン押して食券を取った。提供カウンターから飲み物を受け取ると、マークは席に戻った。食堂には女子グループやカップルが点在し、楽しげに会話していた。マークは鞄を開けるとA4のコピー用紙の束を取り出した。大きなクリップで止められたコピー用紙は、ウェブ上にPDFで公開されているランケの人名辞典を印刷したものだった。

「この前、大学の博物館で見た棺に記されていた人名は複数登場するが、綴りが安定しなかった。パシェリまでは読めるんだが、その次は不鮮明で、綴りも登場箇所によってブレる。末期王朝かプトレマイオス朝のものであることは間違いないし、上手くすれば家系図が復元できそうだ。親がジェドホルというのははっきり読める。棺の身が浅い特徴も後期の特有だし、凝った造りからも神官家系の棺には間違いない。香油が変色して真っ黒になった部分が多過ぎて読めないが、スキャナーにかければ解読できるはず。文学部の研究費割り当てが少な過ぎて、検査に出せないのは惜しい。文系の永遠の悩みだな。いずれにせよ、夏休みの発掘調査までにいろいろと勉強しておきたい。どんな発見があるのか楽しみ過ぎる。ひょっとしたら、ボクらが世紀の大発見、ツタンカーメンの黄金のマスクと並ぶお宝を発見してしまうかもしれない」



Shelk🦋

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