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写真集「NATURE GUIDE」を読むためのガイドブック #2

写真集「ネイチャーガイド」は、90年代、小さな自然を人工的につくろうとした実験場をめぐる写真集です。

アリゾナへ

はじめてアメリカへ渡ったときの体験を書きます。2008年11月、アメリカはアリゾナ州第二の都市ツーソンに飛びました。着いてすぐに、オバマさんの大統領選挙の勝利がありました。滞在先ホストのおばあちゃんとその家族とで、テレビで応援したのをよく覚えています。

私は文化庁の奨学金を幸運に得ることができて、1年間アメリカに滞在しました。まずツーソンにあるアリゾナ大学にvisiting artistとして籍をおかせてもらい、4月間ほど集中してバイオスフィア2を撮影しました。そのあとアーコサンティというアリゾナ中部にある実験都市に2月間ほど滞在型のワークショップに参加しました。その後、アリゾナの暑さから逃げるように、NYに向かって車を走らせます。NYのマンハッタンに4月間ほど滞在しました。

バイオスフィア2

バイオスフィア2はNATURE GUIDEを撮影した実験施設です。初めて実際に見たときはドキドキしました。小学校のときに夢中になったガンダムのスペースコロニーがある世界に入ったような気分です。わずか8人のためのサイズですが、宇宙空間でも生活を維持できるような、空気、水、食料を生産できる疑似自然環境とライフラインがつくられていました。
その施設が、直立するのはサボテンだけというような砂漠のなかにぽつんとあります。科学者にとっての壮大な夢である実験場は、広大な自然環境の中ではあまりにも貧弱にも見えました。哀愁と科学者に対しての慈しみの情を感じました。

アーコサンティ

アーコサンティは、アリゾナ中部のやはり都市から離れた砂漠にあります。メサと呼ばれる川の浸食でできた高台につくられた実験都市です。
1970年に建設がはじまり、私がいた当時、70人くらいが住んでいました。建築家のパオロソレリが提唱した、アーコロジー(アーキテクチャーとエコロジーを合わせた造語)というコンセプトに則って、高密度で自然環境への負荷を最小限にする設計が考えられています。中心から外側に層を重ねるように増築を重ね、(玉ねぎのようなイメージ)必要最低限の土地しか使用しません。青写真では5,000人を収容する都市を描いています。ソレリが住人と一緒に住みながらコミュニティーを育て、建築理念や設計方法を教え、住人全体で都市像を共有しながら、自分たちの手で建設をすすめます。

私はワークショップに参加しながら、住人しか立ち入れないような個人の部屋などにも入って撮影をさせてもらいました。
時代性からヒッピーカルチャーの影響はあると思いますが、決して思想的な閉鎖性は感じられず、オープンな場所でした。住人はみんな仕事の役割があって、規則正しく健康的な労働と住環境がそろっています。観光として滞在も可能です。

アリゾナ全域で言えることですが、原住民の生活の痕跡がそこかしこにあって、その文化からの影響が感じられます。観光地となるような大きな遺跡もありますが、アーコサンティ周辺を散歩していても、原住民が描いた岩絵(ペトログリフ)が風化してはいますが、発見することができます。
メサと呼ばれる自然の造形もそうですが、原住民の生活の痕跡に触れることは、千年という単位で風景の歴史を考える機会になります。人の生涯のように、都市の誕生からその終わりまでの変遷を、アーコサンティという場所は想像させてくれます。

マンハッタンで考え中

アリゾナを出発し、車でNYに向かいます。
NY州北部に入り、南下しマンハッタンを目指します。初めて遠くにマンハッタン島を確認したとき、日本の軍艦島みたいだと思いました。
小さな島に溢れんばかりに高層ビルが乗っかっていて、重さで沈むんじゃないかというような具合です。
20世紀を代表する近代都市のアイコンであるマンハッタン。その歴史をちょっと勉強すれば、その実験都市としての性格が見えてきます。
ヨーロッパの建築デザインを表層的に借用し、最先端の建築技術と、グリッドに分割する土地利用の効率化を条件に生まれたのが、高密度都市マンハッタンです。
バイオスフィア2とアーコサンティを旅してきた後の私の目には、マンハッタンもまた不思議な実験場でした。

アリゾナの友人の紹介で、イーストビレッジの古いアパートの一室に滞在することができました。
築100年以上経つアパートメントがたくさん残っているイーストビレッジにいると、なんでもピカピカの東京と対照的でどちらが歴史が深いのかわからなくなってきます。
レンガを積みあげたアパートメントの、自分の住む小さな一室には小さな窓があり、その向こうにまたレンガの外壁があります。閉じこもっていると洞窟にいるようでした。
広い眺望を求めてよく屋上に上がりました。屋上には住人が加工した彫刻のような煙突だったり、ほかにもDIYによる設備や造形がありました。それが気に入って、NYでは屋上からの写真をたくさん撮影していました。

バイオスフィア2とアーコサンティを回って、また私の関心は都市に戻ってきました。マンハッタンの住人の視線で自然や環境について考える。そこから自分の住んでいる東京への視線に至るのは難しくないように思えました。とても遠回りしながら、自分自身の生活に関心が戻ってきます。なのでぼくの作品はとても遠回りしているそのプロセスにあるものです。作品をつくることはとても非効率的な作業です。遠回りの最中に想定外のもの・ことに遭遇します。そこで行き先が変わっていくこともしょっちゅうです。

誰でも旅行をして帰ってくると自分のいたところが新鮮に見えるという経験はあると思います。日常を対象にして作品として成立させるのは、高次な抽象化の作業が必要なのだと思います。

(2024.7.10 更新)




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