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2017.10.13 銀杏BOYZ 日本武道館

今から4年前の今日。銀杏BOYZ、峯田和伸を初めて観た日。

当時の自分は就活を既に終えた大学4年生で、その日はある資格の取得に向けての内定者勉強会という行事があり、着慣れないスーツをかっちり着せられて参加していた。

講師役のベテラン社員がべらべらと講釈を垂れ続ける音だけが響く中気が早いのも承知で、配られたプリントの端っこに勝手なセットリストをひたすら書き殴り続けて終了の時間を待つ。

定刻通り解散が告げられると、同期の誘いをスルリと交わして、カツカツと革靴の音を大きく鳴らしながら一人駅まで走った。
断りの際はちょっと武道館に用事があって、なんていうわざとらしく含みを持たせたような言い回しをしてしまうくらいに胸の高鳴りは抑え切れてなかった。ただ何のライブかはあえて伏せて。上手く説明できないけど銀杏BOYZのライブに一人で行く、ということに対して自分の中で何となくの恥じらいはあった。

その日はどんよりとした空模様で霧雨がぱらぱらと舞っていた。軽く汗ばんだ体と安物のリクルートスーツに染み込んだ雨の匂いが少し嫌な感じ。傘は持ってなかったし最後まで買わなかった。軽く濡れてた方が何となくいいなって、ドラマの見過ぎ的思考に陥るほど浮かれてたのかもしれない。

銀杏BOYZを知ったのは、昔付き合ってた彼女が突然に援助交際をしていたという事実を自分に打ち明けてきたことがきっかけだった。夜中の電話中のことだった。

良くも悪くもいろいろ経験して悟りすぎた今となっては気持ちの処理も容易にできたかもしれないけど、当時はまだまだ未熟も未熟で、しかも援助交際なんかウシジマくんの世界でしか耳にしたことがなかったほど純粋すぎた故に、その結果地獄の苦しみを味わうことになってしまった。振り返るとかっこ悪くてダサくて恥ずかしい記憶。

それからの毎日は彼女のことで不安で不安で、生きた心地のしない毎日を過ごしていた。そんなある日の深夜のこと。何気無しに援交少女のドキュメンタリー番組をYouTubeでぼけっと眺めてたら、関連動画に「銀杏BOYZ - 援助交際(Music Video)」が出てきた。これが銀杏BOYZとの初めての出会い。

銀杏BOYZというバンドについてはフェスで全裸になって書類送検されただとか、少しだけ予備知識があったからぶっ飛んだことを歌うバンドなのかなっていう何となくの印象だけは持ってた。
そんな人たちが歌う援助交際という曲は、さぞかし援交最高だぜなんてことを高らかに叫ぶだけの低俗な歌詞なんだろうなって、自分の気持ちなど分かるはずもないと、半ばムカつきながらも興味本位で動画を再生した。

スマホの小さな画面に映し出されたのは、もさくて汚い男がゲボを吐くように叫び散らかし、人間の汚い部分をこれでもかと全て曝け出すような、人生で初めて目にする混沌とした美しさ。見事なまでに期待を裏切ってくる勝手に抱いてたイメージとは真逆の、胸が詰まるような切ない歌詞とメロディに一瞬にしてやられてしまった。今までに経験したことのない衝撃的音楽体験に放心状態の自分。

脳天に稲妻が突き刺さったかのような衝撃は翌日も後を引いて、近所の蔦屋まで全速力で自転車をこいだ。いや、全速力は嘘だったかもしれないけど、間違いなくドキドキはしてた。銀杏のCDを全てレンタルすることに、ただならぬ期待で胸がいっぱいだった。
援助交際という曲は自分のためにある曲なんだと、当時心の底から本気で思っていた。これも今振り返れば痛々しくてダサい過去だけど、そのときはそう思ってしまったのだから仕方がない。当時は大マジだった。

その後は銀杏にどっぷりの毎日で、あいどんわなだいで見事に頭がおかしくなり、トラッシュでもっとねじが飛んで、BABY BABYであらゆる人や過去、未来に想いを馳せた。
電車、授業中、チャリこぎながら、ほとんどの時間で銀杏の音楽に耳を支配された。家にいるときも取り憑かれたように聴き続けた。正直おかしくなってたのかもしれない。何かにすがってないと崩れてしまいそうで。その対象が銀杏の音楽だった。残酷なまでの救いだった。

問題なのはこの気持ちを発散したり共感を求めたりする相手が身近にいなかったこと。銀杏聴いてる友達なんていなかったし、あいどんわなだいとかトラッシュを勧められる訳がなかった。一緒にライブに行ってくれる人なんかはもってのほか。
カラオケでは銀杏の曲何が入ってるのかこっそり確認しつつそっと画面を元に戻して、当たり障りなくひたすらスピッツを歌い続けた。チェリーは人生で何回歌ったんだろうか。

そして2017年の、確か春頃。銀杏BOYZが日本武道館でライブをやることを発表した。
これは本当に凄いことだと、身近な友達に感動を伝えたかったけど分かってくれる人など当然いなくて、その日からツイッターで「銀杏BOYZ」とエゴサーチをする習慣が始まった。
武道館絶対行くとか、この曲最高とか、ちらほらと流れてくるツイートに首がもげるほど頷きながら画面を眺める毎日。せめてもの顔の見えないファンたちの言葉を勝手に受け取って、心を通わせた気になりたかった。
ちなみに毎日エゴサしてるとよく見かける決まったファンが何人かいて、後に今の趣味アカウントを作って片っ端からフォローしていって今に至る訳だけど、それは武道館が終わって少し経ってからの話。

息を切らしながらようやく武道館に着く。間に合った。今までどこに潜んでたか分からない、身近には一人もいなかった銀杏のファンたちで溢れ返ってる様子にちょっと感動した。
意外だったのは小洒落た人が多かったこと。音楽性的に、もっともさい人たちが集まってると思ってた。少し驚いた。

事前に通販で買っておいた白地に赤文字の武道館記念タオルを首にかけて自分の席に向かう。
隣の席にはツイッター上でチケットを譲ってくれたUさんが既に座っていて、他愛のない話をぎこちなく喋りながら待った。
介護のお仕事をされていること。職場ではいろいろと大変なこと。最近子どもが産まれたこと。待ち受け画面は産まれたばかりのお子さんの写真だったのを覚えてる。
チケット譲渡の際自分のツイッターを少し見てくれてたらしくて「野球好きなんですね、僕学生時代野球部だったんです」とか「プロレスも好きなんですね、実家にnwoのTシャツ多分あります」なんてこともぎこちなく喋ってくれた。お互い人見知りだったから物凄く途切れ途切れの気まずさ漂う会話だったけど、とても優しい人柄だけはちゃんと伝わってきた。

会場が暗くなって、ようやくライブが始まる。さっきまで大人しかったUさんが急に立ち上がり大声をあげてびくっとする。
オープニング映像が終わり、いよいよ袖から峯田が現れた。
峯田がスタンドマイクに向かうまでの数秒間の光景は今でもはっきりと覚えてるのだけど、本気で神様を目撃したと思った。信じ続けてた音楽の創造神がそこにはいた。モッズコートを着た浮浪者のような姿に、真の光を感じた。

ライブの感想を書くとキリがないので一番印象に残ってることを一つだけ。
8曲目に披露されたのがクリープハイプの二十九、三十のカバーで、人生に思い悩み葛藤する歌詞を峯田が不器用に歌い上げる姿に心打たれて、その時何となく隣のUさんを横目で見ると静かに涙していた。
ライブ前に過酷そうな仕事現場の話を聞いてたから、思わず耐え切れなかったのかなって思って、こっちまでじーんときた。
それでも就職前のだらだらした生活を送っていた自分は最後まで涙を流すまでには至らなくて、社会人として苦労を覚えてたらちゃんと自然に泣けてたのかなって、この歌を聴く資格はあるのかなって、何も頑張らず体たらくな毎日を過ごす自分をライブ中情けなく感じてしまった。
でもそれと同時にいろんな境遇の人たちがそれぞれの思いで会場に集まってそれぞれに発散しに来てるのかなって、感慨深くもなった。

ライブが終わり、よそよそしくUさんと良かったですね、なんて会話しながら会場を出る。
二十九、三十のとき泣いちゃいましたって、Uさんが自分から言ってきた。気付いてましたよなんてことは言わずに、僕も泣いちゃいましたって強がりのつもりなのか嘘で返す。でも心打たれたことだけは嘘じゃない。またいつの日か銀杏のライブに来る頃までにいっぱい苦労して必死に生きて、涙が自然と流れるような人間になろうと決心した。

Uさんとは途中まで一緒に帰って、どっかの駅でお別れした。ありがとうございましたとダイレクトメッセージだけ送って、それ以来会うことも連絡を取ることもない。まだ銀杏を聴いてるかは分からないけど、今もどこかで幸せに暮らしてるといいなって心から思う。

あの日から4年が経って、書き切れないくらい本当にいろんなことがあった。辛いことの方が多かったのは間違いない。
今は地元を離れて猫とささやかに暮らすという、子どもの頃からの小さな夢をちゃっかりと叶えてる。
それでも今後の人生に悩みと不安は尽きない。自分の一年後の状況すら読めないというのに、世の中全体もこんな事態に陥ってしまった。

26歳になった今、あれほど狂ったように聴いていた銀杏BOYZはもうすっかり聴いていない。まるで長い悪夢から目を覚ましたかのような。身体中に回った毒がやっと抜け切ったかのような。銀杏BOYZという自分にとって救いであり呪いであった音楽はいつの間にかきらきらとした何かに溶けていったような気がする。あの頃に比べたら格段と心も穏やかな毎日を今は過ごしてる。

次は今が幸せだと胸を張って言えるような未来で、かつての思い出を懐かしむように、高みの見物かのように銀杏BOYZのライブが見れたらいいなって思う。これが将来の夢の一つなのかもしれないと、つらつらと拙い駄文を書きながら最後に思った。

生活は嫌でも続いていく訳で、生きてればいろいろある。辛く思い詰めてしまうような夜を何度も越えていかなくてはならない。考えただけで気が遠くなる。
銀杏BOYZの音楽がうるさいほどに鳴り響く過去をたまには振り返って、今の方がマシだなと、勇気を貰いながら前に進んで行こうと思う。

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