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記憶。

タイトル通り、今日は記憶について話していきます。

記憶をたどって行くと、どこまで行けますか。高校の頃の友人に、母親のお腹の中にいた時の記憶を持っている人がいました。医学的に、ない訳では無い見たいですね。自分はもう小学校とかの記憶は殆どないです。
でも、大切な所だけは確かに残っています。

父親がいました。いや、基本的に皆いるんですが。離婚したようです。自分が3歳か4歳の時に。
どんな父親かって言うと、ギャンブルにハマって、金遣いが荒い。平気で詐欺を繰り返して、刑務所送り。最近は見る目が多少なり変わってきましたが、基本、社会のタブーとされる入れ墨。それを掘る人。つまり入れ墨師。ここまでが自分が聞かされているところです。
ただ、自分の記憶では、優しい人でした。玩具が欲しいと言えば買い与えてくれた。本格的にマジックが好きで、とても楽しませてくれた。紐を通した五円玉が重力に逆らって登って行くとか。鉄の輪っかが腕を通り抜けたりとか。トランプで選んだカードを必ず当てられたりとか。喋るのがうまかった。楽しい人でした。

人から聞かされなければただのいい父親で終わっていたのに。死んだとか言われれば納得するのに。わざわざ話すんですよね。

記憶と、聞いた人物像が全然違くて、未だに別人だと思ってます。そんなことはないんだろうけど。

父親の記憶をなくせればと思っています。そしたら、何か理由があったんだって同情なんてすることも無いし、どうしようも無い屑だったんだなって思えるし。会ってみたいとか、話がしてみたいとか思うことも無いし。

でも何故か、忘れることはないんですよね。多分、自分にとっては何か、大切な事なんだと思います。今の自分を構成するものの一つとして。

今でも夢に出てきます。時にはいい思い出の夢として。時には悪夢として。

そんな感じの記憶、誰にでもあると思います。自分の意志とは関係なしに脳が勝手に判断して、必要なものとする。便利なものを持っていますね。
人間は不自由ですね。

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