ハードSF+エロギャグの異色作「人間製造機」/考察ドラえもん②

「人間製造機」
「小学六年生」1974年7月号/藤子・F・不二雄大全集2巻

この夏「ドロステの果てで僕らは」という映画を見た。これはF先生を師事する「ヨーロッパ企画」の上田誠氏が脚本を書いたSF(すこし・不思議)な物語で、中身にはここでは触れないがF先生のテイストがオリジナルで実写化されている稀有なる作品であった。

この映画の中で劇場人物がドラえもんより好きな作品ということで「SF少年短編集」に言及しているシーンが出てくる。F先生のSF短編集については別稿で述べていきたいと思っているが、こちらで描かれるSFは、少し・不思議ではなく、きちんとしたサイエンス・フィクションに分類される作品群である。ドラえもんなどの少し・不思議と区別して、これらをハードSFとして理解しておきたい。

本作は自分としては通常のSFではなく、ハードSFに属しうる作品であると思っている。さらに、SF短編集で時おり描かれる、下ネタが加わっている点が特徴的だ。「少し・不思議」が子供向けだとすると、短編集のハードSFは大人の香りがするわけだが、本作はその中間に位置付けられる作品である。

冒頭から見ていきたい。

ジャイアンとスネ夫が、精巧な船のプラモデルを作っている。のび太は手伝おうかと声をかけるが、のび太では船が沈んじゃうとバカにされる。これに腹を立てたのび太は、ドラえもんにもっと凄いものを出してほしいと頼む。この時、しずちゃんと一緒に作ろうとしている点に着目しておきたい。

ドラえもんは何だか忙しくしていて、のび太の頼みを一顧だにしない。そればかりか、部屋にある機械には触るなと冷たく言い放つ。もちろん触るなと言われて素直に従うのび太ではない。「ぜひさわろう」と部屋に向かう。はたして、部屋にある機械は赤ちゃんを作ることができる「人間製造機」であった。

材料は身の回りの物だけで、可愛い赤ちゃんが作れるという恐ろしく倫理観の欠けたひみつ道具である。ドラえもんが触るな、というのも良くわかる代物である。そこに未来デパートから引き取りにくるが、のび太は持ち主がいないといって帰してしまう。「作るぞ!みんなをアッと言わせてやるぞ!」と全く後先を考えないのび太であった。

早速材料集めに動き出すのび太。必要な材料は、①「脂肪」せっけん一個、②「鉄」くぎ一本、③「りん」マッチ百本、④「炭素」えんぴつ450本、⑤「石灰」コップ1杯、⑥「いおう」ひとつまみ、⑦「マグネシウム」ひとつまみ、⑧「水」1.8リットル で3000グラムの赤ちゃんが作れるという。

これらを全部ひとりで集めるのは難しいとみて、のび太はしずちゃんにヘルプを求める。そしてここで伝説の下ネタが登場する。

「二人で一緒に作らない?」とのび太。「何を?」としずちゃん。のび太が「赤ちゃん!!」と答えると、無表情で聞いていたしずちゃんは豹変し、「へんな冗談はよして!」とのび太をギタギタにしてしまう。

「なんであんなに怒るのか…。全く女の子って理解に苦しむよ」とのび太は自らのセクハラ発言に気が付かないままであった。ちなみに、気のせいか、本作のしずちゃんは、ノースリーブのワンピースを着ていていつもより女性っぽく描かれているような気がする。本作はテーマやギャクなどを意図的に大人向け・思春期向けにしているものと思われる。

さて材料を揃えて機械に入れて後は待つばかり。そこにドラえもんが帰ってくる。ドラえもんの言うには、「人間製造機」は欠陥商品で、生み出した赤ちゃんは超能力を持ったミュータントになってしまうという。未来の世界ではそのミュータントたちが人間を征服しようとして国連軍と戦うことになったらしい。そうした一本の映画が作れてしまいそうなSF設定を数コマで処理してしまうのがF先生らしいところ。

震えあがったのび太は、実は作ってしまったと白状し、慌てて機械のもとに駆け寄る二人だったが、既に手遅れでいかにも不気味なミュータントが製造されてしまっていた。ミュータントの念力によってドラえもんは倒され、のび太はミルクを持って来いとテレパシーで要求される。

そんな修羅場にしずちゃんが登場。さっきはゴメンねと謝りに来たのである。そこに哺乳瓶を持つのび太、しずちゃんは「誰のミルク?」と聞くが、のび太はさらりと「僕の赤ちゃん」と答えて、しずちゃんの怒りを再度買ってしまう。

またギタギタにされるのび太だが、哺乳瓶も割れてしまう。それを見たミュータントはしずちゃんを電気死刑にすると襲い掛かる!

そんな絶体絶命の瞬間、ドラえもんの「逆時計」によって二時間の時が戻され、ピンチを脱したのであった。(画的には、凹んだドラの頭に注目)

ラスト一コマでは、冒頭船を作っていたスネ夫とジャイアンが、またバラバラの部品に戻ってしまった状況に困惑する姿で朗らかに幕を閉じる。

本作は、人間製造機という倫理観を問われるひみつ道具、未来でのミュータントとの戦争を示唆するハードSFの設定、そこにしずちゃんを巻き込んだ赤ちゃんギャグを加えて、何とも奥深い忘れ難い一本となっている。

ハードSF作家としてのF先生については、今後も折をみて触れていきたいと思う。

後日追記:しずちゃんにエロネタをぶち込んで激怒されるエピソードが他にもある。実は本作と同じ月(1974年7月)に刊行された「小学三年生」に掲載「うちのプールは太平洋」がそれ。このお話では、「シネマラン」という自分の回りが広がったように思える効用がある薬を飲んで、お風呂をプールに変えてしまおうとする。しずちゃんも呼んでプールを体験してもらおうということになるが、しずちゃんは、家でプールに入るとは冗談としか思えない。いぶかし気にのび太の家に入り、通されたのは狭いお風呂。「お風呂じゃない」としずちゃんが言うと、すかさずのび太は「一緒に入ろう」と誘ってボコボコにされてしまう。同じようなエロジョークが、まさか同月、つまり同時進行で描かれているとは改めて調べてみて驚いた。

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