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コロナ時代に大切なことは、全て藤子F先生から教わった/考察T・Pぼん

「T・Pぼん(タイム・パトロールぼん)」
『死神の大軍』
「コミックトム」1984年12月号/藤子・F・不二雄大全集3巻

藤子F作品の中でも、比較的マイナーながら、熱狂的なファンもいる「T・Pぼん」は、1978年に「少年ワールド」という月刊誌で創刊号から連載され、雑誌名が「コミックトム」となった1980年からは不定期で描き続けられた。

そして、1986年F先生が体調を崩されるまで断続的に新作が発表され、全部で35作が描かれた。このうち最後の2作は、なぜか幾度かの単行本化に際しても収録されることがなく、長く幻の作品となっていたが、藤子・F・不二雄大全集に掲載され、ようやく陽の目を見た。

「T・Pぼん」は、「タイム・パトロールぼん」と読ませるのだが、文字通りタイムパトロールの仕事を行う少年の物語となっている。

ひょんなことから、未来の組織であるタイムパトロールの存在を知った中学生・波平凡が、その見習いとしてT・Pの務めを担うことになる。一緒に行動する指導員は、少し年上と思われる女性のリーム・ストリームと、時空を飛べるスライムみたいな生き物・ぶよよん。ちなみにリームは2016年の世界の人間らしい。

また、凡はやがて独り立ちし、助手もできるのだが、これはまた別の機会で取り上げたい。

このパトロール隊の役目は、歴史上不幸な死を遂げてしまった人々を、その運命から救い出してあげる仕事である。ただし、誰でもその対象になるわけではなく、救っても歴史が改変されない市井の人物に限られる。また、救出方法も、なるべくその時代に不自然な痕跡を残さないような、自然なやり方で行う必要がある。

タイムマシーンでの歴史改変を厳に慎みつつ、選らばれた人だけを救出しなければならないという枷を持たせることで、生命選択の葛藤を感じさせる、ちょっと哲学交じりのお話でもある。

また、歴史好事家だったF先生の、時代や東西を問わない歴史ウンチクや歴史に対する考え方が色濃く反映されており、毎回30ページ以上のボリュームで描かれる、異常に満足度が高い作品群となっている。

F先生が亡くなる1~2年前に出たコミックの中で、本作はまだ完結していないと書かれていたり、当時の編集者にはあと一、二本を描きたいと伝えていたという話もあって、最期まで歴史への思いを持ち続けていたのではないかと察せられる。

毎回、色々な時代に飛ぶのだが、その中で今回注目したのは、黒死病が蔓延する14世紀のヨーロッパを舞台にした第28話『死神の大軍』である。

作中、まず黒死病(ペスト)の世界的な被害状況が語られる。1334年の500万人が死んだという中国での悪疫を起点として、中東~地中海~仏・英へとうつり、北欧から1951年にはロシアまで到達する。この間、ヨーロッパでは人口の三分の一、2500万人以上が犠牲になったとされる。

現在、中世のペストのパンデミックの起点は、中国説だけではなく中央アジアだったり中東だったり諸説ある。コロナと同じで起源を決めるのは難しいようだ。

また、致死率1.5%程度とされる新型コロナウィルスで今のこの騒ぎなのだから、周囲がバタバタと死んでいく未知なる病を目の前にして、その時代の人間がどれほどの混乱に陥っていたかは想像に難くない。

本作はそうした絶望的な世界の中から、たった一人だけを救おうという作戦である。あまり乗り気のしなかったぼんは、ターゲットとなる男を見つけ出し、特効薬を打ってすぐに任務を終わりにしようとする。が、事はそれほど簡単に収まらない。

男は治癒に至ったが、ユダヤ人だということで、悪疫をもたらした異教徒であるとして、絞首刑の対象となってしまったのである。

ここまで読み進めて、本作のテーマは、伝染病の恐怖ではなく、未知なる事象を前にした人間の差別意識への警告であることが判明する。

黒死病は、ノミがペスト菌に冒され、それがネズミにくっ付いて伝染が広がっていった。この時代、ペストの感染経路はわかって無かったため、その矛先は、キリスト教会を通じて、ユダヤ人たちに向けられた。為政者が、犯人捜しを非科学的に求める好例で、これは今の時代もほとんど変わっていないように思える。

凡が救うべきは病気からだけではなく、病気を発端にした差別行為からでもあったのである。

黒死病における人的被害は甚大で、世界は荒廃したが、やがて流行は収まった。しかし、差別という別の病で、大勢の生命が失われてしまったことは歴史上の揺るぎない事実だ。病気との闘いは、それに付随するデマだったり、非科学的に扇動する者たちとの闘いでもある。

私たちが歴史上幾度も経験したパンデミックの中から学ぶべきは多く、そうしたことを、さらりと描くF先生なのである。

最後に、作中最も印象的だった台詞を紹介して本稿を終えたい。

領主「ユダヤ人の一味とあらば処刑せよ」
部下「続々とユダヤ人どもが狩りだされてきまして、絞首台はいっぱいでございますが・・・」
領主「ならば新設せよ」

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