一晩だけでも奇跡を下さい「エスパー魔美」『エスパークリスマス』/藤子Fのベスト・クリスマス③
藤子F作品のクリスマスエピソード、ついに本日は第一位のご紹介!
「貧しい家族の一夜の奇跡パターン」の傑作、エスパー魔美の「エスパークリスマス」を見ていきたいと思います。
そもそも「エスパー魔美」とはどういうお話なのか。その内容については、またいずれ解説するとして、対象読者の年齢は学年誌を卒業した、中学生以上を想定して書かれている作品となります。
内容は、「ドラえもん」などと違って、清濁併せ吞む大人社会を描いていることが多く、また、各話16~24頁のボリュームとなっていて、読み応え十分です。
読者年齢の高い藤子F先生の連載マンガは、本作以外では「T・Pぼん」や「中年スーパーマン佐江内氏」くらいしか思い浮かびません。中学生の女子が主人公であることを含めて、かなり異色の立ち位置にある作品と言えるでしょう。
ところで、藤子先生の「ドラえもん」などの日常マンガでは、各エピソードにネタは一つという構成となっています。小説でいうところのショートショートのジャンルとなります。
例えば、「テストにアンキパン」という作品であれば、覚えることが苦手なのび太が「アンキパン」という道具を使ったらどうなるか? 大事なことより、どうしようもないことから覚え始めるのではないか? というように、一つのアイディア(ネタ)で突き進んでいきます。
対照的に「エスパー魔美」では、二つ以上のネタを走らせることが多いのが特徴的です。一見関係なさそうな複数のアイディア(ネタ)が絡み合って、一つの終着地点へとたどり着く。そのような美しい構成となっているのです。
本作「エスパークリスマス」もまた、複数ネタが絡みあう物語なのですが、詳しく見ていくと、特に複雑な構成となっています。
大筋は、「飲んだくれの父と子供二人で暮らす貧しい家族と魔美が知り合い、父親に放っておかれた子供たちのために、魔美がサンタとなって楽しいひと時を過ごす」、という比較的単純なものです。
そこに、父親にクリスマスプレゼントを買ってあげる、というサイドストーリーも並行して走らせています。
さらにここに、「働くことの厳しさ、お金を稼ぐことはどんなことなのだろう、働かざる者は施しを受けてはいけないのか」というテーマを加えて、物語に深みを与えています。
本作は、こうした3つのネタが同時並行する複雑なストーリー構造となっているのです。
作品冒頭。
魔美は、今年は両親にクリスマスプレゼントを贈ろうと考えて、血の滲むような貯金してきたのですが、パパに欲しいものを聞くと、メシャムのパイプが欲しいと言い出します。
ところが買いに行くと17,000円という高値。とても中学生の貯金で手が届く代物ではありません。そこで魔美は、「手っ取り早くお金になるアルバイトはないかしら」ということで、時給の高そうなバイト探しをするものの、中学生で勤まるようなアルバイトは見つかりません。魔美は早速、「お金を儲けるって大変なことなんだね」と落ち込みます。
話の流れの中に、さり気なく「働くこと・お金を稼ぐこと」というテーマが明示されていることがポイントとなります。
魔美は困った人の念波を感じ取れる能力を持っているのですが、町中でふと念波を感じたその先に、サンタの恰好をした男を見つけます。男はサンドイッチマンのアルバイト中に急用を思い出して弱っていたのです。魔美はサンタの衣装を借り、代わりに仕事を引き受けます。最初はまじめに看板を持って街中を歩くものの、恥ずかしくなってしまい、結局超能力を使ってお金を稼ぐことに成功します。ここで楽をしてしまった体験が、この後の伏線となっていきます。
ところで、アルバイト中、サンタの魔美を見た女の子チコちゃんから、本物のサンタだと勘違いされ、「パンダの赤ちゃんが欲しい」という手紙を渡されます。その子の後を追っていくと、いかにも貧しい一軒家にたどり着きます。
そこではチコちゃんのお兄さんがいるのですが、サンタに会ったという妹に対して、うちなんかに来るわけない、とたしなめようとします。
そのやりとりを聞きながら、奥の部屋の万年床から姿を現すのが、二人のお父さん。いかにも不機嫌そうな顔で、クリスマスパーティーをやろうというチコちゃんを払いのけて、酒を飲みに出掛けてしまいます。
そんな様子を見ていた魔美は、チコの父親に駆け寄り、「おじさんは働かないんですか?」と声を掛けます。無視して歩き続ける父親に、魔美は「真面目に働けばきっと幸せになりますよ」とお説教をするのですが、それを聞いて男は激高します。
魔美はその男の迫力に打ちひしがれてしまいます。
過去に騙されて身ぐるみ剥がされた経験があるのか、男の人生の闇が真に迫ります。
魔美は友人たちとクリスマスパーティーをする予定だったのですが、高畑くんに、二人だけでチコちゃんの家に行き、ささやかでもパーティーを開かないかと誘います。
高畑くんは、ここで大人の回答をします。
魔美はそれを聞いてさらに落ち込み、「あたしってあまちゃんね」と帰っていきます。
ここまでで、働くこととは何か? 真面目に働くことの意味とは何か? という問いかけが繰り返し挿入されています。ただ不思議なことに、普通に読んでいる分には、強いメッセージ性は感じないまま読み進めることができます。
その夜、ショボン(´・ω・`)としている魔美を迎えに高畑くんがやってきます。その落ち込んだ様子をパパが見ているのですが、これがラストのオチに繋がる伏線になります。
高畑くんは意外にも、サンタの恰好して、コンポコも体を白く塗って連れて行こうと言い出します。なぜ?と聞く魔美に対して、こう答えます。
サンタを待つチコちゃんと、お兄さんが、二人で一杯のラーメンを食べています。「飲んだくれのオヤジのいる家にはサンタはこない」というお兄ちゃんに対して、チコちゃんはこう言います。
チコちゃんは、父親の苦悩を子供ながらにしっかりと理解しているのです。
そこにサンタの格好した魔美と、化粧でパンダの赤ちゃんにさせられたコンポコ、そして高畑くんが現れます。「サンタだけど、入って良い?」
しばらく楽しく遊び、あっという間に帰る時間となります。すっかり懐いたパンダちゃん(コンポコ)も連れて帰れることに。そうして去っていく魔美たちに、「本当にいたでしょサンタさん」とチコちゃんは大喜び。
その様子を家の外で陰ながら見ていた父親。部屋に入ると「サンタが来てくれたよ」と報告するチコを無言でギュッと抱きしめます。目に涙を浮かべながら。
人に騙され続けて、働くことの意義を失ってしまっていた父親は、見ず知らずの他人が、無償の好意をもって接してくれたことに深く感動したのでしょう。きっと、チコちゃんの願い通り、またいい父ちゃんになる姿が目に浮かびます。
ところで、魔美のパパは、自分が高いパイプが欲しいと言い出したことで魔美を落ち込ませてしまったと勘違いしていたのですが、魔美も寝言で両親には何もできなかったことを悔やみます。それを聞いて、気持ちだけで嬉しいよ、と寝床にプレゼントを置くのでした。
まとめ:「エスパークリスマス」
たった一晩のクリスマスの奇跡、という手垢のついたテーマを使いながら、正義が通じない世間の残酷さと、正直に働くことの尊さとを同時に描きだすことで物凄い傑作エピソードとなりました。藤子F作品のクリスマスエピソードの頂点に立つお話だと考えています。
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