見出し画像

羽生将棋にみるAIの効果的な使い方

僕の数少ない趣味の一つに「将棋」があります。指すのも好きですし、見るのも好きです。ずっと羽生善治さんの将棋が好きで、棋譜もほとんど並べています。

ここ数年、さすがの羽生さんも加齢とともに棋力(レーティング)は下降気味でしたが、昨年秋くらいから急速に力を回復されていて、ついには藤井聡太さんとのタイトル戦に挑戦するまでに復活を遂げました。

棋譜を並べる一ファンとしても、嬉しく思っています。


さて、将棋界ではもう何年も前からAIとどのように向き合っていくのかが、大いなる課題とされてきました。

AIは当然処理速度が恐ろしく早く、今ではたった数秒で何億手も読めてしまいます。さらには、AI同士が既に何億(何兆?)という対局を行っており、機械学習を重ねて、もう人間では一生辿り着かない境地までに達しています。

将棋AIの性能が一気に上がり、2012年頃から「将棋電王戦」というプロ棋士対AIソフトの対抗戦が行われましたが、すぐに人間はAIに歯が立たない状況に追い込まれました。

2015年に最終戦が行われ、この時は3対2で人間が勝ったのですが、ここではAIのバグを利用した戦い方で勝利する場面があり、当時その是非を巡って大騒ぎとなりました。

その辺は映画「AWAKE」でたっぷりと語られているので、興味ある方はご鑑賞いただきたいと思います。


今の将棋界ではAIと戦って勝とうというような話はとっくに終わっており、今はAIを使ってどのように人間の棋力を高めていくのか、というAI併走時代に突入しております。

昨今、生成系AIの話題が世の中を席巻しているのですが、ここでの議論を将棋界では先取りしている形となっているのです。


羽生さんが復活を遂げた訳ですが、ここにはAIの活用があるのでは、と噂されています。

実際に藤井聡太さんとのタイトル戦では4戦目まで五分五分で、5戦目も終盤において「勝ち」がありました。

結果的には5局目で大逆転され、6局目は藤井さんの完璧な将棋の前に敗れたのですが、ここまで藤井さんを追い詰めたことは驚愕に値します。

この全6局において、羽生さんは全て違う戦型を採用し、藤井さんに的を絞らせない入念な研究が伺える作戦を取っていました。(羽生さんの作戦を全て受けて立つ藤井さんも凄いですが)

この研究においてAIが活用されたと言われています。


一般的なAI研究では、前例での指し手の中から、数多ある分岐をそれぞれAIで解読させて、評価値の上下を見ていきます。そして、有望だとAIが判断した指し手をさらに深く追究していきます。対局者よりも深く、広く研究を進めていた者が、実践において優位に立つということになっています。

しかしながら、各自使っているソフトの性能は似たり寄ったりなので、有望な指し手を見つけていく作業は、徐々に棋士の中で均質化していき、差が付かなくなってきます。

これまではAIを研究に用いない、用いるで差が付いたものですが、全員使い出すと、差が縮まってしまうのです。


そこで羽生さんが取ったAI研究の方法は、一手ごとの評価値の上下で、研究範囲を定めない、というものだったと言われています。評価値が下がった指し手は、その先を研究しても無駄だという考えがあるのですが、その逆張りとなる方法論です。

僕自身大した棋力もないので、気の利いた解説はできないのですが、例えば藤井戦4局目では「角換わり」を採用し、その中でも主流ではない前例を踏襲する作戦を選択しました。

主流ではないというのは、要するに「深く研究するに値しない、勝ち負けの結果が見えているもの」と多くの棋士に判断されている作戦ということです。

研究が及んでいないマイナーな前例の中から、羽生さんは直感的に(?)可能性があると判断したものを見つけ出し、そこを深掘りすることにより、相手の研究が及ばない手を指したということです。


非常に特徴的だなと思うのは、AI研究において、自分の感性を反映させているということです。 

直感なのかはわかりませんが、AIが最善手としなかった部分を敢えて掘り下げ、実はその先には勝利の道筋があるということを見つけるという、恐ろしいことを成し遂げています。

この羽生さんのAI活用法は、他のジャンルにも応用可能と考えます。 

それはAIが示したベストをそのまま受け入れることはせずに、一度自分の頭を通過させると言うことです。

自分の直感や経験などを評価基準に組み込み、AIの知見も重ね合わせることで、その人オリジナルの発案をしていこうという訳です。

それにはAIを過信せず、一方で見くびらず、併走していく感覚が求められます。このバランスを会得するには、科学技術と自分の頭の両方を信頼していくことが大事ではないかと、僕は考えます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?