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AI時代の人間に必要な力について考えてみた

AIは非常に能力が高いです。
おそらく、今の生徒が必死に覚えている知識(いわゆるつめこみ型の)は、本当に価値がなくなってくると感じます。

試しに、学校で行われている実力テスト(英語)をChatGPTに解かせてみたところ、十数秒で満点の回答が返ってきました。
つまり、今の学校や入試で問われている力は、AIが人間よりも圧倒的に得意なのです。

今は誰でもスマホから簡単にAIを使用することができる状態ですし、今後はもっと活用が広まっていくことが予想されます。
AIが得意なことを得意になったところで、その価値や評価は、これまでと同じようにはならないでしょう。

反対に、AIには苦手なこともたくさんあります。
おそらく、AIに得意なことはAIにまかせて、AIが苦手なことが、人間に求められていくのではないかと考えます。

そこで今回は、AIの苦手なところに目を向けて、AI時代に人間に必要な力を考えます。

◆人間に必要な力

▼物事を批判的に見る力

AIは非常に優秀です。ChatGPTなどは、本当に人が回答しているのかのような出力をします。
しかしながら、その出力は、「確率的にそれが正しそう」といういうだけのもので、機械的な文字の羅列にすぎません。

それによって生じる問題が「ハルシネーション」です。
ハルシネーションとは、人工知能(AI)が事実に基づかない情報を生成する現象のことです。
「AIは嘘をつく」と言われるのは、これが原因です。

AIも、決して嘘をつこうとしているわけではないのですが、構造上起こり得ます。

だからこそ、「本当に正しいの?」と批判的に捉えようとする力が必要です。

先日、東京の小金井小学校の授業では
AIから出力された内容に対して、「(とあるキーワード)が使われていないのはおかしいと思う。」と、児童が発言する場面がありました。
出力された結果に対して、先生が「感想ある人〜?」と聞いただけだったので、そういった指導が常になされているのだと感じました。

われわれ大人も含めて、AIを使ってみると、その精度の高さから「AIを信じる」ことに抵抗がなくなると感じます。
しかしながら、正しくない内容が出力されることは当たり前です。
これまで以上に、批判的に捉えようとする姿勢が必要です。

▼言葉の背景を推測する力

先述したように、AIが出力するものは「確率的にそれが正しそう」といういうだけのもので、機械的な文字の羅列にすぎません。

つまり、「なぜそうなったのか」や「どうしてその言葉を選んだのか」という、本来言葉にあるはずの、「背景にある感情」がないのです。
その点がAIが苦手なことなのです。

そこで、私たち人により求められる力が、言葉の背景を推測する力です。
簡単に言い換えれば、コミュニケーション力とも言えるでしょう。
どれだけAIが発達しようと、人が生きていくためには、人とのコミュニケーションが求められるはずです。

教育現場においては、知識を身につけたり、応用したりする力以上に、コミュニケーション力の育成が求められていくと考えられます。

例えば、英語学習で考えると、英語を聞いて理解できることや、条件に合う英文を考えることができることは、もはや重要ではありません。
英語を理解したり、話たりすることを通して、「自分はなぜそんな感情をもったのか」や「どうしてそのような行動をしたのか」という背景を説明できることが大切です。

そして、そういった背景を伝える活動を通して、言葉の背景を推測したり、相手の考えを慮ったりできる力を育てていくことが必要です。

▼AIを使う力

最後は、AIを使う力です。
AIには、優秀過ぎるが故の欠点があります。
それは、回答の範囲(知識量)が広すぎることです。

莫大なデータを学習しているAIは、どんなことにも、複数の回答を用意することができます。
確率的にもっともらしい回答を出力しますが、それが自分の求めている回答とは限りません。選択肢が多すぎて、ハズレを引いてしまう可能性があるのです。
これが、ハルシネーションにも繋がります。

そこで、AIを賢く使うためには、
「条件を絞る」ことが求められます。

AIに答えを求める段階で、自分が求める答えにたどり着きやすくなるように、条件を提示することが大切です。

どんな条件を提示すると、AIは期待通りに回答してくれるのかは、AIをたくさん使いながら身につけていく必要があります。

AIを使う力は、AIを使うことでしか身につけることはできません。

◆まとめ

AIについて考えれば考えるほど、今の学校教育で当たり前に行われていたり、試験で当たり前に問われていたりするものの必要性が薄れていることに気付かされました。

AIについて考えることは、「流行っているから」や「効率的な仕事ができるかも」というだけで終わるものではありません。

AIについて考えることは、これからの社会について考えることであり、これからの教育を考えることと同意です。

流行りに流されるだけでなく、これからも学び、考え続けていく必要があると感じました。


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