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【ショート小説】重たいのはテーブルじゃなくて。


 「ほんっとに重たいな、このテーブル」
 そう愚痴ったところで、自分が選んで買ったものだからどうしようもない。
 ただ、木製の四人掛けのテーブルを一人で動かすのは、少しばかり気合がいる。

 それでも休みの日は必ず、このテーブルを動かしてまで掃除機をかけるようにしているのは、休日でも家事を怠けないように、というの自分への戒めと、もう一つは••••••

 ベランダ近くの壁にかかった時計の短針は、午前十一時を指そうとしていた。
 窓から差し込む光が、そっと自分を照らし「外に行こうよ」と誘ってくれている。

 午後は仕事のリサーチも兼ねて、近くにできたカフェでも行こうか。
 そこで読書を堪能した後は、話題のミステリー映画でも観に行こう。
 夜はお洒落なレストランで大好きなワインを飲む。

 よし、今日の予定が決まったら、まずはこのテーブルを元の位置に戻さないと、
 「それにしてもやっぱり重いな」
 呟いた自分の言葉は、空間の中に消えていく。
 一年前の自分をふと思い出した。

「これに一目ぼれした。これ買う」
「えっ、でもこれ、一人で運べる? 」
「運べないよ。だから運ぶ度に君が手伝ってくれたらいいの」
 「可愛くないなぁ。素直に傍にいて欲しいって言えばいいのに」 
 君は呆れた顔ひとつせず、ただ穏やかに微笑んでいた。
 そしていつも素直に慣れない私の心根を察して、ただ静かに笑ってくれた。

 君には何も言わなくても伝わっている。
 ずっとそう思っていた。
 だからきっと私は、甘え過ぎたんだと思う。

 ふと目の前の鏡を見ると、テーブルを一人で運んでいる自分と目が合った。
 「あの時、私は本当にこのテーブルが欲しかったの? 」
 鏡に映る自分の表情は、泣きたいのか怒りたいのか分からないくらいの複雑な感情が入り組んだものだった。

 「違うよね、あの時、私が本当に欲しかったのはこのテーブルじゃなくて、君と過ごす時間だった」

 鏡の中の自分の頬に、光るものが通った。
 今更素直になっても、もう遅いのに。
 結局、重たいのはテーブルじゃなくて……

 ——私の心、だ。

あとがき: 最後まで読んで頂きましてありがとうございました。
 近しい間柄ほど、「分かってくれている」という不確実な思い込みや、安心感が存在するかと思います。
 そして、それが違った時、人はショックを受けてしまう。
 でもそれは全て自分のバイアスがそうさせた事。
 
 人には思っているだけじゃ伝わらない事、
たくさんありますからね。

 その辺りの解釈は、どうぞよしなに。。。😌 

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