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迷い込んだ猫のお話①

その猫はいつもの様に、草木が生い茂る砂利道の上を歩いていた。今日はいつもより足が重い。地面に鎖をつけられている様な感覚だ。それでも少し日陰で休んでからその猫はまた、歩きはじめた。どこに向かっているかは分からない。それでも飼い主がいない野良猫にとっては、少しでも孤独を紛らす事が出来ればそれで充分だった。

いつから自分は独りになり、来る日も来る日も寝床と餌を探し歩く様になったのか。はっきりとした事は覚えていない。ただ一つだけ分かっている事は、生まれながらにして孤独だったと言う訳では無いと言う事だ。少なくとも自分には親が居たし、いつも仲間が側に居てくれた筈だった。時が経ち、仲間の群れを外れた自分は独りで歩く様になり、不思議とそんな毎日が当たり前になって行った。

後何歩かでまた休もうとしていた、その時に突然、銀色に光る三角形の先端が地面から突き出てきた。と同時に、茶褐色の縦長の顔と共に聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

「ずいぶんと久しぶりだね」

目の前のモグラとは気心が知れた仲だった。幼い時に出会い、彼も自分と同じ境遇だった事もあり、気が付けばいつも行動を共にする様になっていた。それが、いつからか互いに離れ離れになってしまった。一つ言える事は、それまでに築き上げてきた関係性が"あの日"を境に変わってしまったと言う事だ。だから、こうして彼と突然再会しても何を話して良いか分からずに戸惑ってしまった。

「心配していたんだよ、君の事だから何とかやってるだろうと思っていたけどね」

彼は大半を地上で過ごしている。その茶褐色の頭はもはや、日焼けによるものなのかどうかも分からなくなっていた。

懐かしさを感じると共に、かつての自分を知る仲間と再会した事実が嬉しくもあり、久しく感じていなかった2つの感情に高揚感を覚えて始めていた。内心、今日からまたモグラと行動を共にしても良いかと思った。きっと彼も同じ考えで偶然見かけた自分に声を掛けてきたのだろう。

だが、やはり自分に素直になれない。と言うより、モグラと過ごしていた自分自身が変わってしまったのだ。

「心配かけて悪かった。俺は何とか今を生きているし、そんなお前も元気そうで良かった。悪いけどもう行くわ」

猫が再び歩を進めた、その時だった。

「これを持っていくと良いよ」

突然丸い手を差し出して来たモグラの手には、黄金色に光る鈴が握られていた。その鈴が一体何なのか、ましてや何故彼がそれを持っているのかよく分からなかったが、特に断る理由も無かったので鈴を受け取った。赤い首輪が猫の首に巻きつかれた事を確認したモグラはまた、地面に潜り込んで行った。

西日が照りつける夕方の一本道を、それまでと変わらない足取りでまた、歩き始めた。


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