迷い込んだ猫のお話Ⅺ

複数の眼差しが無造作に転がっている銃弾に向けられた。

全員が息を呑みその眼差しが突き刺さる銃弾の先には、血溜まりと共に1匹の猫が死体となって横たわっている。辺りを染める鮮血の光沢が、無惨にも猫が絶命した事実を鮮明に表している。

周囲にいる誰もがその様に考えていた。


その血溜まりの丁度中心部転がり落ちている銃弾ー


視覚に映る光景はそれだけであった。


いない。


猫がいない。


ある筈の猫の遺体がその場にない。


全容を見ていた三毛猫は自らの目を疑った。今目の前にある光景が、疑い様のない現実である事を到底受け入れられずに佇んでいた。  



これを持って行くと良いよ。


薄暗い空気の中でうっすらと眼を開けると、馴染みのある暑苦しい顔が至近距離でこちらを覗きこんでいる事が分かった。

「...ここは? 何故お前がいるんだ!」

「気が付いたかい。まあ、あの衝撃を受けたら気を失うのも無理はないね。だけど、もう君が心配する事は何もないよ」

「一体どう言う事なんだ。俺は死んだのか?俺は逃げ場を失い、引き金を引かれた時点で自分の一生は終わった筈なんだ。なのに何故生きている?心配する事は何もない?頼む、教えてくれ。あの時何が起きた?お前はここに居る理由も教えて欲しいんだ...」

茶褐色の胴体を僅かに傾け、正面を向いたモグラは猫の瞳を捉え、ゆっくいりと話し始めた。

「鈴だよ」

「鈴??」

「この前あの散歩道で君と会った時、別れ際に僕が君に渡した鈴だよ。あの鈴が君を救ってくれたんだ。」

「どういう事だ?」

「放たれた銃弾は君に当たっていない。君が付けていた鈴に命中したんだ。いや正確には、鈴が弾丸を引き付けと言うのが正しいね」「まあこう言っても分からないだろうから説明すると、あの鈴は君を守る為の鈴だったんだ。運命から君を守る為の物だ。そして君はあの鈴を持つ必要があった。だから僕はあの時、君を探し出して鈴を渡したんだよ」

「探し出しただと...??」

「あの日君とまた出会った事は偶然ではないよ。確かに僕は君と離れてはいたけど、君の身を案じていたんだ。君は自ら独りになることを選んだ。それは同時に、自ら他者と自分を差別化する事で出口の見えない迷路に迷い込む事でもあったんだ」

「つまり...何が言いたい」



「君は独りにはなれない」



「だから僕は君を追い続け、あの鈴を渡したんだ。君を待つ運命は分かっていたからね」





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