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ある日の中野小屋と歴史の生き証人

訪問日:2020年2月9日

押井守作品をみんなで鑑賞する会というのが開催されていて、このくらいに映画が終わる予定と聞いていた時間に到着したらちょうど『立喰師列伝』の「中辛のサブ」のところだった。エンドロールのファウスト系作家たちの名前に全員で拍手。

中野小屋は中野駅と沼袋駅の間のいかにもサブカル人士が住んでいそうなエリアにある古い木造平家の建物で、梁におもむきがある。
間取りは4K。それぞれの部屋にテレビが設置可能な配線になっているので、どうやら元々寮として建築された様子。
4Kの四部屋をそれぞれ個室としているので住人の定員は四。その個室がずいぶん広いからか、住人は「人権のあるシェアハウスです」と表現している。実際入居希望者は非常に多いそうだ。

運営者の平田朋義さん(以下敬称略)は2002年から十八年のシェアハウス居住歴を誇る。
昨年11月に京都大学の学園祭で企画された「『ビジネス』を超えてきた『シェアハウス』の軌跡、『シェアハウス』の先にある未来」(主催:オープンシェアハウス・サクラ荘)に登壇した際の「私のシェアハウス史」というスライドを事前に見せていただいたが、まさに「歴史」。

https://www.slideshare.net/tomo3141592653/my-share-househistory-228759000

なおこのスライドは今年1月に行われた内田勉氏の「冬の自由研究発表会2020」というイベントでも再度発表されている。平田朋義はこうした発信を積極的に行なっているほか、渋家のパーティーに顔を出したり、フロントライン東京のサイン壁にサインを残したりと、自分が運営している以外のシェアハウスコミュニティにも多数の繋がりを持つ。

さて平田朋義の「シェアハウス史」の詳細は上記リンクを確認していただきたいが、概要としては十八年の間に七つの共同生活コミュニティ(六つのシェアハウスと京都大学吉田寮)を経てきたとのこと。

シェアハウスコミュニティ史としての第一のポイントは、彼が作家のphaと同じく京都大学出身で、同じく吉田寮居住経験があるということだろう。吉田寮はシェアハウスではなく大学の学生寮だが、今では珍しくなった学生自治というものを残していて、これが日本のシェアハウスカルチャーの一つの潮流に大きな影響を与えている。
そして2010年頃には、平田朋義もそのphaも東京に移って、漫画家の小林銅蟲などと共にギークハウス東日本橋で暮らしていたとのこと。
このギークハウス東日本橋はもう無くなってしまったが、2008年に始まったギークハウスというプロジェクトそのものは場所を変え数も増減しながら今も続いているので、都内に現存するギークハウスは今後取材していきたい。

さらに平田朋義自身のシェアハウス史として重要なのは、彼が2014年頃に運営・居住していた妖怪ハウス。「妖怪のような世間からあぶれた人でも住める家」をモットーに始めたものの、家賃未払いが常習化したり、年一くらいの頻度で元住人やゲストの訃報を聞いたりしていたそう。妖怪と暮らすのは難しい。

そのため現在の中野小屋の運営上のテーマは「人の死なないシェアハウス」。訪問記第三弾にして、「カルチャー」「コンセプチュアルにならない」からだいぶ遠いところに辿りついた感がある。中野小屋は2017年に始めてからまだ関係者の死に接していないようで何より。

訪問した2020年2月現在は、正規の住人が三人(運営者平田朋義を含む)と、画家のハ息子さんが居住している。間取り上リビングのようなものがなく、かなり寒いキッチン以外に共有スペースがないが、正規に家賃を払っていない人の部屋はリビングとして開放されるシステムで、そこにスクリーンとプロジェクターを設置して冒頭の押井守作品鑑賞会が行われていた。
家賃を払って個室を開放されたくない住人で四部屋すべて埋まっている場合は平田朋義自身の部屋がリビングを兼ねるらしい。

交流スペースとしての共有リビングがないのはシェアハウスとしては珍しい部類に入ると思うのだが、それについて住人に尋ねると、キッチンにヒーターを置いて団欒したり、平田朋義の部屋に客が来ているところに混ざる形でのコミュニケーションがあったりと、住人同士の交流は充分に機能している様子。
また交流と同時に個室に引きこもることも許容されているので、無理に交流しなくてよい点も気に入っているとのこと。このあたりのバランスも「人権」なのかもしれない。

訪問時、映画鑑賞会に参加するために来ていたゲストのひとりが、「人の死なないシェアハウス」って、死ななそうな人しか受け入れないってことじゃないですか、と発言した。平田朋義はそれを聞いて、そうだねと笑っていたけれど、彼には十八年のシェアハウス生活を経て辿りついた結論がいくつかあるようだ。

・シェアハウスで合議制を機能させるのは難しい
・面白さ基準で人を入れると住人同士のトラブルになりがち
・安すぎる家賃は支払われない
・ルールを破る人以上に、違反者を厳格に糾弾する人のほうが手に負えない
・シェアハウスでは家賃が払えて他の住人と仲良くできる人しか助けられないので、困った人を救うのは難しい

身も蓋もないという印象もあるが、どれもシンプルに大切なことだ。そしてさらに重要なのは彼がこれらのすべてを経てもなおシェアハウスを運営し続けていること。つまり上記のあらゆる厄介事を超える魅力がシェアハウスにはある。
実際、妖怪ハウスについて回想する際には、二百万円損したと言いながらも、ああいうのは面白いからまたやりたいね、と笑うのだ。



早瀬麻梨

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