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林製作所とフィリピンからの女性労働者たち《Dr.本田徹のひとりごと(84)2022.11.17》-飯舘村便り No.1-

1.林製作所訪問まで

 本来農業や畜産の村として発展してきた飯舘村は、ほかにも地場産業として、精密機械の部品を作る菊地製作所や林製作所といった、しっかり地元に根を張り、2011年の大震災の試練も乗り越え、村人の雇用を守ってきたすぐれた会社があります。今回私は、林製作所を訪ねる機会に恵まれ、さまざまな学びをさせていただきました。今回の「ひとりごと」では、地方で進む、多民族多文化共存の社会の、目立たないが着実な歩みをお伝えしたいと思います。

 今年はじめに飯舘村に移住し、いいたてクリニック(村立、運営は福島市のあづま脳神経外科病院に管理委託)で、外来診療と在宅医療に従事させていただいています。村役場の健康福祉課やあづま脳神経外科病院の皆さまにもたいへん親切にしていただいており、感謝しています。仕事自体も少しずつ充実し、やりがいを感じています。また、飯舘村とのご縁をつないでくださり、仕事上もパートナーとして不可欠な関係を結んでいる訪問看護ステーション「あがべご」の所長・星野勝弥さんは、以前東京山谷地域の生活困窮者医療でもつながりを持っていた人です。星野さんについては、また機会を改めて触れたいとおもいます。

 クリニックに来られる女性患者さんに、林製作所に勤める50-60歳代くらいの方が二人おられ、昼休みの時間などを使って受診され、いつも素敵な笑みを浮かべ、生き生きとお話されるのに惹かれ、どんな職場なのだろうかと、関心をもっていました。

 さらに、7月の新型コロナワクチン接種のとき、若いフィリピン女性が10人くらい集団でいらしていて、全員林製作所の技能実習生であることが分かり、若々しく明るい彼女たちの振る舞いに目を見張りました。一人の方が、簡単な問診時の会話で、流暢に日本語を話され、前社長さんが親切で、慰安や飲食のドライブにみんなを連れていってくれたり、村の中でワクチンができなかった時期には、社長みずからマイクロバスを運転して福島市内の会場まで引率したり、とても親切なのよ、とおっしゃっていたことが印象に残り、ぜひ一度見学してみたいと思っていたのでした。今年3月以降は村の中でのワクチン接種が可能となり、福島まで行かなくても済むようになりました。

そうこうするうちに、9月に、前社長の林氏の兄さんのお連れ合いが、草刈り中に、アシナガバチに顔を刺され腫れてしまい、痛みも強いので診てほしいと、ご本人から直接私に電話があり、抗アレルギー薬の注射をもってお宅に伺いました。点滴注射の効果もあり、大事には至らず済んだのですが、このときのよもやま話も助けとなり、社長さんにつながり、11月14日、会社を見学する機会に恵まれました。親切にご自身で5つある工場現場をゆっくり案内してくださいました。

笑顔の林武志社長 ― 会社前で

2.村の工場への受け入れのプロセスと女性たちの成長

 この若い社長・林武志氏は、前社長の甥とのこと。近年事業継承をして社長職に就かれました。笑うと愛敬があり、精悍な感じの方で、会社をしょっているという意欲と責任感がみなぎっていました。

 この会社には、約90人の職員のうち、30人以上のフィリピン女性が働いています。最初に雇用されたフィリピン人女性数名は、大震災以前に日本に出稼ぎなどで来られ、縁あって日本人男性と結婚し、永住権を得、飯舘村や福島市内などに住み、子どももできた方たちです。彼女たちに、前社長が声かけをした結果、工場で働いてくれるようになり、5-6年前からは、新たに技能実習制度を使って、少しずつ、フィリピンからの女性を招き入れるようになったそうです。先に日本に定住し家庭まで作っている先輩女性何人かが、親切に新参の若い女性たちに、日本という国の言葉や習慣そして、工場での作業の仕方なども教えてくれ、順調に新しい地域社会や職場に適応できるようになっていったようです。

 今では数名の方たちが、技能実習生から、さらに特定技能労働者にステップアップし、待遇もよくなり、そうした熟練女性たちが、後輩にとって、よきロールモデルともなっています。

加工前のアルミ製部品

3.工場内見学

 林製作所の敷地内には、5つの工場があり、それぞれ異なった作業工程を担っています。現在大手のカメラメーカーなどから注文を受け、生産加工しているのは、たとえばカメラレンズのフレーム部分で、重量を軽くするためアルミ製の筒状の原材料を他社から仕入れ、それに精密機械で、様々な形状を付与していきます。非常に高度な精密性を求められるカメラの部品製作では、NC(Numerical Control)工作機械と呼ばれる装置が活躍していて、一定の条件を事前にコンピュータでデータ入力すると、さまざまな削りの作業が、自動的に狂いなく行えるようになります。そうした作業を人は監視し、高精度・高品質の製品を作っていきます。

高精度の部品を作り出す NC 工作機械

 工場で作られた製品は、最後に、品質の管理・検定を行う部屋で調べられ、最終的に注文主に送られていくのですが、この大事な作業は多くフィリピン人女性たちが担ってくれています。彼女たちは、一種のクリーンルームで、黙々と手慣れた作業に従事していました。

製品の検定作業に従事するフィリピン女性

4.終わりに

 先日、上智大学の田中雅子教授が主催された北海道の外国人女性労働者について考える遠隔のセミナーで、北海学園大学経済学部の宮入隆教授のお話を聴講する機会がありました。その中で印象的だったのは、北海道では従来移住労働者のうち女性の占める割合の高かった飲食業・食品製造業以外に、酪農・畜産などの分野でも技能実習の女性外国人の絶対数や割合が増え、彼女たちなしでは、北海道の農業はもはやり立たない状況になっているという指摘でした。そしてこれまで、技能実習制度についてはさまざまな弊害が指摘され、制度そのものを廃止すべき、という意見もあります。より人権を重視した制度のドラスティックな改善や、2015年に制定された英国の現代奴隷法の日本版に当たるようなものの制定も必要なのですが、一方で、良心的な事業主のもとで、きちんと技術を習得し、順調に技能実習の枠内で、1-2 号から3号に5年間かけて移行し、さらに特定技能1号労働者に進む人たちも増えているということでした。ただ、宮入教授は、特定技能の1号から家族帯同や永住も可能となる2号に移行するための壁が高すぎることが問題だと、傾聴すべき意見を述べられていました。

 飯舘村でも、林製作所という小さな規模の製造現場では、北海道と似たような、外国人労働者受け入れをめぐる新しい潮流が、少しずつ生まれているという現実も直視していく必要があるのでしょう。

 ある意味では、林製作所や以前に見学させていただいた菊池製作所のような会社が、真の意味で、日本のモノづくりの現場を支え、長いスパンで、国際交流や人づくりに貢献している面をきちんと評価していきたいと、つくづく思いました。

(2022.11.17)


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