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Dr.本田徹のひとりごと(4)2005.1.26

戦争のかたち: イラク市民の「コラテラル」な死と「ボデイ・カウント」

およそ戦争というものに、「道徳的な戦争」や「正義の戦争」が、過去にも現在もあったかどうかは議論の分かれるところでしょうが、20世紀に2つの世界大戦という未曾有の悲劇を味わった人類は、すくなくとも一つの教訓を学んだはずだと思います。それは、現代のひとつひとつの戦争(内戦や局地紛争を含む)においては、その死傷者(casualties)の数を、民間人、軍人それぞれについて、できるだけ正確に記録し、人類共通の記憶に永く留めることが必要だということです。そして、これについての一義的な報告義務(アカウンタビリティ)は、戦争の執行責任者(イラク戦争の場合、米英連合軍)が、世界に対して負っているということです。最低、このことは国際的な原則にしておかないと、戦争は一層堕落し、秘匿され、アグリイな(醜い)ものに変質するのです。ある戦争がどの程度、正義の要素、やむを得ざる理由をもって開始・遂行されたかを評価し、戦争の人的コストがどれだけのものにのぼり、それを回避するためになにが必要だったかを学ぶためにも、犠牲者の数について真実を知っておくことが、欠かせないのです。

2期目のブッシュ大統領の就任演説が、「自由を世界に広げて専制(tyranny)を倒す」という、武張った、高邁なメッセージに満ちている割に、それに呼応する、「自由にしてもらった」はずの人々の感謝の声がアフガンからもイラクからも、届いてこないのは、彼らが「解放者」に対して恩知らずだったり、日々の暮らしに追われてアメリカに「ありがとう」を言う暇もないからなのでしょうか。それとも、たらいの汚れ水と一緒に赤ん坊まで流してしまうような愚挙に対して、じっと瞋恚(しんい)を燃やしているか、ため息をついたり、泣き寝入りするしかないからなのでしょうか。

 アメリカのイラク遠征軍の最高責任者であった、トミー・フランクス将軍が、「わが軍は(イラク人死者)のボデイ・カウントは行わない」とかつて明言し、これが今もアメリカ軍の一貫したポリシーになっています。イラク人の犠牲者数は、同一事件で、米軍兵士が死傷した場合に限って、発表されるようです。一般市民が米軍の爆撃や砲撃で亡くなった場合は、コラテラル・ダメージ(Collateral damage=付随的な死傷)として、テロリストなどにメイン・ダメージを加えるために仕方のなかったこと(”We are sorry but…”)として、米軍はみずからを免罪するのが常です。これは、イスラエル軍によるパレスチナ市民に対する殺傷行為においても、常套となっている釈明法と言えます。

 振り返れば、独裁者フセインのもとで戦われた、イラン・イラク戦争や、1991年の湾岸戦争でのイラク人死者(民間・軍人合わせて)数も、正確に把握されたり、発表されたりはしていなかったと思います。だからと言って、リンカーン大統領、「市民の不服従」のソロー、キング牧師を生んだ偉大な民主主義の国、アメリカの現職大統領までが、フセインの真似をしてほしくはないものです。アブグレイブ監獄やキューバのグアンタナモ基地で起きた、捕虜の扱いについての組織的な人権侵害を見るにつけ、戦争遂行における国際的に確立された準則やモラリテイを堅持することが、民主主義の模範のような国においてさえ、いかにむずかしいかを思い知らされます。

 さて、最近、ランセットという英国の医学雑誌に、イラク戦争開戦前後の死者数についての比較推計が、調査論文として掲載されています。
(Les Roberts, Riyadh Lafta, et al: Mortality before and after the 2003 invasion of Iraq: cluster sample survey; Lancet vol 364, p1857-1864, November20, 2004)
 この横断的研究(Cross-sectional Survey)によると、連合国軍によるイラク侵攻が開始される「以前」(2002年1月1日から2003年3月18日までの14.6ヶ月間)と「以後」(2003年3月19日から調査時点の2004年9月まで17.8ヶ月間)を比較すると、約10万人(98000)のイラク市民が、戦争「以前」より戦争開始「以後」過剰に死んでいると推計されること。その死因として、心臓病・脳卒中・感染症・新生児疾患などの増加もあるが、大半は「暴力的な死」(Violent death)、とくに連合国軍側の砲爆撃によるものだったことが明らかになっています。この調査は、イラクの全18州(バグダッドを含む)から、30家族(1家族7-9人くらい)からなる33のクラスター(集落)を抽出し、直接面接法で調査するという、戦時下におけるきわめて困難な状況の中で敢行されています。もちろん著者らも認めるように、専門的な疫学の観点からすれば、この研究自体、さまざまな限界・制約のあるものでした。とくにファルージャにおける暴力死の数が突出して高かったため、全体の統計処理からファルージャのクラスターを除外せざるを得なかったことが、調査結果の信頼性に難を生んでいます。実際、英国政府は世界的に評価の高い、自国の医学雑誌にこのような論文が掲載され、マスメデイアにも大きく取り上げられたことに困惑し、調査法の弱点を衝いて、その有効性・信頼性に疑問を呈しています。サンプル数が少なく、イラク全土をきちんと代表した統計になっていない、というのが主な理由です。

 イラクでの一般市民の戦争犠牲者数については、イラク・ボデイ・カウントという民間のサイトがあって、開戦以来の累積死亡者推定数を日々更新し、表示しています。(http://www.iraqbodycount.net)
 このサイトは、少なくとも2つ以上の現地メデイアの報道に基づいて推計するそうで、当然1-2人といった小人数の無名の市民の殺傷事件は報道されないことも多くなるわけです。ちなみに、今年1月25日夜の時点の推計では、最小で15475人から最大17703人までの範囲となっています。そうした文脈で考えると、ランセットに掲載された論文の10万人という数は、それほど的外れのものとも思えません。

 この論文によると、開戦「以後」の被調査者7868人のうち、病死者を含め142人が亡くなり、うち暴力死が73人でした。さらにこの73人のうち実に52人(71%)がファルージャで命を落としています。この地域での掃討作戦が、一般市民を巻き込んだ、いかに熾烈なものであったかを物語るとともに、ファルージャを除いて推計した、戦争による10万人の過剰な死者数さえ、内輪な見積もりであった可能性を示しています。

 もう一つ見落とせないのは、73人の暴力死の内訳です。58人が連合軍側の爆撃・砲撃で、3人が米兵の銃撃で、それぞれ命を落とし、残り12人が連合軍と直接関係のない暴力により死んでいます。暴力死全体の8割近くを占める58人という数字は、精密爆撃(Precision Bombing)と喧伝された、米英軍の爆撃が、実際はいかに多くの一般市民の犠牲を招いているかをも、示しています。アメリカ、イギリス両政府が、このランセット論文のインパクトを打ち消そうと躍起になった背景には、自軍の爆撃による、一般イラク市民の生命に対する、無差別殺傷の性格が明るみに出てしまうことへの懸念だったとも言えます。

 Les Robertsらの論文のすごさは、ジョンズ・ホプキンス大学ブルンバーグ校公衆衛生学部という、アメリカのアカデミズムの最高峰の研究機関が、イラクの研究者と協力して、文字どおり命賭けで敢行したフィールド調査だったということです。皮肉なことに、「ブッシュの戦争」の実態を検証しようとする、こうした学問的試みの中に、科学的合理性と普遍的人権を大切にする、アメリカの善き伝統が脈打っていることに気づくのです。幻滅多かりし、2年近い「軍国アメリカ」のイラク遍歴は、戦争加害の自己検証という厳しいプロセスの中で、ほのかな良心の光を見出そうとしているのかもしれません。 (了)


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