マハーバーラタ/2-11.さいは投げられた

2-11.さいは投げられた

ハスティナープラへ招待されたパーンダヴァ達が到着した。
彼らはカウラヴァ達から歓迎された。滞在中の部屋には美しい家具が備えられ、たくさんの使用人も手配されていた。
年長者達や従兄弟達への挨拶を済ませると、その部屋で心地よく夜を過ごした。これほどまでのもてなしを受けたことは心地よい驚きであった。
しかしそれは王が残りのわずかな日々を甥達と過ごしたいという小さな望みによって、一度だけ誠実になっているかのようにも見えた。

夜が明けた。
この日は彼らの人生で最も恐ろしい日として刻まれることになる。

朝早く起きた彼らは沐浴をして、たくさんのお世話を受けて身を着飾り、部屋を出た。

ドゥルヨーダナ達は口実通りに新たなサバーを見せる為にジャヤンタプラへ案内した。
パーンダヴァ達は感謝をしながらたくさんのホールを歩き、その建物を褒めた。しかしカウラヴァ達は褒める言葉など聞いておらず、サイコロゲームのことだけを考えていた。

ホールの見学を終え、ハスティナープラの城へ戻った。
その時シャクニがサイコロゲームを提案したが、ユディシュティラは断ろうとした。
「シャクニ殿、サイコロは喜ばしくないことを引き起こすので、私は好みません。友情にヒビが入ったり、毒にもなったりもします」
「ユディシュティラよ、おかしなことを言いますね。私が提案しているのは単なるゲームですよ。別に誰かの財産全てを賭けるようなものではありません。のんびりと時間を過ごす方法の一つですよ」
「分かっていないですね。不正によって手に入れた富は真実ではありません。このゲームはただの不正になるのです。
サイコロの上に手を置いた賢者は愚か者になると言います。判断力を失わせる酒のようなものです。それは人の大事な資質を破壊するものです。
いったん熱を帯びてしまえば、冷ますものはありません。恐ろしい病気と同じようにサイコロゲームは避けるべきものです」

「おやおや、ユディシュティラは偉大なラージャスーヤで得た富を独り占めしたいのですね。誰にも分け与えたくないのですね。
それもいいでしょう。挑戦を受けるのが怖いならそれでも構いませんよ」

ユディシュティラはそのシャクニの口調によって気分を害してしまった。
「恐れているのでも、富に執着しているのでもありません。
ご存じの通り、一度挑まれたなら私は断ることはできません。ゲームはします。運命は人間の知恵よりも力強いということを知っています。
私が知りたいのは、誰が相手か、そして何を賭けるのかです」

ドゥルヨーダナが話した。
「あなたが賭けるどんな物であっても、いかに貴重な石であっても同等のものを私は賭けます。私の代理でこの伯父シャクニがゲームをします」
「それはルール違反でしょう。代理人によってゲームをすることなんて聞いたことがありません。あなた自身がゲームをして賭けるべきです」
シャクニが言った。
「いえ、この取り決めには何の問題もありませんよ。言い訳でゲームを避けるのはよしなさい。ゲームをしたくないならそう言えばいいではないか」
ユディシュティラはそれ以上何も言えなかった。

ホールが観客で満たされていった。
ビーシュマ、ドローナ、クリパ、ヴィドゥラ、そしてドゥリタラーシュトラ王がその場にいた。

ゲームは始められた。さいは投げられた。
ユディシュティラは自らの宝石を賭けた。
ドゥルヨーダナも同じものを賭けた。

シャクニがサイコロを手に取り、器用な手つきでそれを振って床に投げた。
「よし、勝った!」
シャクニの声がホールに響いた。

ユディシュティラは次に何千もの金のコインと貴重な石が散りばめられたネックレスを出した。ドゥルヨーダナは同じものを賭けた。
サイコロが再び投げられた。
「勝った!」
再びシャクニの声がホールにいた全員によって聞かれた。
そして静寂に包まれた。

ゲームは続けられた。
哀れなユディシュティラの血は次第に熱を帯びていた。
シャクニの「勝った」の声が単調に繰り返される恐ろしいゲームとなった。もはや喜びの絶叫ではなかった。

ヴィドゥラは仲裁に入るべく兄王に話しかけた。
「兄よ、話を聞いてください。
たとえ耳が痛い話であっても聞いてくください。薬はたとえ苦くても元気になりたいのであれば飲まなければなりません。
覚えていますか? ドゥルヨーダナが生まれた時に現れた不吉な兆しのことを。あの子が世界を滅ぼす原因になると予言し、世界を救うためにはあの子をあきらめてくださいとお願いしましたが、あなたは手を打たなかった。
まさに今、あの予言が現実になる時が来たと言えば分かってもらえますか?
このゲームを続ければ世界は破滅に向かいます。あのサイコロにはイカサマが仕込まれています。この不正を見過ごしてはなりません。
これを今あなたが止めなければ、起きる結果は、あなたの息子を全て失うことになるのですよ!
パーンダヴァ達に敵対してはなりません。貪欲を捨てるのです。あなたは恐ろしい貪欲と言う病気に罹っています。あなたの息子もそうです。そして戦場で正々堂々戦う勇気を持てずに詐欺師の助けを借りて陥れようとしているのです。
このまま黙認してはなりません! どうか止めてください!!」
しかし、ドゥリタラーシュトラ王の口からは何の返答も出なかった。

そして静寂が続いた。
聞こえてくるのは床を転がるサイコロの音と、それに続くシャクニの『勝った』の声だけ。誰も口を開かなかった。

ドゥルヨーダナはヴィドゥラに近づき、立ったまま話した。
「親愛なる叔父ヴィドゥラよ。あなたはいつも私の目の前で他の者を褒めてばかりだ。昔からずっと気になっていたんだ。パーンダヴァ達のことばかりひいきして、私のことはいつだってけなしてきたよね?
誰のおかげで食事ができているのか分かっていないんだね。我が父は愛情深い人だ。この父の私への愛情をつぶそうとしているんだ。
あなたは私達の味方だと言うが、それは嘘でしょう?
まあ、あなたが私の味方になって欲しいなんて思っていないけどね。私の為に悲しむ必要なんてないよ。
真の味方であるシャクニ伯父さんのおかげで、今から一瞬にして物乞いになるあなたの大事な甥っ子達の為にせいぜい悲しむんだな。
私が世界を滅ぼす原因となるだって?
人生という奇妙な出来事ばかりの旅に導いた創造主の話を一体誰が書き換えられると言うのだ?
私のこの素晴らしい素質も、悪い素質も、今していることも、これからすることも、全て私をこの旅に導いた創造主にとって既に運命づけられているのでしょう?
あなたの言葉で運命の道を変えられるなんて自惚れはやめなさい。
私達にはもう構わなくていい。父に余計なことを言うのはもうやめなさい」
ドゥルヨーダナはそう言い捨ててサイコロゲームの舞台へ戻っていった。

ゲームは続けられた。
シャクニは悪意のある微笑みを浮かべながら言った。
「ユディシュティラよ、あなたはもうこの世での持ち物を全て失ったようだ。もはや何も残っていまい。もし何か他に自分の物と言えるものがあるなら賭けるがいい。私は今まで勝ち取った全ての物を賭けよう。次にあなたが勝てば全て返してあげよう」

ユディシュティラはゲームに熱狂してしまい、感覚を失ってしまっていた。しばらく口を閉ざしていたが、意を決して話した。
「まだ、ある。私にはまだ賭けられるものがある。
ナクラ・・・、この若くて肌の黒い美しい我が弟、ナクラを賭けよう」

「勝った!」
シャクニの声。

「賢者サハデーヴァを賭けよう。
この世界に彼に匹敵する者はいない、しかし仕方ない」

「勝った!」
シャクニの声。
「ユディシュティラよ、マードリーの二人の息子を失ってしまったね。あと二人の弟が残っているがどうするかね? 今までに勝ち取った物とナクラやサハデーヴァが釣り合っていたわけではないが、王は寛大なので認めてくれたんだ。まあ、君にとっては大事なんだろうけど。それはそれで良しとしよう。我々が勝ったことだし。
残りの二人もやはり釣り合わないだろうね。君もそう思うだろう? 私もそう思うよ。だが、ゲームを続けたければ何かを賭けないとね。
もしかして彼らがマードリーの息子達よりも優れていると思っているのかい? ああ、そうか。あなたが躊躇しているのはそう思っているからなんだね」
シャクニはユディシュティラの言葉を待った。

ユディシュティラはまるで炎のように彼を焼く言葉を聞いて、怒りを露わにした。
「そんなことを言うのは止めてください。そんな考え方は私達兄弟の関係をギクシャクさせます。そんなことは無駄です。
アルジュナ・・・この世で比類なき英雄アルジュナ。彼を賭けます」

「勝った!」
シャクニの声。

「あなた達全員の力を結集しても敵わない強い男、ビーマ。彼を賭けます」

「勝った!」
シャクニの声。

「それでは・・・私を賭けます」

「勝った!」
シャクニの声。

周囲が呆然として静まり返った。
その静寂の中、液火の雫のような含み笑いを浮かべたシャクニの口から次の言葉がゆっくりと発せられた。
「まだだ・・・ドラウパディーが、いるじゃないか・・・彼女はまだ、賭けられていないよ」

ビーマが槌矛を強く握りしめてシャクニの頭上に振りかざした。
アルジュナが目で彼を制した。

ユディシュティラは完全に判断力を失っていた。
「ドラウパディー。パーンダヴァ兄弟の愛する妻。彼女を賭けよう」

最後のサイコロが投げられた。
「勝った!」
シャクニの意気揚々とした声がホールに響いた。

全てを失った。

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