マハーバーラタ/3-9.ウルヴァシーの怒り

3-9.ウルヴァシーの怒り

アルジュナはインドラの世界へ向かうにあたり、インドラキーラ山を源とするガンジス河の水で身を清め、山の精霊に祈りを捧げた。
「おお、偉大なるマンダラ山よ。あなたは五感を超えたリシ達の住処であり、天界へ向かう者達が登る場所です。あなたの慈悲のおかげで私達は天界へ到達できるのです。
山の神よ。あなたに守られて私は幸せな日々を過ごすことができました。あなたの中を流れる川、山肌、密集した森は目を楽しませてくれました。あなたは木の実で養ってくれました。あなたはそよ風によって運ばれる花の香りで癒してくれました。あなたの中から湧き上げる川の中で平和を見つけました。あなたの山肌に守られて心地よさを見つけました。
あなたへの愛と感謝の気持ちは決して忘れることはありません。どうか旅立つ私に祝福を与えてください」
彼の別れの挨拶に応えるかのように木々の枝が震えた。
アルジュナは目に涙を溜めてインドラキーラに別れを告げ、インドラの馬車に乗った。

御者マータリによって運転された馬車はインドラが住む天界の町に到着した。
「アルジュナ様、ここが我が主インドラの町アマラーヴァティーです」
「ここが父インドラの町・・・、これが話に聞く天界の木々・・・」
馬車は広く美しい道を通り、インドラの宮殿に到着した。
アルジュナはマータリに導かれて宮殿の中に入った。

インドラが玉座から降り、アルジュナの手を取って玉座に導き、共に座った。彼の頭に触れ、何度もアルジュナに微笑んだ。
まるでインドラが二人になったかのような、太陽と月が一緒にいるかのような、そんな父子の見事な光景であった。

アルジュナを歓迎して音楽やダンスが披露された。
メーナカー、ラムバー、ウルヴァシー、ティロータマーという名のアプサラ(天女)が踊り、歌った。
アルジュナはインドラの宮殿に来たことを実感し、ワクワクしながら彼女達のダンスに見入った。

この時、インドラのお気に入りのウルヴァシーがこの黒くハンサムな人間アルジュナに心を奪われた。彼女の目には愛の神マンマタがもう一人いるかのように映っていた。
この日、ウルヴァシーは眠れない夜を過ごした。
アルジュナが自分に向けて愛に満ちた瞳で微笑みかけるのを思うと、眠れなかった。すっかりアルジュナにくぎ付けとなり、なんとしても彼を手に入れたいと思っていた。

月が光輝く夜、彼女は愛を抑えきれずにベッドから起き上がった。
アルジュナの屋敷の方へ向かって歩いた。
髪は結ばれることなく彼女の肩の周りをゆらゆらと揺れ、まるで月と戯れる陽気な雲のようであった。
完璧な形の胸と大きく美しいお尻を上品に揺らしながら歩いた。
肌は金を溶かしたように輝き、汗で濡れていた。
アルジュナへの愛の表現として腕と首には花が飾られていた。
雲色の薄い布をまとって歩く姿はリシさえも魅惑した。

目的地に到着するとアルジュナはベッドで眠っていた。
「アルジュナ様、私は昼間宮殿でお目にかかったアプサラの踊り子ウルヴァシーです」
「うわっ!・・・
おお、歓迎の踊りを披露してくれた方ですね。こんな夜中にどうなさいましたか?」
ウルヴァシーは欲望の目つきを彼に向けながら立っていた。
アルジュナはその熱い視線に耐えられずに下を向いてしまった。
彼女は跪いた。
「ウルヴァシーよ。あなたは急いでいるようですが、私にできることは何かありますか?」
彼女は微笑んだ。
「眠れないのです。
今日インドラの宮殿で踊る私に向けていたあなたの視線が私を熱くさせるのです。あなたのような人をこれまでに見たことがありません。あなたを思うと私の目から眠りを奪ってしまうのです。
どうか私を受け入れ、この私の苦しみを終わりにしてください。
あなたへの愛に燃えているのです」

アルジュナはその大胆な愛の告白に衝撃を受けた。
両耳を両手で塞いだ。
「そんなことを言ってはなりません。
あなたは我が先祖プルーラヴァスの愛する人だと聞いています。彼との素晴らしいロマンスの話を思っていたのです。彼があなたにほれ込み、あなたがそれに応えた、そんな風に聞いていましたから。
私はあなたのことをまるで母親のように見ていたのです。
あなたに見入っていたのは確かですが、それはあなたが想像以上に美しかったからです。私とあなたは住む場所も年齢も違うのです。
あなたが私を気にするのはきっと母性愛のものですから、
どうかそのような要求をしないでください」

ウルヴァシーは微笑んだ。
「あなたはこの天界のダルマを分かっていないようですね。
私達アプサラは年を取りません。いつまでも若いままです。
あなたの父の宮殿の踊り子です。あなたの父に属しています。
私の愛に応えることは何のルールにも反しません。私は単なる踊り子です。
あなたは私の愛を受け入れることで罪を起こすなんてことは全くありません。あなたを愛してしまったのです。私を恥をかかせないでください。
あなたはダルマのことをよく知っているのでしょう?
男性のダルマとは、女性がやってきて欲望を満たしたいと要求した時には、それに応えて喜ばせることだということを知らないのですか?
あなたは私を受け入れなければなりません」

アルジュナは苦境に立たされた。
しばらく考えた後で話し始めた。
「どうか、私の話を聞いてください。
あなたは美しい、とても美しい。そして私のせいで嫌な思いもさせてしまっています。それは分かっています。
ですが、私にとってあなたはクンティーやマードリーのように、母親なのです。インドラの妻シャチーデーヴィーのような神聖な方なのです。
あなたは私が誇りとしているパウラヴァ一族の家系の偉大な母なのです。私があなたの前に跪くべきなのです。
どうかこのような要求で私を悩ませないでください。あなたを恋人として見ることはできません。申し訳ないのですが、どうか私を許してください」

彼女は今までにこのように拒絶されたことがなかった。
唇を震わせ、目を赤くして怒りを露わにした。
「そんな・・・
私は間違っていました。あなたを男性だと思っていました。女性を大切にする立派な男性だと思っていました。
違うのですね。
あなたは私を辱めました。
私の愛を受け入れなさい!
・・・どうしても嫌なのね。それなら、あなたに呪いをかけます! こんな自惚れた男らしさなんていらない。あなたの男性を失せてあげます。娯楽のために踊る女性達の中で日々を過ごすがいいわ!」

怒りの炎と涙の両方を同時に湧き上がらせたウルヴァシーは去っていった。
恐ろしい呪いを受けてしまったアルジュナが一人取り残された。

突然男性を失ってしまったアルジュナは呆然としてその夜を過ごした。

朝になり、その出来事がインドラの元へ報告された。
インドラはアルジュナを呼んでなだめた。
「アルジュナよ、あなたはリシ達でさえできなかったことを成し遂げたのだ。今まで誰も、私でさえもあの美しいウルヴァシーを我慢することなんてできなかった。
呪いの話は聞いた。彼女に頼んでその呪いを減らしてもらうことにする。
一年間だ。彼女の呪いを一年間に減らし、追放期間の後の13年目にその呪いが働くようにしよう。きっと役に立つはずだ」
アルジュナは呪いを利用して問題を一つ解決したので安心した。

インドラは神聖なアストラの全てを彼に与えた。
そしてアマラーヴァティーにしばらく滞在している間にチットラセーナーという名のアプサラから歌やダンス、あらゆる楽器の技術を身に着け、達人となった。

ある日、ローマシャという名の聖者がインドラの所へやってきた。
彼はインドラとアルジュナが同じ玉座に座っているのを見て心の中で疑問を抱いた。
「(・・・あれは地上から来たクシャットリヤじゃないか。彼が一体どんな儀式を行ったというのだ? これほどまでの名誉に値することを何かしたのか?)」

インドラは彼の疑問を推測して答えた。
「おお、偉大なる者よ。あなたの心の中に抱いている考えは分かる。この彼のことであろう? 彼は単なるクシャットリヤではない。クンティーが産んだ私の息子だ。
聖なるアストラを求めて私のところまでやってきたのだ。
あなたの過去の記憶を呼び起こしたなら彼のことが分かるはずだ。
偉大なリシ、ナラとナーラーヤナを知っているな? 二人は神聖な目的を果たす為に地上に生まれ変わったのだ。
ヴィシュヌは大地がもはや罪の苦しみに耐えられなくなったので、自ら大地を救済するために地上に生まれ変わったのだ。
ナーラーヤナはヴリシニ一族のクリシュナとして、ナラは私の息子アルジュナとして地上で人生を送っている。間もなく地上では血が流れることになる。それによって大地は蓄積された毒から癒されるのだ。
私はアルジュナをここに呼んだのは、私の敵を滅ぼしてほしいという願いがあるのだ。その敵とはニヴァータカヴァチャス。この息子が地上に戻り、きっと滅ぼしてくれるはずだ。
ローマシャよ、頼みがある。
地上へ行き、カーミャカの森で彼の兄弟とドラウパディーが暮らしているはずだ。彼らの所へ行って、アルジュナがインドラの元で神聖なアストラを全て使いこなしていることや、チットラセーナーの元で歌やダンスの技術をマスターしていることを伝えてほしい。
そして彼は天界にもうしばらく留まり、インドラの敵を倒す手助けをしているが役目が終わったら地上へ戻ることになると伝えてほしい。
そしてユディシュティラにティールタヤートラーの旅に出るよう説得してほしい」
「かしこまりました」
ローマシャはインドラとアルジュナを祝福して、カーミャカの森を目指して地上へ降りていった。

(次へ)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?