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祖母の味を求めて−味噌に宿るもの−

お味噌に宿る人柄当てゲーム。そこから見えた景色。

お味噌には仕込んだ人の人柄が宿る。聞いたことありますか?

手前味噌をはじめて7年くらい経とうとしている。もっと早くに始めれば良かったと思うことのひとつ。私は幼少期からお味噌にはなぜか強いこだわりがあった。こだわりというか、祖母の味噌以外は食べなかったのです。学校や外食のときは仕方なく食べたりもしましたが、家でのお味噌汁は絶対に祖母の味噌。千葉県と新潟との県境に近い群馬県の祖父母の家。お盆休みやお正月くらいしか遊びに行けなかったので、どんなに沢山の味噌をもらっても次に行くときまで足りません。だんだんと空っぽが近づいてくると、母はスプーン1杯くらいから市販の味噌を混ぜはじめます。私はどんなに少量でもなぜかすぐに気がついて『なんかおいしくない。食べない。』となる。仕方ないのだから食べなさいと言う母。絶対食べないわたし。こうして振り返ると、ものすごく母を困らせていた子だったのだなぁ。喘息の発作で夜中に病院へ行くこともしょっちゅうだったし、側湾症とか病院ばかりだった小中学校時代。宿題やピアノの練習も「やった、やった」と嘘ばかり。やってくれないことを数えてばかりでした。

我が家は両親と兄弟の5人家族。かろうじて弟とは普通に話せる関係を保てていましたが、あとはまったくダメ。母には物心つく前から心を開いてくれず大変だったと言われたことがあるくらい。なんとなく覚えている不安。家族といる安心感の記憶よりも、不安や恐れといった感情のほうが覚えています。幼稚園にあがる前からです。のちのち、スピリチュアルという学びにすすみ、パワーストーンを使ったインナーチャイルドの癒しや潜在意識の書き換えなどで理由は判明しましたが。

母との関係は今世の課題である「許しあうこと・受け入れること・受け入れられること」があったので、時間はかかりましたが消化していきました。

そして、そんなにも大好きな祖母の味噌。なぜ、祖母から味噌仕込みの方法を教えてもらわなかったのか?

それには産まれてまもない頃の経験が影響していたことがわかりました。

家族とはやっかいな課題を設定してしまったので、産まれる前の記憶に「う〜。やっぱり嫌だなぁ」と思ったのを思い出したことがあります。とくに兄とは憎むほどの喧嘩もしました。あまり過激なことは言えませんが「憎い」という感情を強く思ったのは兄だけだと思います。冷戦期間もながく、いまでこそ喧嘩にはなりませんが顔を合わせても話題が思い浮かばない。もう、恨んでも憎んでもいないし、優しいところも知っている。ただ、なにを話せばいいかわからない。まぁ、そのうち。と、思っています。

そんな家族にいざ産まれると最初は大丈夫だったのですが、衝撃的なことがおきてしまいます。出産後、しばらくは祖母が手伝いに来てくれていたので、その間は安心できていました。ところが、あくまでも臨時的なお手伝い。娘(私の母)が落ち着いてくれば群馬に戻ります。あちらも忙しいですから当たり前。でも、私にとっては重大事件です。安心できる人が誰もいないところに取り残されてしまう感覚。なにも悪くない祖母なのに、なんだか見捨てられて気分になってしまったのです。それを思い出したのは、祖母がなくなってから随分とたってしまっていました。

祖父にはべったり甘えっ子のわたし。祖父母の家につくと真っ直ぐ祖父の膝のうえ。祖父はその姿が可愛い可愛いと、すっかり大人になってからも思い出しては嬉しそうに話してくれました。『孫のなかで一番だ』と言ってくれて、本当に大好きな祖父。

おなじくらい好きなはずの祖母。でも、見捨てられたという記憶は、どことなく祖母に対してよそよそしさを感じてしまうことに。みんなが遊びにいくと、うどんをこねてくれたり、牛乳寒天を大量につくって持たせてくれたり。私は完全に母よりも祖母の味。山の中で酪農を営んでいた祖父母の家で食べるご飯は、おしゃれでもなんでもない素朴なものばかり。祖母が作ったものは何でも美味しいと感じたのに、今ではまったく食べないものも多い。和食にあまり興味がないと気がついたのは、祖母が亡くなってしばらくしてからでした。不思議なもので、祖母がつくると美味しい。母や自分で作ったものは美味しいけど、惜しい。だんだんと、和食を食べる機会は減っていきました。

でも、だんだんと歳をとり、味噌も叔母へと託され、最後は病院で亡くなりました。祖母の味噌が食べられなくなり、味を受け継いだ叔母の味噌。ところが、すごーく、すごーく、すごーく祖母の味に近いのに、まったく違うと感じてしまう。どうしても納得がいかない。申し訳ないなぁと思いつつも、味噌探しの旅がはじまります。

とにかく、自分が美味しいと思う味噌を探してみよう。

右も左もわからないけれど、味噌屋をめぐったり、旅先でも味噌を見つければ試してみたり。社会人になったばかりで、ネットでの検索もままならない時代。可能な限りで味噌試しを繰り返しました。

味噌は、豆・麹・塩の3種類しか使わない。それなのに、色も味も全然違う。似たような色なら同じかも!と、食べてみても全然違う。群馬県のものなら!と食べてみるけど違う。味噌は本当に種類も多く、産地もいろいろで困りました。半分諦めたまま時がすぎ、いよいよ自分で仕込むチャンス到来です♬

アーユルヴェーダで出会ったずっと年下の彼女は、10代ですでに精進料理の道へ。食に対する姿勢が素敵で「味噌仕込みますけど来ませんか?」とのお誘いに即答しました。やってみると本当に簡単。材料は3つ。工程も茹でて、混ぜて、保存。あとは微生物が働いてくれるので、やることはありません。半年も過ぎれば最初の食べどきを迎えます。出来上がった味噌は、祖母のものとは似ても似つかない味に。でも、身体がゆるゆるとリラックスしていくのを感じて嬉しくなりました。

安心して食べられるって、こういうことなんだなぁ。

特別なことは何もないかもしれない。でも、安心する味。これがあれば大丈夫。他の人にとってはどうでも良い。私にとっての安心感。自分で仕込むことで手に入れたものは、単なる美味しいを軽々と超えていきました。

色々なご縁がつながって、食のプロでもなんでもない私が味噌仕込み会を開催するようになったのは、やはり祖母の力でしょうね。食の安心・安全に注目があつまるなか、本当の安心ってなんだろう?安全ってなんだろう?そんなことをフッと考えながら、味噌仕込み会を通じて、たくさんの話をする機会が増えていきました。

同じ日に、同じ配合で、同時に仕込んでも、味が変わる。あちこちでリピーターさんも増えてくると、昨年のものを持ち寄って味比べができるように。その人らしさが宿る手前味噌。〇〇ちゃんっぽい〜!笑いながら、ほんの少しの違いがわかることにもビックリでした。

味噌には仕込んだ人の人柄が宿る。とはいえ、仕込んだ人を知っているから感じるだけなのかも。全然知らない人が仕込んだ味噌でも、その人らしさがわかるのかなぁ。これでわからなかったら「気のせい」だな。そう思った私は、さっそく試してみることに♬

仕込んだ人の性格や住んでいる(仕込んだ)場所、大豆か否かを当てるゲーム。まったく違う人が、違う環境で、違う年に仕込んだ味噌を3種類。果たしてどこまで感じることができるのか???

小学4年生の男の子を含む10人での味噌比べ。

最初は、年代が違うので、何年ものかはなんとなく皆さん予測がつきました。でも、性格とか場所とかになると「え〜?全然わかんない」と不安げな顔。なんとなくでいいよ〜。ただのゲームだし。私もはじめてのことだから、ただ、どんな結果になるか知りたいだけだからさ〜。と、小さな「なんとなく」を引き出していく。

1年、3年、10年もののみっつ。どれが何年ものかも当てること。

たぶん・・・・
南っぽい感じがする
ちょっと大雑把な人な気がする
埼玉とか関東のうえのほう
激しい性格なんじゃないかなぁ〜
派手な格好の人
穏やかな感じ
1年ものはわかるけど

正解は・・・・・・

かなり、かなり、かなり近い!ほぼ、当たり!

南っぽいのは、沖縄出身の方が仕込んだ味噌。
大雑把!たしかに〜。実はこんな人なんですとエピソードを紹介。
関東のうえのほう。そう!群馬です!
激しい性格。はい。学校に怒鳴り込むような一面を持つ人なの〜
派手な格好。格好はそうでもないけど、印象が派手な元気なひと♡
穏やかに過ごしてる人ですね〜
そう!1年ものは全員正解。そして3年、10年もほとんどの人が正解。

おぉ〜!!当たった〜!すごいじゃ〜ん・:*+.\(( °ω° ))/.:+

私も予想通りのようで、予想以上のようで、でも、本当にその人らしさがちゃんと宿っていることが証明されたようで嬉しくて、テンションあがりました〜!みなさんも、当たったことに驚きながらも、自分の味噌がどんなふうに感じられるのか、より一層楽しみになったよう。楽しみ、楽しみ。と、ニコニコの会になりました♬

ちなみに、当たらなかったことは、私が知らないだけなのかもしれませんね。例えば豆や麹、塩の産地までは仕込んだ本人も知らなかったし、豆や麹のもとになるお米や麦、豆の農家さんのことまではやっぱりわからないし。塩も岩塩や湖塩、海塩とではやっぱり違います。育てるひとの体調も大豆から感じとれたことがありました。お味噌になるまでのストーリーすべてが宿っていくのでしょうね。突っ込んで情報収集できてたら結果はまた変わったでしょうね。

このとき、私は本当に嬉しくて。スピリチュアルとか波動とか、まだまだちょっと怪しいと感じているひとがいます。私もそういう人達を毛嫌いしてた時があるので、いざ自分がオーラがね〜とか、天使とか、愛とか言い出したときは「わたしの口から!こんな言葉が出るなんて!やばい!怪しい!気持ち悪い(笑)」と、よく思いました。でも、そうなんだから仕方ない。そう、感じるし、思うし、見えるし。そんな自分を受け入れても、そんな他人を受け入れるのには時間もかかりました。

時々、海外のドキュメンタリーやドラマなので行方不明の人の持ち物から生存や居場所をあてるというものがありますよね。この、味噌に人柄が宿るというのも、つまりは同じこと。その人の情報が転写されるのです。だから、わかる。それを読む能力がスピリチュアルとか全然興味なくても、わかっちゃう。わかっちゃうということは、そういう能力は誰にでも備わっているという証拠じゃないですか〜☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

何度も、何度も、聞きました。何度も、何度も、言いました。透視能力とか透聴とかっていうと、特別な人が持つ能力と捉えてしまいがち。でも、そうじゃないんですよね。誰にでも備わっている能力。最初からできるひと。練習してできるようになったひと。違いはあれど、出来ない人はいないのです。

確信を持って伝えてきたこと。伝えたかったことが目の前で繰り広げられたことに感謝と感動で心がホカホカしていました♡

そして、なにより私はやっぱり祖母が大好きなのです。

今世の祖父母は、かつての両親でもあります。古い古い記憶ですが、絶対的な安心感をちゃんと持って産まれてきました。その安心感があったからこそ、立ち向かえた課題。幼稚園にあがる前に信頼を失った父への不信感。心を開けない母への一方的な苛立ち。憎むほど嫌った兄。よりどころにしたいのに線をひかれた弟への想い。そんな家族だからこそうまれた自立心。不安だからけの社会へ出ていけたのは、そうした経験からついた強さでした。ほんとうはよわっちいのに。なんだかんだ頑張ってこれたのも、なんだかんだ不満だらけだった家族との日々があったから。もちろんね。課題だの、学びだの、そんなことを言って、なんでもかんでも解決しようとは思いません。鏡の法則とかで片付けようとされると「またかよ。結局、私が悪いんじゃん」って、嫌気がさすこともしばしば。いまでも、そんな一言で片付けるなよ〜って思うこと、たくさんあります。とはいえ、とってもスッキリ腑に落ちることもある。

祖母との関係は、ちょっぴり悲しいものでもありました。もっと早く、見捨てられたなんて気持ちを手放してたらと。うどんやお蕎麦は、今でも祖母の作ったものが一番。お味噌も自分の安心を見つけたけれど、私は守られている、愛されているのだと教えてくれるのは祖母の味噌。砂糖たっぷりの牛乳寒天は、何にも似てないついつい食べちゃう誘惑の味。お節に入っていた名もないアレコレ。全部、全部、教えてもらっておきたかった。「教えて」の一言が言えないままだったせいか、祖母が亡くなったときは、何日も泣き続けました。自分でもびっくりするくらい、ヒックヒックととまらないのです。したかったのに、できなかったことが多すぎました。

いまは、スピリチュアルという世界に飛び込んでみたおかげで、亡き祖父母とは時々コミュニケーションをとっています。味噌仕込みの時は、必ず祖母が見守ってくれます。それが嬉しくて、対して食べもしない味噌を毎年仕込みます。自分の分だけでは、祖母との楽しいひとときが足りないので、他の人も巻き込んで(笑)

お味噌だけではなく、色々なところに人柄が宿ります。大切にされた部屋は、その部屋にいる人をホッとさせます。愛情こめて見守られた野菜やお米は、見守られている安心感を伝えます。パワースポットにいくと元気になるのは、そこが特別なのではなく、沢山の人に特別扱いされるから。ネガティブもポジティブも、良くも悪くも宿ってしまう。例外はないのです。だから意識を上手に使いましょう。愛情をこめましょう。感謝しましょう。そんなことを言うのです。

理想はあくまで理想。だけど、そんなこと言わずに、日々、ちょっとだけ理想をイメージしてみてください。理想を声にだし、想像し、共有することが大切なのは、見えなくてもそこにあるから。どうせ想像するなら理想的な世界が良いに決まってる。だって、現実化しちゃうから。

祖母の味噌にこだわったのは、祖母の愛情を信じていたから。人柄を超えて、微生物も超えて、大きな安心感をくれた祖母の味。大丈夫だよ。いつも見てるよ。そんな気持ちが宿った祖母の味噌のおかげで、人生を放棄せずに耐えられた。頑張れた。私は、とっても幸せなのでした(*´꒳`*)

長文になりまたが、最後までお付き合いありがとうございます♡色々なことを通じて、心を閉ざし、やけっぱちになっていた私が歳を重ねるごとに幸せな理由のひとつには、やっぱりスピリチュアルというものがあります。それがなにか?神がいるのかいないのか?風の時代がどうだとか。人それぞれのイメージがありますよね。私は、神がいてもいなくてもどちらでも構わないし、透視や透聴といった能力もまだまだ練習中、成功の法則にものれてないし、引き寄せとかもまだよくわからない。それでも自信を持っていえることは、どんな状況であっても幸せでいることはできるということ。すべてが愛の中の出来事だということ。生命はひとつ。大袈裟でなく、そう確信できることは毎日に喜びをもたらすということ。そして、残りの人生は、少しでも誰かの、動物の、自然の、地球の、宇宙の役にたつことをしていく。何があっても大丈夫だと勝手に応援しながらね♬

しゃんてぃ、しゃんてぃ、しゃんてぃひ〜♡

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