なにひとつ取り零さない──『ラストマイル』観了
ここ数年の技術進化と感染症拡大の影響によって、配達業務の需要は格段に広がっている。
フリマアプリ、ネットショッピング、出前系サービス、お取り寄せ……。
サービスの中身は違えど、現代の日本社会を生きる人間たちの中で、配達された荷物を受け取ったことの無い人なんてほとんどいないんじゃなかろうか。
ベッドの上でポチったものが、数日後には自分の元に届く。
当たり前になりすぎているこの日常。
商品が自分の元へ無事に届くことが当然であり、遅れたりなくなったり間違えられたりすることなどまずないと、人々は思い込んでいる。まさに正常性バイアスだ。
だから万が一のことが起きた時の想定などしていない。
“開封後の返品交換は受け付けません”と書いてあっても平気で要求してくる。それがたとえ数ヶ月前の購入品であっても。
送料を払うことへの抵抗が強く、いかにして無料にするかに心血を注ぐ。
何故なら『正しいもの』が
『簡単に』自分の元へ
『指定通り届く』のは当たり前だから。
送る行為にかかるコストを度外視しているから。
それほどまでに質の高いサービスが日常に溶け込みながらも内情を知る人が少ないように感じられる業界、それが『物流』。
この映画に無関係な人はいない。
この作品からは、誰一人・なにひとつとして取り零さないぞ、という強い意志を感じる。
それが可能か否かではない。
そうするのだ、という固い意志がある。
大企業で働く人も、その下請けも、その更に更に下請けも、バイトも派遣も正社員も社長も上司も下っ端も、学生も子供も高齢者も若者もホームレスも、全ての人を無関係にしない。
全員がちょっとずつ加担しているけど、
全員がちょっとずつ支え合っている。
それぞれが絡み合って血管のように複雑に、社会の流れを動かしている。
そのたったひとつの揺るぎない事実を、『ラストマイル』は全力を挙げて教えてくれた。
もう一度伝えたい。
この映画に無関係な人間は、いない。
※ここから下は映画内容のネタバレを含みます。あとめちゃくちゃIQ下がります。ただの感想です。
開幕初っ端から怒涛の爆発。
夜の家で、昼の職場で、賑わう店内で……。あらゆるところで何の気なしに開かれる荷物。届けられた荷物が爆弾かもしれないなんて1ミリも思わずに、お喋りでもしながら箱の蓋を開ける。その仕草のなんとまあ何気なく無防備なことよ。
こちらとしては次に起こることが目に見えてしまっているので、もう怖くて怖くて仕方がない。やめて開けないで、との願い虚しく大人数の真ん中でドカン。一切の容赦がない。ああ怖かった。商業施設の2階テラスから吹き飛ぶベビーカーの描写が恐ろしくてたまらなかった。
満島ひかりさん演じるエレナのキャラクター性には、現実にはいなさそうな違和感を抱かせつつ、まあこういう人間なんだろうこの人は、と納得させるだけの説得力がある。彼女にしかできない役柄だと思う。
それを訝しげに、面倒くさそうに、でもほっとくことはできずに見続ける岡田将生さん演じる孔の視線。これがまた絶妙。
UDIラボの和やか雰囲気とかイブキがちゃんと手袋持ってきてるとか、シマの甘やかし加減とか、久部くんやら美澄ママやらの思わぬとこでの思わぬコラボとか、相棒交代刑事たちのテンポのいい掛け合いとか、もーーーーとにかく言いたいことは山ほどあるんですけど、興奮しすぎて上手く言えないのでラスマイのメインどころ以外はこれにて割愛!!!!(これだけ言わせてほしいんだけど木林さんマジで一瞬で愉快だった)
すごい。塚原あゆ子監督は、すごい。
血を流して倒れる山崎と、ジムで横たわる五十嵐を重ねる演出は本当に鳥肌が立った。
そう、映像作品ってこうだよ。こうなんだよ。作品を映像で魅せる意義はこういうところにあるんだよ。こういうのが見たいんだよおれは……。
五十嵐は今後ずっと、自分もいつかああなるかもしれないと怯えながら働き続けなければならない。けれど五十嵐もまたデイリーファーストの被害者であり、「俺に何ができたっていうんだ」はその通りでしかない。彼が何かをしていたら止められていたのか?
答えはきっとNOだろう。
動き出したレールはそう簡単には止まらない。
2.7m/sは山崎の身を呈しても止めることができなかったのだから。
もう誰も、止めることは出来ないのだろうか。
山崎は最後まで起きることは無かった。
まいかはもう亡くなってしまった。
配送料金の値上げは大きな一歩とはいえ、まだまだ労働環境の改善には程遠い。
爆発で被害を受けた人たちのその後は全く描かれていない。
それでも物流は止まらない。
この事件で起こったであろう憎しみ、悲しみの連鎖が再び始まってしまうかもしれない。
でも繋いでいけば、どこかで、きっと、ひとかけらの優しさだって届くのだ、というところまで描ききってくれるのがラストマイル……。
ひとりひとり丁寧に配達してた親父が覚えてたからあの親子は救われたんだよ。
息子の洗濯機は無駄なんかじゃなかったよ、安く売られてる製品じゃこうはならなかった。会社を犠牲にしてまでこだわった耐熱性が人の命を確かに守ったんだよ……。
ていうか配送親子、ヒーローすぎるよ!!
特に息子!あんたはいつだって人のために率先して動いて危ない目に遭う!!親父のことも大切だけど自分の身体も大切にして!?!この、自分を犠牲にする似た者親子め!!!!ありがとう!!!好きだ!!!
個人的には「がらくた」の歌詞に配送親子重なるところ多いと思ってる。2番のAメロとかもうめっっっっっちゃ良い。
2.7m/sは、せーので息を合わせれば止められる。たとえほんの一瞬だとしても。
こういった描写の丁寧さが群を抜いている。
バイクの配達員がまさかあのときの高校生だったなんて!私は気づきませんでした!!くやしい!!涙!!
勝俣くんのキャスト発表だけでもこちらとしては十分に救われた気持ちになったのに、それだけでは済まさない野木亜紀子さん……。
誰も彼もを逃さない気概を感じますよこれは。描かれてないだけで、たぶん野木先生の中では登場人物全員に私たちと同じだけの時と人生が存在しているんだろうな。あーー見せてください……皆は今どこでなにしてるんですか……
ここまで素晴らしいシネコン映画作品をリアルタイムで浴びることができている現状に感謝、そして日々目にする中で痒いところに手が届かない感覚に脱力し辟易しかねるマスメディアと大衆へ勧告しつつ希望を抱かせてくれる絶妙なバランスに圧倒!!!
この感覚を早くまた味わいたいのでもう一度、いや最低でも二度は見るために現在アンナチュラル見返し中です。見終えたら2回目マイルぞー!!!
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