無口にも程があるだろう
僕は、じいちゃん子だった。
家族の中でじいちゃんが一番好きだった。
じいちゃんは無口な人だった。
じいちゃんは野球が好きで、
よく庭で一緒にキャッチボールをしていた。
孫の僕に付き合ってくれているのではなく、
僕がじいちゃんのキャッチボールに付き合っている感覚だった。
ただ僕とじいちゃんは似ているので、
向こうもそう思っていたのかもしれない。
どっちから誘うわけでもなく、
僕が小学校から帰ってきたら、
よくキャッチボールをしていた。
夏休みにはよく甲子園を観ていた。
じいちゃんは昔からダイエーと巨人を応援していたので、
一度だけ、西武ライオンズ対ダイエーホークスの試合を観に
福岡ドームまで連れていってくれたことがある。
席について、じいちゃんがお腹が空いたというので、
お金をもらって売店まで買いに行った。
すると、ライオンズのグッズが目に入った。
当時の僕は、松坂大輔がすごく好きで、
どうしてもライオンズのグッズが欲しくて、
その売店に売っていた小さなメガホンを
自分のお小遣いでこっそり買った。
じいちゃんに見つかると少し気まずいので、
そのメガホンをポケットに無理やり押し込んだ。
そして、売店でチーズバーガーを二つ買って席に戻った。
だけど、じいちゃんは、チーズバーガーを半分ほど食べると、
紙の袋に包み直して、それを手にもったまま最後まで試合を観ていた。
◇
じいちゃんは家から車で十五分くらい離れたところで、
魚屋をやっていた。
じいちゃんとばあちゃん、そして、
パートのおばちゃんが一人の小さな魚屋をやっていた。
僕はよく、その魚屋の二階でテレビを見ていた。
仕事が終わると、じいちゃんの車で一緒に家に帰る
ことが好きだった。
特に雨の日は良かった。
雨粒が、信号機や車のライトに反射する光景が
美しかった。
静かすぎる車内に響く雨音と
効きすぎた冷房、心地よいエンジンの振動、
前の車とウィンカーの点滅する間隔が
カチッと重なった瞬間の高揚感。
あの信号待ちの数十秒が、たまらなく好きだった。
◇
ある日の休日。
僕が中学校の入学式まで、あと数日というころに、
じいちゃんがドライブに連れていってくれた。
そのころには、放課後も友達と遊ぶことが増え、
キャッチボールをすることは無くなっていた。
ドライブといってもカッコいい車で遠出するわけでもなく、
魚屋の配達にも使っている軽のワゴン車で、
車で三十分ほど走った高速道路入口の手前にある、
海が一望できる、大きな駐車場に連れてきてくれた。
そこでは、たいした話をするわけでもなく、
ただ海を見ながら時間の流れを感じるだけだった。
その日はそれだけで帰ったが、
じいちゃんはその日、
僕に何か言いたかったのだと思う。
僕はうっすら気づいていた。
たぶん、じいちゃんは中学に入ったら、
僕に野球をして欲しかったのだと思う。
でも僕はサッカー部に入ろうと決めていた。
ドライブに出発する前、
後部座席が倒されているトランクと繋がった場所に、
新品のグローブが見えないように隠されていた。
僕は、車に乗る前に、それが目に入ったが、
気づかないふりをした。
今思うと、それに気づかないふりをしたことに
気づかれていたのかもしれない。
じいちゃんはそれを見て、僕に余計に言いづらくなったのかもしれない。
その時の話をじいちゃんとしたことがないので、
本当のところはわからない。
今となってはその時の本心を聞くことはできないけれど、
あの日のドライブは、全然楽しくなかったことだけは覚えている。
楽しくなかったのに、忘れることができないし、
忘れたくない。
◇
ばあちゃんにじいちゃんとの思い出話をしたことがある。
野球を観にいったこと、お腹が空いていたはずなのに、
チーズバーガーを半分しか食べずに
帰るころに残りの半分を食べていたこと。
ドライブに行ったこと。
ばあちゃんが言うには、
じいちゃんは、チーズが大の苦手だったらしい。
「え?」と思った。
あの日、帰るころには、紙の袋に包んだチーズバーガーを
手に持っていなかったので、
僕は食べたのだろうと思い込んでいた。
たぶん、僕がトイレに行っている間に
捨てていたのだろうか。
さすがに、無口にも程があるだろう。
思わず笑ってしまった。
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