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無口にも程があるだろう

僕は、じいちゃん子だった。

家族の中でじいちゃんが一番好きだった。

じいちゃんは無口な人だった。

じいちゃんは野球が好きで、
よく庭で一緒にキャッチボールをしていた。

孫の僕に付き合ってくれているのではなく、
僕がじいちゃんのキャッチボールに付き合っている感覚だった。

ただ僕とじいちゃんは似ているので、
向こうもそう思っていたのかもしれない。

どっちから誘うわけでもなく、
僕が小学校から帰ってきたら、
よくキャッチボールをしていた。

夏休みにはよく甲子園を観ていた。

じいちゃんは昔からダイエーと巨人を応援していたので、
一度だけ、西武ライオンズ対ダイエーホークスの試合を観に
福岡ドームまで連れていってくれたことがある。

席について、じいちゃんがお腹が空いたというので、
お金をもらって売店まで買いに行った。

すると、ライオンズのグッズが目に入った。

当時の僕は、松坂大輔がすごく好きで、
どうしてもライオンズのグッズが欲しくて、
その売店に売っていた小さなメガホンを
自分のお小遣いでこっそり買った。

じいちゃんに見つかると少し気まずいので、
そのメガホンをポケットに無理やり押し込んだ。

そして、売店でチーズバーガーを二つ買って席に戻った。

だけど、じいちゃんは、チーズバーガーを半分ほど食べると、
紙の袋に包み直して、それを手にもったまま最後まで試合を観ていた。



じいちゃんは家から車で十五分くらい離れたところで、
魚屋をやっていた。

じいちゃんとばあちゃん、そして、
パートのおばちゃんが一人の小さな魚屋をやっていた。

僕はよく、その魚屋の二階でテレビを見ていた。

仕事が終わると、じいちゃんの車で一緒に家に帰る
ことが好きだった。

特に雨の日は良かった。

雨粒が、信号機や車のライトに反射する光景が
美しかった。

静かすぎる車内に響く雨音と
効きすぎた冷房、心地よいエンジンの振動、
前の車とウィンカーの点滅する間隔が
カチッと重なった瞬間の高揚感。

あの信号待ちの数十秒が、たまらなく好きだった。



ある日の休日。
僕が中学校の入学式まで、あと数日というころに、
じいちゃんがドライブに連れていってくれた。

そのころには、放課後も友達と遊ぶことが増え、
キャッチボールをすることは無くなっていた。

ドライブといってもカッコいい車で遠出するわけでもなく、
魚屋の配達にも使っている軽のワゴン車で、
車で三十分ほど走った高速道路入口の手前にある、
海が一望できる、大きな駐車場に連れてきてくれた。

そこでは、たいした話をするわけでもなく、
ただ海を見ながら時間の流れを感じるだけだった。

その日はそれだけで帰ったが、
じいちゃんはその日、
僕に何か言いたかったのだと思う。

僕はうっすら気づいていた。

たぶん、じいちゃんは中学に入ったら、
僕に野球をして欲しかったのだと思う。

でも僕はサッカー部に入ろうと決めていた。

ドライブに出発する前、
後部座席が倒されているトランクと繋がった場所に、
新品のグローブが見えないように隠されていた。

僕は、車に乗る前に、それが目に入ったが、
気づかないふりをした。

今思うと、それに気づかないふりをしたことに
気づかれていたのかもしれない。

じいちゃんはそれを見て、僕に余計に言いづらくなったのかもしれない。

その時の話をじいちゃんとしたことがないので、
本当のところはわからない。

今となってはその時の本心を聞くことはできないけれど、
あの日のドライブは、全然楽しくなかったことだけは覚えている。

楽しくなかったのに、忘れることができないし、
忘れたくない。

ばあちゃんにじいちゃんとの思い出話をしたことがある。

野球を観にいったこと、お腹が空いていたはずなのに、
チーズバーガーを半分しか食べずに
帰るころに残りの半分を食べていたこと。
ドライブに行ったこと。

ばあちゃんが言うには、
じいちゃんは、チーズが大の苦手だったらしい。

「え?」と思った。

あの日、帰るころには、紙の袋に包んだチーズバーガーを
手に持っていなかったので、
僕は食べたのだろうと思い込んでいた。

たぶん、僕がトイレに行っている間に
捨てていたのだろうか。

さすがに、無口にも程があるだろう。
思わず笑ってしまった。

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