ゆりこ
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「さあ遂に始まりました。男子十キロメートル出社決勝、最終日。今大会では出社の道のりを如何に負担なく過ごせるか。その一点に置いて多くの会社員が競ってまいりました。
幾多の苦境を乗り越え、オフィスにつつがなく辿り着くのは誰なのか。遂に、最終走者です。若手のホープ、注目の武藤選手はまもなくの乗車です。実況は私、元N◯Kアナウンサー、蟹挟チョキ道（かにばさみ・ちょきみち）がお送り致します。解説は石田巌（いしだ・いわお）さんです。石田さん、宜しくお願い致します。」
「石田です。宜しくお願いします」
「まずは石田さん。ここまでの出社についてですが、どのような印象でしたでしょうか。」
「全体的にレベルが高いですね。やはり昨今の多様性、ダイバーシティの考えが浸透しているのか、それぞれが個性の個性を活かして素晴らしい出社を見せている印象です。」
「ありがとうございます。それでは、改めて男子10キロメートル出社のルールのおさらいです。フリップをご覧ください。」
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・電車通勤する会社員が如何に快適に過ごしているかを競う。
・技術点、演技点、構成点などを審査員が採点する。
・乗車駅から終点まで道のりが採点される範囲。
・ホーム、車内に設置されたカメラが競技者の様子を捉え、実況席に中継される。
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「ということですね。石田さん、当大会もいよいよ佳境を迎えます。ここまでの競技で印象に残った選手はおりますでしょうか」
「やはりベテラン、第一走者の平泉選手でしょう。苦悶の表情を浮かべた「膝さすり」からの「席ジト見」。席に鎮座する会社員の良心の呵責をくすぐり、見事に席を勝ち取りました。熟年の技がキラリと光った瞬間でしたね。」
「そうでしたね。経験を積んでるだけあって、空気を作るのが非常に自然でした。」
「え？譲らないの？？そっか〜。まあ、そういう考えもある。そこはしょうがない。あなたも通勤が大変そうだ。でも、何ていうか、お年寄りは敬うべきっていうか、あっ、膝いってえ〜、あぁ、いってえなぁ〜、節々がね、もう痛い。グルコサミン？が足りてないのかも知れない、くぅ、座れればなぁ〜、母さん、母さ〜ん、とでも言いたげな表情でしたね。佇まいで悟らせるというか。演技点は間違いなく最高に近いでしょう。」
「もうあそこまで来ると俳優ですよね。非常に繊細な心理分析、ありがとうございます。現時点でトップに位置する平泉選手ですが、ここで視聴者からのメッセージも届いております。愛知県の【大胆かつ繊細かつ味噌カツ】さんから。『ポケットから出した皇潤をじぃと見つめ、静かに首を横に振るプレー、思わず感嘆のため息が出ました。私も同じ愛知県出身で、今は東京で通勤電車に揉まれています。平泉さんの演技に勇気をもらいました。ありがとうございます、平泉さん！』ということです。」
「さすがに長年通勤しているだけあって、ファンの心もがっちり掴んでますね」
「ここで、まもなく武藤選手が待つ二番ホームに電車が到着するようです。泣いても笑っても最終出社。通勤の女神は一体どちらに微笑むのか。」
「来ました、4両編成のマンガッターライナーです。仙台から石巻を結ぶ仙石線、宮城県出身の漫画家、石ノ森章太郎を称えて作られた車両です。側面にサイボーグ009やロボコンなどのキャラクターが描かれ、ファンの間では喜ばれる一方、そのポップな絵柄が惨憺たる気持ちで通勤する会社員とのギャップをより深めている、と危惧する声もあります。」
「さすが石田さん、お詳しい」
「ありがとうございます。さあ、電車停りました。武藤選手、スマートに乗り込みたい」
「おっと、いきなりこれは厳しい！」
「地獄絵図ですね。今からここに入ろうとするだけで、気が滅入ります。気が滅入る、、、、飢餓メールってあったら、何か嫌ですね。」
「件名:お腹すいた！！みたいな」
「みたいな」
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「さあ、ドアが開きました。武藤選手、どう乗り込むか。」
「強引に行くか、比較的空いてそうな他の車両を探すか。ここで武藤選手の今日の通勤姿勢が垣間見えますよ、、、おっと、これは」
「おっ、武藤選手、運が良い。結構な人数が降りて行きましたね。」
「そのようです。すんなりスペースを確保しましたね、、、いや、少し待ってください」
「どうしました、石田さん」
「今スムーズに乗り込んだ武藤選手ですが、もしかすると今のは、、、なるほど！武藤選手、上りエスカレーターに最も近い車両のドア付近で待っていましたね。朝、この時間の乗客は通勤・通学の生活利用者がほとんど。長年利用している乗客も多いでしょう。必要最低限の労力で出社したい他の乗客は、長年の経験から階段ではなく、上りエスカレーターが一番近いドア付近を選択します。そこで待てば、、、」
「なるほど、エスカレーター目当てで降りる客が多いから、他の車両と比較して、そこだけ格段に乗り込み易くなる。」
「そういうことです。武藤選手、大人しそうな顔をしていますが、意外と策士ですね。よく見ると、立ち居振る舞いからインテリジェンスな雰囲気を醸しています」
「間違いありません。さあ、武藤選手を乗せ電車が動きだしました。石田さん、車内での彼のスタイルはどう見ますか。」
「そうですね。スペースは多少確保されたとはいえ、まだまだ狭い車内です。武藤選手はスーツにイヤホン装着、基本的なスタイルと言っていいでしょう。物憂げな表情が、濡れたバラのようにセクシーです。」
「なるほど、多くの会社員がそうであるように、彼もまた、混み合う車内で自分の世界を守るのに必死、という事ですね。」
「ええ、やはり電車に乗る人は他人ですから。如何に他人に干渉せず、ストレス無く過ごすか。その為に必要な行為、それが遮断です。」
「納得です。故に殆どの乗客が目を瞑る、スマホを操作する、読書をする、などの遮断行為に逃避する、と。」
「ええ。武藤選手もご多分に漏れず、と言った感じですね。やはり他人に気を遣ったり、仕事のことを考えたりすれば、自ずと気が滅入りますからね。気が滅入る、、、キガメールってポケモン、居そうですよね。」
「キガメー♀、進化！！みたいな」
「みたいな」
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「さあ、間も無く終点の一つ前の駅、仙台駅につこうかというところ。ここまで特に目立った動きはないように思えます。石田さん、何か気になる点はありますか？」
「そうですね、彼が先程から何かメモ？を取っているような気がします。カメラさん、もう少し寄れますか？」
「これは、、、なんでしょうか、ツイッターの画面のように見えます。」
「そのようです。何かをツイートしようとしている、、、？ごめんなさいカメラさん、もう少しだけ、寄れますか？」
「BUMP OF CHICKEN、、、なるほど〜〜！！」
「どうされましたか、石田さん」
「いやね、凄いですよ彼。だって、多くの人が自分の世界に浸ってる中で、彼は自分の観点が鋭いですよ、こんなこと思いつく私凄いでしょう、というアピールをして、世に知らしめようとしてるわけでしょう。つまり、彼は電車の中で自慰行為をしていると言っても過言ではないんです。」
「なんということでしょうか。つまり、彼は車内で快楽を得ている、、、？」
「そうです。それに、BUMP OF CHICKENというチョイスも嫌らしい。バンプが好きな層は中学生くらいの時から愛が深いので、まず間違いなくリツイートやいいねをしますし、拡散されやすい。加えてバンド名は和訳で『弱者の一撃』などと言われていますし、新社会人となり下っ端からのスタートだけど、俺は反骨精神は忘れないぜ！というメタファーにもなっています。」
「さすがの分析です、、、！さあ、終点の１つ前の駅に到着しました。また多くの人が降り、そして乗り込みます。武藤選手のすぐ近くには、カップルが乗り込んできました。」
「服装や雰囲気から類推すると、大学生のようですね。男性の方は、あのリュックを背負っていますし。」
「普通にカッコいいし機能性も高いのですが、何故か馬鹿にされる」
「石田さん、そうなんです。確かに一部の大学生は、ファッションが被るのを嫌ったり、マジョリティを揶揄する傾向にありますからね。」
「でも、揶揄する人も別にカッコいいわけではない」
「ごもっともです。少し話が脱線しました。さあ、残り数分で終着駅に到着するというところ。おっと！！ここで大きく電車が揺れました。緊急停止のようです。」
「慣性の法則、という言葉が久々に脳裏に浮かびました。しかし、また動き出しましたね。大きな混乱は特に見当たらない、、、いや、ちょっと待ってください」
「！？おーっとこれは！？先ほどの1限に向かうであろう学生カップルが、混み合う車内と揺れの反動を利用して密着、睦言を交わしているー！？」
「G難度ですね」
「今の競技者はあくまで武藤選手であるため、彼らの行為は競技には無関係です。しかしながら難易度の高い技。見事です。」
「耳元で何かを囁いているようにも見えます。彼女の方はくすぐったがっているようですね。う〜〜ん。これは殺意。」
「難易度とモラルは比例します。」
「そうですね。しかもこのカップル、見た目もあまり宜しくない。あまりにも目に毒です。これでは目の前で直視していた武藤選手も自ずと気が滅入ってしまうでしょう。はっ。自ずと気が滅入る、、。この現象、自動滅入【オートメイル】とでも名付けましょうか」
「、、、君のような勘の良い解説者は嫌いだよ」
「（笑）」
「（笑）」
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「さて、武藤選手ですが、またスマートホンに何か打ち込んでいます、、、再びツイッターでしょうか。」
「ツイッターですね。カメラさん、また寄ってもらっていいですか？」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜（裏声）」
「いかがなさいましたか、石田さん。」
「嘘ついてる〜〜〜〜〜〜！！！いや、気持ちは分かるよ。似たようなことは実際起こってますから。着想を得たんだよね。でも、それは嘘じゃん。起きてないじゃん。注釈欲しいじゃん。起きてないことを、起きた風に言うのは！嘘じゃん！！そこまでして話題になりたいんかーーー！！！！IKKOだったら背負い投げしてる。あと、ツイッターで広まる電車で見た話、マックで見た話は九割嘘。」
「石田さん（笑）キャラが元に戻ってます。あと最近はそこまで承知した上で敢えて、コテコテの妄想をギャグで提供することを楽しむというツイッタラーも居ますからね。」
「そうなんですね。、、、取り乱してしまいました。大変失礼致しました。しかしながら武藤選手、虚偽のツイートは重大なレギュレーション違反です。直ちに失格となります。」
「そうですね、審判団からも今、採点不可という情報が届きました。ということで、武藤選手、残念ながら失格です。その結果、優勝は豊富な経験を駆使して終始快適に出社した、平泉選手になります！平泉選手、おめでとうございます！」
お め で と う
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「いやー、素晴らしい大会でしたね。期待の若手、キラリと光るプレーが随所に見られただけに、最後まで見たかったですね、石田さん。」
「ええ、そうですね。しかしながら、選手たちは情報が無い中、よくやったと思いますよ。次回インドで行われる世界大会も、非常に楽しみです。注目選手は、写真中央のコピナートラ・ニティン・パスワン選手です」
「分かんないよ〜
そして、情報が無いも何も、我々が勝手に撮影しただけなので、、、（笑）あといつまで解説者やってるんだよ！！今回撮影にご協力頂いた乗客の皆さん、カメラ回してくれたパー子！ありがとうございました！！色々各方面から怒られそうだけど、まあ、意外と楽しかったので、オッケーで〜〜す！！」
「確かに〜！！では、今回の動画はここまでッ！！もし良かったら、ここ！の登録ボタン押してね〜。」
「公式ツイッター、インスタグラムもやってます！是非是非、フォロー&いいねを〜」
「「お待ちしてま〜す」」
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「という動画がですね、今非常に話題になっておりまして。地方都市でこれですから、東京都民はもっと苦しんでるはずだ！と反応も著しく、、、。こちら、今朝の朝刊です。ご覧ください」
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・満員電車いつまで 動画で広がる波紋
人気ユーチューバーが電車内での盗撮容疑で逮捕された事件から二週間。事件は思わぬ形で波紋を呼んだ。動画を見た都民の多くが盗撮は許せぬ行為と非難した一方で、そもそも満員電車を解消できない現状にも問題があるという。痴漢やその冤罪、暴行や路線立ち入りなど、付随した犯罪行為も留まるところを知らない。怒りの矛先は公約でも満員電車ゼロを掲げた都知事へ向かい、一刻も早い是正が求められる。また、盗撮被害にあったというM氏は「ドはドーナツのド、イは遺憾の意」などと表明しており、、、
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「記事にある通り、公約を果たせないなら降りろ、という世論が強まっております。明日にも痴漢被害者によるデモが開催される、という情報も。早急な解決が望まれます。都知事、どうしますか。問題が山積しているのも分かります。でも、今この世論の中、知らぬ存ぜぬは通りません。どうしますか。具体的な解決策、何かありますか。」
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