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治療塔~読書記録373~

2008年 大江健三郎による近未来小説。
著者にとっては初のSF物である。

二十一世紀半ば、核兵器を使用した局地戦争、原子力発電所の事故、資源の枯渇、エイズや「新しい癌」の蔓延などにより地球は荒廃しきっていた。人類の文明を保存するために、世界各国・地域から選抜された百万人の「選ばれた者」が宇宙船団を組んで「古い地球」を棄て太陽系外に発見された「新しい地球」を目指して「大出発」していった。
日本の「選ばれた者」を率いるのはスターシップ公社・日本代表の木田隆である。その息子木田朔もスターシップのパイロットをつとめている。
スターシップの設計に携わった技術者で、癌を患っていたためにスターシップには乗船しなかった隆の兄・繁は「古い地球」に残された「落ちこぼれ」の生存のための「K・Sシステム」の原理を考案する。「K・Sシステム」とは高度に発達したテクノロジーを捨てて、小規模で簡易な中古機器の活用、個人の器用仕事(ブリコラージュ)で物事に対処しようとする考え方である。
「K・Sシステム」によって、「落ちこぼれ」たちによる「古い地球」での社会の再建は進んでいる。一方「選ばれた者」は「新しい地球」にたどり着いて開拓を試みたものの、自然環境が想定外に厳しかったことから定住を断念して「古い地球」に帰還してくる。
「選ばれた者」たちが「新しい地球」に移住した。「残留者」たちは、資源が浪費され、汚染された地球で生き延びてゆく。出発から10年後、宇宙船団は帰還し、過酷な経験をしたはずの彼らは一様に若かった。その鍵を握る「治療塔」の存在と意味が、イェーツの詩を介して伝えられる。著者初の近未来SF小説を復刊。

※この作品は、1995年5月岩波書店より刊行されたものに、新たなあとがきを加えて文庫化したものです。

出版社の紹介などを読む限り、宇宙飛行士の青年が主人公かと思いつつ、主人公の従妹であるリッチャンの一人称の形で書かれている。
リッチャンは中学生の時にヨーロッパで辛い体験をし、それでもしやエイズに感染してやしないか?と不安に思っていた。
複数の男性に強姦され続けるというもので、生々しい描写もあった。口の中に精液を入れられ、飲み込むなど。
大江健三郎の年代で大陸から引き揚げてきた人の体験談では、終戦後のソ連兵が日本人女性にした仕打ちがある。それを思わせたが、大江健三郎自身は愛媛県の田舎で育ったので関係ないようだ。
リッチャンは従兄の朔と愛し合い、エイズ検査も受け陰性が証明されたことで避妊せずに妊娠。だが、身重のリッチャンを置いて、朔は自らの信念の元、出かけるのだ。

治療塔とは、どこの誰が造ったものかわからない。新しい地球を求め旅立った人たちが治療に使用したものだが、若返りというか、年を取らないものだったのだ。

われわれは宇宙に進出した、その惑星こそ、人類が文明の最終段階でやっと辿り着きえたところだった。いいかえれば、文化を守り伝えるために進出せざるをえなくなったところでもあった。そこを「新しい地球」と名付けたが、他ならぬその惑星に「治療塔」が建造されていたのだ。もし「神」という概念を採用するなら、かつて地球にあった宗教の「神」とは違う、また残留者が最後にかちえた「世界宗教」の「神」とも違うものによって、宇宙の根本をなす「神」の意志が働いていた、と考えるほかないと思う。
(本書より)

SF作品ということなので、筒井康隆や星新一などの、そんな作風をイメージして読み始めたのだが、これは純文学の類だなと思った。

作品の核になっているイェイツの詩。これでもって、宇宙での事を事をわからせる、なんて難し過ぎる。
イエイツの詩は、大江健三郎の代表作ともいえる「燃え上がる緑の木」でも重要な意味を持つ。

全体的に難しい。
例えば、漢字でも旧字を何故わざわざ使うのか?
流言飛語を流言蜚語など。そのような表現が多かった。

核戦争により汚染された地球。生まれた時の頭蓋骨以上から知的障害のある作曲家のヒカリさんのモデルは息子さんであろう。
大江健三郎は核の恐怖を真剣に考えており、広島にも何度も訪れた故の作品であるなと感じた。


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