私は仕事が嫌いだ。2
「仕事」を初めて「仕事」
とちゃんと感じたのはいつからだっただろう?
ちょっと何言ってるのかわかんない。
って発言なのですが、
私は本当に、社会人になってから今日まで ずっと
自分は、社会自体に属せているのか、
何ができてるのか、自分の存在意義って
何?
私、何をしてるんだろう。
と、思っていました。
小さい頃から、あまり友達と仲良くしたりするのが苦手な子どもで、
仲良くなると、とことんくっつきたいし
違う子と話しているのを見ると、
恋人を奪われたかのごとく嫉妬したりする子どもでした。
勉強やスポーツも苦手で、 バレーボールやバスケットボール、テニスやバトミントン等の球技や、 ラケットを使う種目は、ボールを打つタイミングがわからなかったり、
ルールを覚えるのが苦手で、よく同じチームの子に嫌がられたり、わざと遠くにボールを投げられたりしていました。
授業では特に算数が苦手で、1年生の頃などに習うおはじきを使った計算、とかはよかったのですが、
5年生の時に、道のり・速さ・時間を公式に当てはめる方法を習ったのですが、(私の通っていた学校は、みはじ(頭文字を取り)と習った。)
私はこの計算がまったく覚えられず、
一度、のび太くんのように0点を取ってしまったことがあり、明らかに一つも丸はついていないが、先生の優しさか点数は書かれていなかった。(呆れたのかもしれませんが)
必死に隠したが、横から見えたのかヒソヒソ笑われたことも懐かしいです。
計算や理科の実験など、出来ないことがたくさんあった私ですが、国語(授業より、教科書に載っているお話を読むことが好き。)や工作の時間が大好きで、6時間授業が全部国語か工作ならいいのにと思っていました。
(しかし、夏休みの工作はいつも父がとても小学生には作れないような力作を作ってくれた。※本当はだめです)
ありがとうお父さん。ごめんなさい先生。
中学生になってもあまり変わらず、
成績は160人中120番の時もあったり、
数学の時間に当てられたのはいいが答えられず、そのまま授業が終わったり、勉強が苦手なことは変わりませんでした。
スポーツも苦手なまま…部活もせっかく大好きな絵が描ける美術部に入ったのに、帰宅部の友達と遊びたいあまり、幽霊部員になり、退部してしまいました。
(ダメダメすぎる。)
3年生になり、いよいよ受験が迫ってきた中で、このままだと私立しかないと言われ、とにかく必死に勉強しなんとか公立高校に推薦入試で合格することができました。
ずっと、飽きっぽくて、めんどくさがりで、何も残せなかったから、
頑張りたくて、高校では変わりたくて、
(当時読んでいた小説の影響もあり)
陸上部に入りました。
めちゃくちゃ遅いのに短距離を志望し、でも少しでもよく見られたくて流し(7割ぐらいのスピードで100メートルを5本ほど走る)をしたりして結局ぜいぜい言ってしまうのでばれたりしていました。
クールダウンをしっかりしていなかったり、自分のからだのケアを毎日丁寧にできていなかったので、全く成績も残せていないのに足が痛くて部活ができなくて、最後の大会はほぼパスしたりもしてしまっていました。
全然指導したり、普通に話したりも、まともに部活に参加していないから恥ずかしく、後輩に何もできなかったし、チームメイトや顧問の先生にも迷惑をたくさん掛けてしまったけれど、
最後まで部員でいさせてくれて、
部員でいられて、それだけは人生で誰がなんと言おうと私の自慢だなと思っています。
…すごい感想文みたいになってしまっているな。まだもう少し続きます。ごめんなさい!
友達関係も、仲が良くない子はいたけれど
中学校の頃よりも何倍も自分らしく、
成績も驚くぐらい良くなったので、 (テスト2週間ぐらい前に全科目の専用ノートを作ってとにかく書いたり、赤シートを使いまくっていた)
少しずつ自分で自分をすごいやん、と思えることも増えてきました。
三者面談では、模範的な生徒。と、言われるようになり、
進学は考えていなかったので、就職一択でしたが、志望先を受けることができ、
なんとか合格でき、
その頃の私は自分を少し過信していました。
続きます
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